第二十五話【三日目】色とりどりの縫目に彩られた②
◇◇
「普通に振る舞いましょう。目立たなければバレないと思うわ……」
予想外の事態に少し狼狽えてるシャーリー。
「分かったわ……」
なるべく普通を振る舞う二人。ところで普通って何よ!
商店のガラスに写る二人の姿は少し挙動不審。
わたしは意識してなくても気を抜くとモデルウォークっぽく歩いちゃう。逆にシャーリーは追跡に怯えるスパイみたいな動きよ。
目的の服屋にシャーリーは飛び込んでいった。
普通に振る舞えって自分で言ってたのに。
というわけで、無駄に気取って入店してみた。
あら、「いらっしゃいませ」の声も掛からないのね。
相当に高級店っぽい。馬車で乗り付ける様な客ばかりね。不振そうにこちらを警戒していた店員さん。シャーリーが例のものをそっと見せると対応がガラッと変わった。
「修道女が着る様なローブを買うわよ。どれにする?」
ローブが所狭しと並んでいる一角を指差すシャーリー。そういうことなら!
迷わず数着手に取る。
「わたし、これとこれ、試着する!」
「えーっ、リアずるいー。じゃぁ、私はこっち着てみる」
これは楽しいわよ。試着して見せっこね。
着替えて試着室から出てくると、既にシャーリーはポーズを決めていた。
「シャーリー、それ似合う! 大人っぽい!」
「リアは……うぷぷっ、丈があってない。豪華すぎるからお金持ちの我儘なお嬢様って感じね」
「あれーっ! 次、次!」
これはノリノリよ。久々のショッピングは楽しすぎ。
でも、何着目かでふと我に返ったシャーリーが試着の終了を宣言。
「……ってやってる場合じゃない! リアはこれを着なさい」
「えー。地味ー」
「さっきの王侯貴族向けよりは地味だけど生地は良いものよ」
似た感じのものを自分も選んでいる。
「私はこれにするわ。上級貴族出だけど魔力が無いため持参金を持たされて家から教会に追放された……って感じね」
「えーっ、そんな設定の女の子がポンポン現れて怪しまれない?」
「貴族なんて、ちょっとした大きな家を持つだけの庶民みたいなのも多いわよ。それで魔力が無い子供が偶に生まれるのよ。そうなると教会を頼るのが普通よ」
隣の試着室から聞こえるシャーリーの衣擦れの音と声をBGMにお目当てのローブに着替える。
「大きな貴族やお金持ちの貴族は教会の修道女にするより、商会や大店の商店の跡取りとかと結婚させたりするけどね。でも信仰心が厚いと大貴族でも持参金を持たせて教会にいれたりもするわ。それが一番の優良物件よ。信仰心もあるし貴族の作法も問題ないわ」
「そこを狙うわけね」
ローブの着方に悩みながら、隣に質問。
「しかし、何というか……ジェンダー的には大問題だけど私達そんなに大人気なの?」
「じえ……? えーっと、貴族の血が交じると稀に魔力を持つ子供ができることもあるの。そうなったらお貴族様の仲間入りよ」
「へー」
聞いたことは勿論ある。魔力の無い貴族の子女は教会へ里子に出されると。逆も稀に有るということも。
「結局、教会から貴族の血を買うお金持ちは数多にいるわ。だから貴族の作法が分かってる私達みたいなのは大歓迎なのよ」
「……マッチングという事かな。私は経験ないけど……ん? じゃぁ、正門から入って堂々と情報収集できるって事?」
「違うわ。逆よ。裏口から入れるわ。いきなり内部の裏の裏に一気に潜入よ」
ふへー。素直に感心する。夜に黒いレオタード履いて忍び込む事しか考えてなかった。
見せ合って「良いわね」と姿を確認し合う。
シャーリーは修道女姿に納得すると脱いだ服を宿に運ぶよう店員に手筈した。
「質問。ねー聞いていい?」
宿名と部屋番号と名前を書類に書きながら「何?」と返してくれた。
「男の子で魔力が無かったらどうするの?」
「教会に預けたり商店に売ったりは同じよ。お金持ちは持参金を持たせて教会に入れたり大きな商店の娘なんかと結婚させるわ。一族に魔力のある者が産まれれば貴族の特権が手に入るのよ。実際は魔力の無い男の子は奪い合いと聞くわ」
「女の子より?」
少し照れながら早口で答える。
「男の子の方が好まれるのは、奥さんを沢山持つことができるからよ。沢山子供が産まれれば、魔力を持つ子を授かる確率も増えるわ。だから姉妹揃って同じ相手と結婚なんて話も良く聞くわよ」
「うひゃー。モテモテなのね……」
「そうね。代々の騎士の家系だと、戦うことが嫌で魔力を隠す子も居ると聞くわ。どちらが幸せかは……分からないわね」
振り向いて少しだけ寂しそうな笑顔を見せてくれた。
そうか。シャーリーも庶民暮らしの自分を想像したりするのかな。『世界の三つの悪い事』を無くす為に生きるって、憧れる事もあるけど苦しい事も多いんだろうな。
「さあ、行きましょう」
少し背伸びをして身体をほぐすシャーリー。やる気満々だな。
「よーし、行動開始! 行きましょう……ってどうすれば良いの?」
「乗合馬車が数台集まっているのを見かけたわ。運が良ければ歩かずに済むわよ」
店から出たところでニンマリしながら教えてくれた。馬車の待合場所に行ってみると運良く本日最終の大教会行きが出発するところだった。ささっと馬車に乗り込む。観光には遅い時間なので空いている。
何故かシャーリーから「公共の乗り物の中では静かにね」と普通のことを言われた。
そうか。姉妹を装った方が自然かな。
「あら、仲の良い姉妹ですね」
顔を見合わせるとシャーリーが少し微笑んだ。
「おほほ。妹はすぐはしゃいでしまいますのよ」
わたしが妹か。で、はしゃがないわよ!
「でも、髪の色が全く違うんですね。珍しいこと」
「あっ……そうですねー……妹は金髪に憧れてまして……」
「あら……」
髪の色の違いは違和感バリバリね。姉妹作戦、楽しそうだったけど断念かな。
◇◇
定刻通りに表門に到着すると、裏門を目指して並んで歩く。
「教会の裏門で『召命を受けここに参集致しました』と言えば良いわ。理由は聞かれないと思う。まぁ、聞かれたら、魔力が無いので家を追い出されました、とでも言えば深くは聞いてこないでしょう」
「ショウメイ……ね。分かった」
潜入捜査よ。緊張するわ。がんばるわよ!
フンフン鼻息荒くガッツポーズしていると、シャーリーは不安そう。
「魔導だけは使っちゃダメよ。後は私も詳しくは知らないわ……」
「よしっ、当たって砕けろよ!」
「……砕けちゃダメだからね」
通りの反対側から少し様子を伺う。騎士風の男達が見える。
教会騎士。魔力を持たない者が騎士になるには教会騎士になるより他にない。魔力なしの剣技などは世界でもトップクラスらしく、帝国の司法騎士団を始め教官として招集する騎士団も多いと聞く。
「あそこの教会騎士に『召命を受けました』で大丈夫よ。後は指示に従えば良いわ」
裏門だけあって表の喧騒が嘘のように静かだ。少し緊張する。
「……うん」
「聞いてるの、リア!」
「……えっ、あっ……聞いてなかった」
「やっぱりー!」
リアの頭の中では教会騎士と剣道の試合が始まっていた。戦術を組み立て色々試すが、力、剣技、どちらでも勝てそうにない。
がっくししていたのでシャーリーの言葉をあまり聞いていなかった。
「しっかりしてよね! じゃあ私から行くわね」
「えっ? 二人で行かないの」
「姉妹でいこうと思ったけど、髪の色で違和感持たれてもね。顔も似てるとは言い難いし……そうなると、同じタイミングで偶々一緒になるのは、ちょっと怪しいわ。少ししたら来てね」
「わ、分かったわ」
返事を聞くとシャーリーがローブを翻らせて裏門に向かう。確かに良いとこのお嬢さんに見えるな。育ちの良さが伺える。
おぉ、丁寧に案内されている。
よーし、わたしも突撃よ。間髪入れずに裏門に突撃〜!
「……(何だっけ?)」セリフ出て来ず。
「……どうされましたか?」丁寧に促される。
ダメだ。ショウメイは思い出したけど他を全て忘れたわ。いま頭に浮かんでるのはメガネの小学生が『証明終了です』って叫ぶ色々混じった映像だけよ。
「あの、わたしは魔力が無く、教会のお世話になれと言われて来ました……」
「それはそれは。良くぞ入信を決断して頂きました。心より感謝致します。では直ぐに修道女をお呼びしますのでお待ち下さい」と丁寧に応対された。
怪しまれてないよね。良かった。
思わずほっと一息をつく。
教会騎士は優しい瞳でこちらを見ている。如何にも『緊張していたんだろう』という労わりを感じてた。
そうか。少年少女が親元を離れ教会に入る、と言っても状況も様々よね。家から捨てられ泣きながら門を叩く者も少なく無いってことかな。
そりゃ対応も優しくなるか。
ここで、騎士達が少し揉めているのが聞こえてきた。
「さっきの少女は礼節がしっかりしていたし持参金も持っていた。間違いなく上級貴族からの入信と思う」
「今し方来た子はどうだろう?」
「さて、どうしようかな」
あら、対応を悩んでるわよ。
取り敢えず、お澄まし顔で落ち着いた感じにしておくか。まぁ着ているローブはそこそこ高級っぽいし、礼節も淑女教育から外れてはいないと思うわ。
さて、どうかな?
「こちらへどうぞ」
案内されたのはシャーリーが行った方向とは逆の建物だった。
残念。ふむー、こうなったら考えても仕方がない。成り行きに任せるか。
「ありがとうございます」
恭しく呟いてから付いていくことにした。
そう言えば持参金っていつ渡すんだろう?
言われたら渡すか。
★一人称バージョン 1/31★




