第二十四話【三日目】色とりどりの縫目に彩られた①
◇◇
パスカーレの街に着いて、まず宿を決める事になった。シャーリーは街外れの安宿に入ろうとするわたしを阻止して賑やかな通り沿いの高そうな宿に案内した。
そこは、ロビーから従業員まで『ウチは高級です』と書いてあるような装いだ。客も同様で、皆が『お金持ってます』と顔に書いてあるよう。
こんな場所……借りてきた猫みたいにシャーリーの背後を着いていくしかないわね。
しっかし……高級そうだけど繁盛してるな、ここ。オシャレ過ぎて落ち着かないわ。
フロントの従業員にシャーリーが何か見せると直ぐに奥に案内された。部屋に入るや否やスーツの決まった男が入ってきた。
「シャーリー様、お久しぶりです」
「ルーカスも元気そうで。今日から数日二人良いかしら。荷物と馬もしばらく置いておきたいの」
挨拶しながらルーカスと呼ばれた男が持ってきた宿泊者名簿に筆を走らせる。おお、旅慣れてる〜。
「分かりました」と恭しく対応する。
「頼らせて貰います。いつもの部屋でよろしく」
こういう時はしっかりお姉さんという感じよね。尊敬の眼差しで暫し眺める。
「そう言うと思いましたので部屋を確保しておきました。お帰りなさいませ、シャーリー様。リア様もお寛ぎ下さい」
「は、はい!」
キーをシャーリーに渡して応接室から出ていった。
「さっき何見せてたの? 対応がガラッと変わったわ」
少し自慢げに、懐から紋章の付いたパスケースみたいなものを見せてくれた。
「んふふ、あなただってナイアルス公国の紋章を見せれば、大抵の宿では同じ対応になると思うわよ」
身分が保障されるって事か。あれっ? 何か紋章付きのモノあったかなぁ? と自分の持ち物にも紋章が付いてないから探す。
「あと、ここは先代も贔屓にしていたから……ってどうしたの?」
「鎧とか剣しか付いて無さそうよ。気軽には使えないなぁ……ラルスから貰った三代目『墨斬丸』にはそれっぽいの付いてるけど、何処の紋章だろ……」
じっと見ると小声で呟く
「帝国本国直系の公爵の証……」
「えっ?」
少しプイッとしてしまうシャーリー。
「何でもないわ。行きましょう」
勝手知ったる場所なのか、スタスタと先に歩いて行ってしまう。
もしかして、ラルスの紋章だから、シャーリーより良い部屋に連れて行かれるようなヤツかな。こっそりとニヤニヤしておく。
部屋に入ると豪華さに目を奪われる。
「わー、ベッドルームが二つもある! 眺め良いー! ウェルカムフルーツもあるー!」
「リア、行動開始よ」
シャーリーの真剣な声。頼りになるわね。
「じゃあ、準備しましょう」
「何を?」
「こっち来て」
部屋に荷物を置いたら教会に突撃、と思ったらまず買い物らしい。荷物から大量の金貨を出している。
何買うの? と訝しんでいると「教会への持参金よ」と教えてくれた。
小袋を二つ作ると一つを渡された。
「準備完了ね。まず修道服を買いに行くわよ」
部屋を出てフロントで外出を告げると支配人からお茶に誘われた。シャーリーが丁寧に断りを入れると、慣れているのかそれ以上は誘ってこなかった。
ドアボーイがドアを開けてくれると少し空調で冷えた肌に街の熱気と喧騒を感じる。
「さぁ、急ぎましょう」
「もう行っちゃうの?」
楽しそうな街。セント・ザズーイより賑やかよ。
「徒歩で一時間くらい掛かるわ。街を眺めながら歩きましょう」
少しホッとした。街を探索したい気持ちが強かったので少し楽しくなる。まず、シャーリーの先導で街のメインストリートに繰り出してみることにした。
しかし人が多い。歩くだけでぶつかりそうになる。
「はー……賑やかねー。まるで原宿か渋谷みたいね」
前世で行ったことのない地名を絶対に知らない人に呟いてみる。
「……何処よそれ? ここがパスカーレで一番栄えてる場所ね。何か飲む?」
「うん。喉乾いた。ねぇ、だったらさっきのお茶のお誘い、受ければ良いのに。断って結局外で飲むって……」
少し不満げに呟いてみるが、さも当然と言わんばかりにスタスタと前を歩く。
「ルーカス、話長いんだから。時間の無駄よ」
いつものやり取りなんだろう。
という訳でオープンカフェの椅子に座る。じっと見ていたが店員さんには例の紋章は見せない。
よし。我が親友の素行は品行方正。安心よ。
「この世界で最大の観光地はどう? セント・ザズーイより圧倒的に賑やかで華やかでしょ」
まず人の多さに目が眩む。
通りには石畳が敷かれており、周りの建物も石造りだ。
ローマをイメージしちゃうわね。まぁ行ったことは無いんだけど……。
イメージ通りの街並みをイメージ通りの修道女が静かに歩いている。そう思うと姦しい女の子達が修道女のコスプレをしてスイーツらしきものを頬張りながら店を冷やかしている。
「まるで舞妓さんね。まぁ見たことないけど。さて、これからどうするの?」
「修道服を買いに……ん? あの人だかりは何だろ?」
街頭掲示板に人が群がっている。二人が最初に想像したのはザズーイでの騒動がもう貼られたのか、ということだった。二人で顔を見合わせる。
「ははは、まさかねー……」
「ねー……」
二人の手配書では無い事を祈りながら見に行くと、そこには信じられないものが貼られていた。
そう。半分当たっていた。
――話題沸騰のオペラ『リア公女の冒険と皇太子との恋』が遂に開演!
人混みの中、「何これー」と小声で叫ぶ。横を見るとシャーリーは口を抑えて笑いを堪えている。
「うぷぷっ。あら凄いわね。リア役の女優さん凄い綺麗な人よ」
「うわっ、シャーリー役の人もカッコいい。顔の作りが丁寧なカタリナって感じね。でもって……」
「「ラルス! カッコよすぎ!」」
思わずハモって叫んでしまい大笑い。
全部終わったら三人で見よう、とひとまずその場を離れた。
ここで周りをよく見ると、街頭掲示板に群がっているのはお年頃の女の子ばかり。そして街を歩く女の子達は結構な確率でさっきのオペラのパンフレットを持っている。
「あぁ、リア様……お慕い申し上げますわ」
「私はなんと言ってもシャーリー様ね。『リアは斬らせないっ』のクライマックスのステキな事と言ったら……」
「はぁー、私もラルス様に『お前一人だけを生涯愛するよ』なんて言われたいわー」
口々にオペラの感想を言っている。徐々に怖くなり二人で怯えながら小声になっていく。
「え〜……そんなにわたし達のことに興味あるー?」
「わ、わ、わ、分かんない」
――これは『希代の若さで国家騎士団の筆頭となった魔導の天才リア公女』と『雷帝の後継者と噂高い若き剣豪ラルス公爵』という二人の婚約が社交界で話題沸騰となった為だ。
リアの少女時代の活躍は何故か定期的に庶民まで知れ渡る為『おてんば姫様の冒険物語』として巷では大層人気があった。特にここパスカーレでは絵本になるほど有名で、その話の続きが『王子様との恋物語』なのだ。
年頃の女の子の盛り上がりは尋常ではなく、『ラル×リア原理主義』の考え方がナイアルス公国から輸入されるほどで熱狂と言っても間違いないだろう。演劇界もそれを放っておかず、『伝説の勇者の末裔シャーリー』との邂逅をエピソードに追加して演劇を作り上げていた。
「あぁ、お二人に一目会ってみたいものですわ!」
隣の少女が瞳を輝かせながら呟いているのを聞くと二人頷き合う。そっと二人とも後退りして人混みから遠ざかっていった。
そうか……この世界、テレビもカメラも、何ならラジオも無いのよね。だからわたし達の顔がバレることは無いわけね。
とはいえ、姦しい乙女達の集団を見ていると、自分が演劇の主役を演じているような誇らしい気持ちになっていった。
★一人称バージョン 1/31★




