第二十一話【三日目】パスカーレに行くわよ①
「ラルスもミクトーランを追っているわ!」
「えーーっ! し、シャーリー?」
開いた扉から突然にシャーリーが現れた。
十六歳のシャーリーか……と、まず成長具合を上から下まで観察する。
よしっ、わたしと余り変わらない!
「んふふっ、変わらないわね、その不審な動き……お久しぶり。筆頭騎士への就任おめでとう」
「びっくりした。あ、ありがと。手紙もくれないし、お祭りには来てねって約束したのに!」
少しぷんぷんしながら縛られた両手でシャーリーの手を握ると不貞腐れた感じでボソボソ呟き始めた。
「……私に彼氏ができたら……」
「えっ?」
「何でもないっ! 許嫁がいる友達の家には行きづらいわよ」
少し拗ねてる。
「あー、そうか、そうか。ふーん。ウチの近衛騎士にもカッコいいのいるから紹介出来たのになぁ」
「えっ? そうなの?」
「ちょっと年齢合わないかな……三十歳位だけど……」
「詳しくっ! 私その位の年上オッケーよ!」
食い気味だ。目もキラキラしてる。
「閃光の子達も憧れなの」
「ええっ! 私地味目だから……大丈夫かな?」
慌てて手櫛で髪を整え始める。
「華麗なお姉さんって感じでカッコいいわよ。剣豪のナハトー公と交際してるって噂がある位よ」
「女かーい……あははは」
二人で笑い合う。
「本当に変わらないわね、リア」
シャーリーは横目で見ながら呆れ顔。一緒に入ってきた修道士がやっと縄を解いてくれた。
よし、証拠隠滅完了!
「あなたもね、シャーリー。会えて嬉しい」
縄で縛られていたわたしと、御付きの修道士が二名ほど控えてるシャーリー……何、この待遇の違い?
違う、そんなこと考えてる場合じゃない!
「で、ラルスも……ミクトーランを追っているって?」
「又はミクトーランと呼ばれる組織ね。ミクトーランは百年も前に退治された。んふふ、私には素直に話してくれたわ」
手首をさすりながら周りの様子を伺うと、いつの間にかシャーリーの後ろには何か偉そうな人が仁王立ちしていて、こちらを睨みつけてくる。
周りは皆、怯えている感じ……。
自然とシャーリーの耳元に手をやり小声で聞く。
「大丈夫? 何か、皆さん変な感じよ?」
「良いのよ。先代のシャーリーも皆様にはお世話になっていたみたいなの」
「フォースって事?」
「そうね。過去にも教会は色々やらかしてるから。情報交換よ。あっ、こちらが枢機卿様よ」
こりゃ、何かヤバい情報で交渉したんだろうな……関わるのは止めよう。
枢機卿と呼ばれた男は二人を押し退けて部屋の窓際まで歩き振り返って仁王立ちを続けている。早く出て行けという空気を隠そうともしない。
「枢機卿様には感謝ね。じゃあ帝国に戻りましょう。教会本部でもう一度話を聞く必要があるわ」
「えっ? 帝国に戻っちゃうの?」
声を掛けたがシャーリーが先に出て行ってしまったので、慌てて一礼してから謁見室を出た。扉が閉まった瞬間に部屋の中からは怒号が聞こえてきた。
シャーリーは何も気にせずスタスタ歩いて行くので追いかける。
「パスカーレに行くわよ。教会の中枢しか、これ以上の情報は持って無さそう」
「パスカーレ? さっき帝国教会の本部に行くって言ってたじゃない?」
「勿論ウソよ。邪魔されたく無いわ。ラルスは間違い無くパスカーレに向かったと思う」
「やっぱり? よしっ! じゃあ急ぎましょう」
「ん?『やっぱり』って誰から聞いたの?」
「ひ・み・つ」
ニヤニヤしながら勿体ぶると、如何にもムカつくって表情をしてくれた。この表情久しぶりよ。嬉しい。
「さて……後を追われて邪魔されるのは面倒ね。どうしましょう?」
歩きながら少し悩む。
スパイ活動の基本よね……。
パッとシャーリーに振り向き小声で伝える。
「じゃあ欺瞞情報を流しましょう」
「えっ?」
人が通る度に『帝国の名物』や『帝国の珍味』の情報を聞こえる様に話すことにした。
「やり過ぎじゃない? で、パスカーレに向かっちゃったらバレない?」
「よーし、もう一芝居しよう」
ノリノリだ。門番のいる所で急に芝居開始。
「あっ、わたしパスカーレに行ってみたいんだけど」
ほれほれ、あなたも芝居しなさい、とニヤニヤしていると仕方ない感じで乗っかってくれた。
「……急いでいるんだからね。馬でささっと行って大聖堂で礼拝だけ済ませましょう」
「やった! 行こう。その後で直ぐに帝国に向かえば大丈夫!」
「じゃあ、何処で落ち合う?」
「宿屋の前にしましょう。名前知らないから付いてきて!」
芝居を終わらせるとリアは急ぎ宿に戻った。
おっ、後をついてくるわね。よしよし。
宿の玄関前では女将や料理人、はたまた昨晩に宿や酒場で飲んでいた荒くれ者達が心配そうに待っていてくれた。
「酷いことされてないかい? 心配で良く寝れなかったよ。無事そうで本当に良かった!」
「あんた、凄い子だったんだね……本当に悪徳酒場を潰してくれるとは!」
「嬢ちゃん、アイツらは本当に気に入らなかったんだ。感謝してもしきれねーよ!」
皆がリアを揉みくちゃにする。ふふ、大会で勝った時を思い出し素直に嬉しい。
「落ち着いたら、また寄らせて下さい。ご飯もお酒も美味しかったです!」
シャーリーの馬も近くにやってきてくれた。急ぎ部屋に戻ると着替えだけ済ませて、荷物を持って厩に向かう。荷物を馬に括り付けて慌てて乗り込んだところで宿泊費を支払っていないことに気づいた。
「あっ、お勘定払ってない!」
慌てて降りようとすると皆が首を振っている。
「何を馬鹿なこと言ってるんだい! 街のゴミ供を追っ払ってくれたお姫様からお代なんて取れるかっての!」
「えぇ……」
「当たり前だよ。今度また来たら死ぬほど飲ませてやるよ」
「そうだぜ! いつでもお嬢ちゃんは食べ放題、飲み放題、泊まり放題だ!」
「また来い! 今度はゆっくりこの街を案内してやる」
嬉しい。皆を悲しませなかったことが一番嬉しい。
「はい。必ずまた来ます! ありがとうございます。皆さんが心配してくれたの嬉しかったです」
「絶対に、また泊まりに来いよ!」
「もっと美味しい酒用意して待っててやるぞ」
「はい! じゃあ、また泊まりに来ます。急いで帝国に戻らなきゃいけないから、パスカーレに礼拝だけ行ってきまーす!」
手を振り大声で送ってくれる皆の近くで、フードを被った数名の男が静かに二人の方向を見ていた。馬の駆け出した方向を確認すると、誰かに報告する為か、また走って戻っていった。
暫くしてから二人して馬上で軽く振り返り様子を見る。既に怪しい人影は見えなかった。
「……上手くいったかな?」
「あらあら、思ったより上手くいってそうね。二日位は稼げたかしら? 本格的に怪しまれる前に教会で情報収集しましょう」
「よし、急ごう!」
二人同時に馬の腹を蹴り速度を上げた。
★一人称バージョン 1/30★




