第十九話【二日目】失恋逆怨み探索一人旅④
◇◇
この辺りの酒場は先ほどの通りの飲み屋とは違い、看板も煌びやかで月明かりが地上には届かないほど。
少々下品な通りね。
「通りを一本入るだけでこんなに煌びやかになるんだぜ。オレ達の店は通りのど真ん中さ」
この人はホストみたいなものかな?
周りのお客さん達からの印象だと悪徳ホストって感じだった。どうせ『上玉をゲットできたぜ』とか思ってるんでしょ。
そして、残念ながらこの通りで一番悪趣味な看板の店の前で足を止めた。
「どうだい、豪華だろ。安酒場とは飲み物も違うぜ!」
「あら、素敵」
……な訳無いわよ。やっぱりホストクラブ的なお店かな? まぁ、こういう店の方が裏事情を知ってそうよね。変な事されそうになったら暴れよーっと。
入店すると殆ど裸の美人さんがお出迎え。初めての大人すぎる雰囲気に固まるしかない。
「ああ、気にせずに。コイツらは好きでやってるんだからよ」
「……」
男のセリフに女性達から容赦無い悪意が向けられる。
もしかして、二軒目で本格的にヤバい店を引いちゃった?
「こっち来な。美味い酒を飲ませてやるよ」
俗に言うVIPルームみたいな密閉された部屋に早速案内された。二階がロフトになっていて直通の扉がある。一階の奥にも扉。無駄に大きな部屋ね。
そこに客一人で色のセンスが悪いソファーに座っている。横にはダメそうなホスト。背後には半裸の女性の給仕。
あぁ、さっきの酒場が懐かしい……。
「さぁ、高級酒だ。向こうじゃ百年待ったって出てこない代物だぜ」
趣味の悪いテーブルに並ぶ酒はあからさまに色が悪い。ここまでで百点だ。ダメな店をエレガントに表現し過ぎている。
「じゃあ……いただきますね」
一応口を付けると、訓練時に飲まされた毒薬に似た味がした。女性だらけの騎士団として、飲食時に服毒される事もかなり警戒している。団員に内緒で食事に毒薬が混ぜられる訓練もあった。
最初はわたしだけ引っかかって起きたら顔に落書きされてたわ。
思い出し笑いするついでに、口に含んだ酒を隣の男の顔に全部吹きかけた。
「うわっ、きたねー! 何しやがる!」
「毒飲まそうとしてその言い分なの?」
すると、男の態度がガラリと変わる。
「ちっ、バレたか。じゃあ仕方無い。こっちに来い!」
少しシナを作って色気のある(と思っている)ポーズを艶やかに取る。
「何処行くのよ? デートのお誘いにしては強引よ? 飽きたから帰りたいんだけど」
「うるせー!もうお前は俺達の慰み者になる運命なんだよ」
周りからはゲスな笑い声がし始めた。
いつの間にか十人くらいの荒くれ者がニヤニヤしながら取り囲んでいた。
部屋の奥から続々と出て来る。
「へへへ、オレたちが先に気持ち良くしてやるよ」
「良かったなぁ、もう逃げられないぜ」
徐々に面倒になってきた。あれね、薬を飲ませて乱暴するって言うダメな店ね。
「あら、お前ら全員の相手をしろとでも言いたいのか? 酒は不味いし……ここは最悪だな」
「へへへ、慣れれば良いって他の女達も言ってたぜ!」
二階には多少身なりは良いがかなり下品な服装の男が現れた。甲高い声で気に障る。仕切っている様なのでどうやらリーダーらしい。
その声を合図にリアの隣の男が手首を強引に掴む、いや、掴もうとした。だが掴もうとした手が弾け飛び、その衝撃で椅子から転げ落ちる。
防御の魔導は全自動で反撃する。
「ぎゃー! 痛えー! な、何しやがった!」
どうやら右肩が外れたらしく床で呻きながら転げ回っている。ソファーの上に立ち上がると、腕を組んで周りを見渡し声を張る。
「こんな事を趣味としてるなら自分がどんな酷い目にあっても自業自得よね?」
右手には墨斬丸を、左手には酒瓶を持っている。
「少しは腕が立つようだな……まぁ、どうせメチャメチャにされるんだけどなぁ、ウヒャヒャー」
「下品ね。あと臭いわ。歯磨いてるの?」
ツカツカと大男が近づいてくる。
「オイ嬢ちゃん生意気だぜ。俺は素直な女が好きなんだ」
男達の下品な笑い声で部屋が満たされる。大男は近づくなり「ふんっ」と力任せに腕を振る。普通の女性なら確実に吹き飛び骨折でもする打撃だ。
右手の墨斬丸で上品に受け止めるフリをして、魔導で空気の障壁を作る。受け止めたら左手の酒瓶を軽く男の頭に当ててから魔導の力で吹き飛ばす。
簡単に数メートル吹き飛んだ。
「下品で強引ね、貴方達」
「うるせー、武術に覚えがある様だな。こんなペラペラな女、どうせ変態にしか売れねーよ。だったら死体にして部品ごとで売り払ってやる!」
リーダーの台詞を合図に一斉に荒くれ者達がそれぞれ斧やナイフを構える。無視してペラペラと言われた自分の身体をじっと見つめる。
「凄く失礼……ところで一応確認するわ。人身売買なの?」
「俺たちの職業よ。『生きてる女から死んでる女まで』がモットーだぜ。ははは、商品が語るなよ!」
「あら。そうなの……じゃあ放って置けないわね」
皆と街を走り回った貴族院最上級生の時のボランティア活動を思い出した。
――『風紀委員お掃除大作戦』
街の人々との触れ合いながらゴミ掃除するボランティア活動として始まった、この活動は公的な書類『帝国裁判記録』では『第二次人身売買禁止法に基づく学生協賛の超法規的活動』と記される事となった。
リアが決めたスローガン『善行にはご褒美を、悪行には鉄槌を』を胸に掲げた風紀委員のメンバーは、一般市民から雷帝迄を巻き込んで、帝国首都に巣食うマフィア的な犯罪組織を下位組織七つ、上位組織二つ、完全に壊滅させた。
プロセスも結果も法律ギリギリだったので『学生主導のボランティア』では無く『公的機関の秘密作戦』として扱われることになった。
因みにこれら一連の活動で帝国を本拠地にする犯罪組織の半分が消滅したと言われている。
学生生活最後の思い出、と言うには血生臭過ぎる国家機密。騎士崩れの用心棒も多くいた前回に比べると、単なる街のチンピラではどうしようもない。
攻撃力より防御力に絶対的な差がある。
不意をついて背後からナイフで切り掛かっても、遠くから弓矢を射かけても、全て無意識に弾いてしまう。
防御の魔導を適切に使う騎士に対して魔導無しでは絶対に敵うことはない。
この国は魔力を持つ騎士が身近にいない為、勝てると誤解してしまう。
他の国ではあり得ない事だった。
数名を弾き飛ばしても、まだ戦意を失っていない。
正直、殺さない様に手加減しているのに歯向かうのだからイライラしてきた。
少しキレ気味に周りに叫ぶ。
「国家騎士団に属する騎士に歯向かうのがどれだけ無意味な事かまだ分からないか! 己が身体と命で確かめたい奴だけかかってこいっ!」
既に半数が失神しており、残りも戦意喪失していた。
狼狽えて後退るリーダー。
◆◆
その時、酒場の周りでは複数の男達が様子を伺っていた。何時迄も帰ってこないリアを心配して宿屋の女将が酒場に顔を出すと、何と悪徳酒場に連れて行かれてしまったとのこと。それを知った(良い方の)荒くれ者達が意を決して武器や工具を片手に集まっていた。
そっと窓や扉に近づくと中からは大騒ぎの音がする。暫くすると突然甲高い叫び声が聞こえた。
「焼き死にやがれぇ‼︎」
直後に火炎が近くの窓から噴き出る。
◇◇
「クソ高い魔導具をチンピラ様が持ってるとは思わねーよな! ヒャハハハ」
戦争の道具よ、魔導杖なんて街中で使って良いものじゃないわ!
吹き荒れる火炎の中でも一本の髪の毛も燃えることはない。しかし湧き上がる怒りで髪の毛が緩やかに靡く。
「ば、馬鹿な! てめぇー、だ、誰なんだぁ……何もんだぁ」
「今更名を聞くか! 我が名はナイアルス公国第十一期閃光騎士団が筆頭騎士リア・クリスティーナ・パーティスだ。見知りおけ!」
それを聞いた男達が狼狽え始める。
「な……『七日遅れ』、それも姫だ! やべー逃げろー」
「わざわざその名で呼ぶか……見くびるな! もはや逃げられんぞ‼︎」
一斉に出口に向かうがドアは開かない。
「何故……ドアが開かねー!」
既に魔導で全てのドアを押さえ付けてある。二階のドアは開いていたので殺到する男達。しかしドアがバタンと閉まり、他のドアと同様に全く開かなくなった。
閉じ込められたことを認識した男達は、わたしを怯えた顔で震えながら見つめる。
◆◆
少しすると酒場の屋根や窓が吹き飛んだ。そこから男達がポンポン飛び出して来る。全員の足や腕が変な方向を向いていた。痛みに呻きながら蠢いている。
リアは拉致・監禁された十数名と、騙されて借金を背負わされた給仕の女性達と一緒に玄関から出て来た。人身売買組織は全員半殺しで拠点壊滅。
騒ぎを聞きつけた教会騎士が倒れている男達をどんどん捕縛していく。
「はーい。後はよろしくねー」
フワフワしながら宿に帰ろうとするリア。
「おい」
「はっ」
教会騎士に両側からガッチリ両腕を抱えられる。
「ん? 大丈夫。歩いて帰れるよー」
リアを後ろ手にして捕縛する。
「あれ? 捕まえるのはわたしじゃないよ。あの辺りに倒れてる男達よ。証拠はこの女性達」
既に少し遠くで倒れていた男達も軒並み捕縛された。
リアを捕縛した騎士が正面に立って言い放った。
「この国では度が過ぎた酔っ払いは牢獄だ。二、三日頭を冷やせ」
残された女将と荒くれ者達は、騎士に引きずられるリアを唯々見送るしかなかった。
◇◇
初めての牢屋。
周りには色っぽいお姉様や少し怖い感じのお姉様、殆ど裸のお姉様が鉄格子越しに看守へ文句を言っている。
わたしは窓越しに浮かぶ月の光を浴びながら正座して反省中。
やっばーい! 酔っ払って……逮捕されちゃった。
★一人称バージョン 1/30★
【風紀委員お掃除大作戦】
ボランティア活動と称したマフィア壊滅の軍事作戦。この活動に参加する生徒は帝国ワイマール騎士団に一時的に編入された。リアが創設した風紀委員は常設されたが毎年の参加希望者は多く、抽選となるほど。




