第十八話【二日目】失恋逆怨み探索一人旅③
◇◇
わたしさぁ、ファンタジーにも詳しいんだよねー。ふふ、部室ではドラゴンとかエルフが出てくる漫画も何冊か読んだわ。
と、いうわけで最初は酒場と冒険者ギルドと決まっているわ。酒場で荒くれ者からセクシー踊り子を助けたり、ギルドで生意気な勇者パーティーと小競り合いするのが定番よね。
では酒場から行ってみよう、と昼間から営業している店に入る。が、女店主に直ぐに追い出される。
「成人前はお断りだよ」
「わたし十五歳よ!」
「……昼間っから酒なんて嗜むもんじゃないよ。夜遊びは日が暮れてからにしなって」
そうか……後で出直そう。
◇◇
はいっ! 次っ! 冒険者ギルドよ。
今度はそれっぽい建物の前で様子を伺うわよ。えーっと鍛冶屋ギルドに木工ギルド。商会の建物に魔導具ギルド。
……何か違う。事務所よ。会社よ。可愛い受付嬢も居ないわ。みんな仕事してるわ。普通の会社の事務所に『男を探しているんだ』なんて無理よ。
多分、丁寧に『お帰り下さい』って追い出されるわ。
実はさっきの酒場を追い出された所で心のライフが尽きそうなの……乗り込む事を考えると冷や汗が出てくるわ。
そもそも冒険者ギルドなんてこの世界、無いわよ!
だってモンスター退治や夜盗の討伐みたいな荒事は騎士団のお仕事よ。ナイアルス公国だったら、首都ナイアリスなら治安守護騎兵隊、州都グロワール近辺は近衛騎士団の役割ね。帝国首都だと司法騎士。テリトリーがそれぞれあるの。
まぁ、未開の地に足を運ぶ冒険者もいるけど、大抵は騎士団所属か国家の勅命を受けてるわ。
くるっと反転。宿の方に歩き始める。
んー、この国の騎士団に話を聞くなら、明日王宮に挨拶に行ってからの方が良いわね。ザズーイは国家騎士団は無くてパスカーレの教会騎士が治安維持をしているはず。教会に聞き込みするにも、その後の方が良いわね。
「はいっ。まだ明るいけど今日のスパイ活動は終わり」
立ち止まって大声で宣言。昼寝していた猫がビックリして走り去っていった。
リアちゃんがんばった!
自分を褒めてあげる。
だから、宿屋に戻って一休みよ。
大人しく宿屋に戻り作戦を考えることにした。
◇◇
宿に戻り自室のベッドに着替えもせずに倒れ込む。よく考えたら早朝移動の弾丸旅行だった、と気づいた瞬間に寝落ちしていたらしい。
◇◇
「何でわたしだけ食べちゃダメなのよー!」
いつもの悪夢……ではなく大量の豪華な料理を前に『おあずけ』をさせられる夢を見ていた。
ばっと勢いよく起き上がる。
うぅー、結局夢見悪い。なんか腹立つわよー!
憤慨していると、美味しそうな匂いがしていることに気づいた。
なんか良い匂いがしてるわね……。
ベッドの上で辺りを見回すと真っ暗で『ここは何処?』と一瞬混乱する。
そうか……わたし、外国への一人旅だった。
窓から通りを眺めると、夜の帳が下りていても賑やかで、まるでお祭りの夜のよう。
あら、煌びやかな衣装に身を包んだ客引きの女の人に観光客が引っかかってる。うぷぷ、奥さんに怒られるわよ……って、見てる場合じゃ無いわね。
遊んでたら成果無しで一日が終わってしまったわ。
少し反省。
ここで乙女らしからぬ大きさの腹の音がする。
「お前もぺたんこか……」
お腹に向けて一人呟く。
うーん、ここの宿屋も一階が食堂になってたよね、昼間も流行ってたよね、良い匂いもしてるよね……。
よしっ、お腹も空いてるから行ってみよー。
階段を降りているところで唐突に気付いた。
あっそうか。一人旅で一人旅館に一人飯って……大人よ。何か大人の女性って感じよ!
「ご飯食べるかい?」
様子を伺う前に女将から声が掛かる。
「あっ、お願いします」
「あいよ。そこのカウンターに座っといて」
おずおずとカウンターに一人座ると周りの客達の視線を感じた。ここはクールな振る舞いをしたいけど、正直腹ペコには勝てない。
食欲に負けて変なこと言わないようにしないと!
涎が垂れるのだけ頑張って耐えていると、女将さんが少しだけ心配そうな顔で来てくれた。
「うちの定食がお姫様の口に会えば良いけど……」
これにはニッコリ顔で答えてあげる。
「あら、食堂に入ってきた時点で美味しそうな匂いにペコペコのお腹はギブアップ寸前でしたよ。だから、とっても美味しいのをお願いします!」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるねー。じゃあ名物の肉の串焼き定食でもお食べ」
「はい!」
ニコニコしていると周りの客達も嬉しそうだ。一人旅が似合わない娘一人だからみんな心配してくれたのかな?
そういうのは嬉しい。お貴族様扱いの百倍嬉しい。
「はい、寝癖の可愛いお姫様、お待たせしたね」
「ぐはっ!」
両手で必死に抑える。
強情なアホ毛め! 切っちゃおうかな。
「ははは、ゴメンゴメン。あんまり可愛いから。さぁ、冷めないうちにお食べ。誰も気にしやしないよ」
女将が優しく笑ってくれる。
少しだけプンスカしたけど、美味しそうな香りに完全敗北。
「もうっ! じゃあ、いただきます!」
食べようとすると、キッチンからこちらの様子を伺う視線を感じた。けど、もう我慢できない。構わず食べ始めることにする。
「むっ、美味しいっ! これ美味しいよ!」
鶏肉っぽい何かを揚げてあるのか芳ばしい香りが漂う。皮目のパリッとした焼き目も最高で、掛かっているソースは酸味があるけど、舌触りも滑らか、コッテリで食感も豊か。
そうか。チキン南蛮みたいだ!
「サイコーよ! こんな美味しいもの食べられるなんて思ってもみなかったわ!」
キッチンの中からシェフがパクパク食べる様子を見て嬉しそうだ。目が合ったので、ニッコリと微笑む。
「少し疲れてたの。美味しいご飯を食べられて元気が出るわ!」
後ろ向いちゃった。渋い料理人ね。
「誉められて赤くなってんじゃないよ」と女将が揶揄う。小声で「うるさい」と返していた。
そのやり取りを聞きながら食事を頬張る。ふふふ、周りのお客さん達も嬉しそう。
これは良い宿をチョイスできたわ。
よしっ、元気出たから夜はもう一度酒場に行ってみよう。ダメなら明日、王宮から聞き込み再開ね。
「ごちそうさま!」
「はい、お粗末様でした」
元気に挨拶して自室に戻る。
さて、少しだけ大人っぽい服装に着替えて出陣よ。
「ドレス持ってきて良かった」
髪の毛に櫛を入れて寝癖を押さえつけると、姿見の前でクルリと回ってみる。街で見たお姉様方に比べると、全体的に薄っぺらい。
「これで子供は帰れって言われたら諦めましょう」
そっと部屋から出て一階に向かう。
よし、ここからは淑女モードよ!
食堂から玄関に通り抜ける時、また複数の視線を感じた。
もしや、子供っぽいのに無理してる感じに見えるのかな……と不安になるが仕方がない。できる限り淑女っぽい動きでそそくさと出掛けることにする。
しかし女将に止められてしまった。
「こんな夜分に何処行くんだい?」
なんか夜遊びに行くのを先生に咎められてる感じよ。
「はい……あの……昼間に見た酒場にでも行ってみようかと。一つ横の通りの『バッカス』というお店です」
「あら、そうかい……まぁあの店なら良いかな。飲み過ぎないように帰ってきなさい。酔っ払って騎士様に保護されないようにな!」
でも、心配してくれてるのよね。こういうのは嬉しいわ!
「心配ありがとうございます。ちょっと行ってきます!」
心配そうに見つめる視線を置いてリアは宿屋を出て行った。
◇◇
通りに一歩出ると熱気と喧騒に少しだけ気圧されるが、頑張って部屋の窓から見た賑やかさの中に紛れ込んでみた。
お祭りみたい……というか、父ちゃんと夜の温泉街を浴衣で歩いたのを思い出すわ。
異国情緒溢れる音楽が何処からともなく聴こえてくる。活気のある話し声が其処彼処で繰り広げられている。
ふふふ、否が応でもテンションがアガるわ。
既に日もとっぷり暮れている。
月も綺麗で良いことが有りそう。
さぁ、昼間の酒場にリベンジよ!
意気揚々と繁華街を歩き目的の酒場に着くと、意を決して扉を開けた。
「あら……見違えたわね。一杯奢るわよ」
第一関門突破! さて、何頼んだらいいかも分からないわ。緊張する〜。あと店中が荒くれ者ばかりよ。みんな見てる気がするわ。
案内されるまま、カウンターに座る。
「おすすめを一杯下さらない」
覚えてきたセリフを冷静に伝える。
バーテンダーにジロリと睨まれる。値踏みされた感じだ。
ミルクとか出してみなさい。一気飲みしてから大暴れしてやるわよ!
変な決意を胸にじっと待つと、甘い香りのするオシャレな飲み物が出てきた。
「はちみつとフルーツを使ったカクテルです」
これは……アルコールの香りも微かにするわよ。おっかなびっくり飲み始める。
「……わーお、これ美味しい!」
何これ、凄く美味しい!
ほぼ一気飲みしてしまう。夢中になって飲んでいると、バーテンダーはおろか酒場にいる荒くれ者達の全員が笑顔になっていた。
「そうだろう。ここは料理も酒も美味しいんだ」
「わー、良かったー。少し不安だったのよ。お酒を飲むのも初めてだったから」
これには皆さんビックリ顔。
「お嬢ちゃん、大冒険だな! よーし、もう一杯奢るよ」
「あら嬉しい。では同じのをもう一杯!」
グイグイ飲んでみる。
あれ? 何だか楽しくなってきたわよ!
何しにきたんだっけ?
まっ、いっか。まずは色々頼みましょう。
「えーっと、このお菓子っぽいやつお願いします。あとおかわり下さい!」
「ペースが早い。酒はもっとゆっくり楽しむものだ」
バーテンダーからのありがたいお言葉。
うるさい、美味しいものは美味しいんだ。
「はい! じゃあもう一杯!」
「……嬢ちゃん、見ない顔だね。何処から来たんだい? 帝国かい?」
近くの客から声が掛かる。
出身ね、フワフワしてるから自分の国を自慢したくなる。旅の目的なんだっけ? しーらない!
「出身? ナイアルスよ。うふっ、違うのをもう一杯〜。あっ、甘いやつでお願いします」
何故か出身を聞くと数名の客があからさまに不機嫌になった。
「はんっ! 俺はナイアルスは嫌いだ。特に騎士団が女ばかりなんてバカにしてる」
「何よー、文句あるのー?」
酔っているからか、無駄に感情が昂る。
「うるせー。ナイアルスの閃光は〜綺麗な制服何するつもり〜っと、ハハハ」
「ムキーッ! 歌やめろ〜」
酔っているからか、替え歌が異常に気に障る。
「鉈を振るしかで〜きま〜せん〜、とくらぁ。」
「よっ! ははは、アイツは流行病で嫁さんが死んだからなぁ。そういった奴らは皆ナイアルスが嫌いになる」
酔っているから……だけでは断じて無い。
彼女達の苦しみ、苦悩、そして強さ。
それを笑うか!
「黙れっ! あの子達を侮辱するなぁ!」
思わず本気の大声。
「がんばってるんだよ! 閃光騎士団の子達だってやりたくてやってる訳じゃない。でも必要だから嫌な事でもがんばってる! なのに、なのに〜……うわーーーん」
ギャン泣きしながら皆に訴える。
「うわーん、もう一杯っ!」
訴えながら飲み物をお代わりする。既に五杯目だ。
狼狽えて声が小さくなる荒くれ者達。
すると急に身なりの少し良い男が
「よしっ、次の店に行こうか」
と馴れ馴れしく声を掛けてきた。
あれ?
その男が喋り始めたら、何故か周りの男達から静かな怒りを感じる。
「その子は……」
「口出しするのか?」
「……」
周りの雰囲気と会話を聞いて、酔った頭だがピンと来た。
「はーい、着いていきますよー。よろしく〜」
わたしはミステリアスな女。
突然誘われても二軒目に向かうわ。
グラスを一気に飲み干してからお勘定を払う。
「おっ、ノリが良いねー。さぁ行こう行こう」
皆さんに見送られて次の酒場に向かった。
★一人称バージョン 1/30★




