第十六話【二日目】失恋逆怨み探索一人旅①
◇◇
クルト達を信じていない訳では無いけど色々と裏もありそうだったので、まずはラルスの痕跡を辿ったのよ。失恋風を装うと、対応が面倒臭いのか皆すぐに情報をくれたわ。まぁ筆頭騎士に就任したのも大きいのかな。
で、ラルスは事前に食料と馬を調達してて、魔導剣を入手すると直ぐに隣国ザズーイとの国境に向かったらしいの。パスカーレ市国はザズーイ王国の中にあるから、クルト達の証言と概ね一致ね。
うーむ。流石は体育会系。
行動が早いし迷いが無い。ステキよっ!
よしっ、わたしも行動あるのみ。必要なものは馬と装備と食糧かな。
こっそりと深夜に旅の準備を進める。
んー、隣国とはいえザズーイ王国の国境迄はここから馬上で半日程度。そこから首都セント・ザズーイ迄はまた半日、更にパスカーレは半日掛るとすると……うひゃー、移動だけで一泊二日ね。
食料と水を適当に旅支度に放り込む。
足らない分は街で買うとして、まずは一日分あれば良いのよね……。あっ、お菓子も入れなきゃ! そっか、アームガードのおやつもいるか……にんじん、にんじーん!
ぽいぽいと鞄に突っ込む。
後は服、何持って行こう?
下着は洗濯するとして二組……予備入れて四組だな。旅着と部屋着と普通の服。あっ、オシャレなのも一着入れとこっと。
うーむ……正式装備の剣と鎧に籠手は保管庫に鍵付きで保管されてるから無理だよね。
「まぁ、失恋旅行に刃物はヤバいか、うぷぷ」
しょうがない。
「お前だけが頼りだよ」
騎士団入団の時にラルスからプレゼントとして貰った三代目墨斬丸に頬擦りしてから鞄の上にそっと置いた。
さっとお風呂に入るとしましょう。
というわけでお風呂タイムを満喫したので、三時間ほどは仮眠できるかな。
おやすみっ!
布団を被ると数秒で眠りに落ちた。
◆◆
部屋の外では数名がリアの様子伺っていた。
「様子はどう?」
「ビンゴ。流石隊長よ。行動早いわ。あっ……アホの子っぽい旅支度してる」
「えっ? 何で?」
「小さな水筒しか持ってかないつもりみたい。だけど人参とかお菓子入れてる。うわっ、地図も方位磁石も忘れてる……」
「えーっ、マジひくわー……」
「凄いわ。ドレスも入れてる」
「あら、流石ね。舞踏会でも行くのかしら? あはは」
「見て見て。うぷぷ、今からお風呂入るみたい」
「すごーい、隊長マメねー。とてもじゃないけど毎日お湯に浸かるなんて面倒だわ」
「じゃあ、覗きは良くないわね。行きましょう」
そーっと部屋から離れていった。
◇◇◇ 行方不明になって二日目
リアの自室
まだ仄暗い中、パチっと目が覚めると飛び起きた。
自分の机の上に『失恋を癒す旅に出たいので二泊三日くらいで少し出かけます』と置き手紙をして墨斬丸を懐にしまう。
鞄を担いで部屋を出ていく。
そっと扉を閉める前に「いってきまーす」と一人呟いた。
◇◇
いつもと違う空気、音、自然と足音を忍ばせてしまう。厩舎に近づくと馬達の小さな鳴き声が聞こえてきた。
馬は立ったまま寝るって聞いたけど……。
アームガードは馬房で横になって寝ていた。
「ねぇ、ちょっと起きてくれる?」
目を開けるとじろっとコチラを見てから、それはもう不機嫌そうに「ぶるるっ」と鳴いてから身体を起こしてくれた。
「ありがとね。では夜のお出掛けよ」
暫くすると不機嫌な一頭と意気揚々の一人が厩舎から出てきた。夜が明ける前に愛馬アームガードを引いて城の裏門に向かう。
「アームガード、静かにね。ふふ、思ったより順調に出発できたわ……」
何とか夜明け前に隣国へ向けて出発よ!
誰かに見つかると止められる可能性もあるので気配を殺して歩みを進める。
すると、門の近くで闇の中に複数の人影を感じた。
えー、失恋旅行で夜明け前にそっと抜け出すって、冷静に考えると恥ずいわ。かなり、痛い女よ。カーリンだと……凄いイヤだなぁ。絶対に涙ながらに引き止めようとするもの。
そっと馬に乗り込み、駆ける準備をしながら門に近づく。
強行突破、よーい……。
しかし、居たのは騎士団のメンバーだった。騎士団の標準的な旅装備を持ってこちらを見ている。
「ほら、装備を整えておいたよ」
「隣国への単独視察、ご苦労様!」
「頑張って、リア」
あれ? わたしが旅立つこと知ってたの? 皆、事情は知らないはずだけど何でー?
「えーっ? バレてたー? 何で分かったの?」
馬から飛び降りると荷物を受け取りながら周りの隊員に嬉しそうに声を掛ける。するとファーリンは呆れ顔で返してくれた。
「そりゃバレバレよ。やる気満々で旅に出ますって、やっぱりラルス公は行方不明なのね?」
野戦仕様の正式装備と愛剣まで!
少し不安だったから凄く安心する。涙出てきそうよ。
装備を馬に括り付けながら、涙声にならないように返事をする。
「皆さん……ありがとう。詳しくは言えないけど……ゴメンね。」
皆がニコニコしている。
「良かったー。照れたリアがラルス公をぶん殴っちゃってフラれたって聞いたからビックリしたわ。見つけたらまず謝りなさい」
「えっ!」
口々にとんでもない噂話が広められていることを教えてくれた。
「そうそう。見つけても二、三日帰って来なくて良いから。そういえばナターシャの必殺アイテムも使えなかったって聞いたわよ? 持ってきた?」
「違うわよ。うふふ、それ着たらラルス公が鼻血出して倒れちゃったんでしょ?」
「えっ? 私が聞いたのは『二人で朝まで右往左往してたら夜が明けちゃった』って聞いたけど? キスも無かったからリアが怒っちゃってラルス公を追い出したって……」
「ふふふ、私は『お風呂から出たら部屋にラルス公が居て、慌てたリアのタオルが落ちて、裸見られて驚いてぶん殴った』って聞いたわよ」
「リア、がんばって探してきなさい。今度は仲良くね。ラルス公も奥手っぽいから焦ってがっついちゃダメよ」
徐々に顔が赤くなり怒りで震える。耐えきれず皆に反論。
「ちょっとー! 何よそれっ! それじゃ、わたし元カレを探しにいく痛い女みたいじゃない!」
「えっ? 痛い女そのものじゃない。キースさん達にも聞いたわよ。違うの?」
むぅーっ! ラルスと魔導剣のことは秘密にした方が良さそうだし……本当のこと言えなーい!
口を尖らせてムスッとするしかない。
と、ここで皆がニヤニヤしていることに気付いた。
「えっ? もしかして……」
「あ、バレた? ふふふ、ホントに『失恋逆怨み探索一人旅』だったら刃物は渡さないわ」
「オフコース! ラルス公を刺してリアもその場で後追い、なんて困るから。あははは」
ファーリンのネタバラシで皆が笑っている。
そっか。ある程度は聞いてるってことかな。
乙女達の噂話の暴露大会は続きそうだったが、新体制で副隊長を勤めてもらうラリーが一歩前に出て書面を渡してくれた。
「まず、隣国のザズーイ王国の王宮に向かうと良い。ラルス公も出向いたと聞いた者が何名か居たようだ」
「えっ! ホント?」
「あぁ、早馬で急ぎの面会を依頼してある。街でも見物してから翌朝くらいに出向くと丁度良いだろう」
「えーっ? 頑張っても明日の夜到着とかなんだけど……」
この人達、旅の計画も練れないポンコツなのかな、と失礼なことを考えながらニヤニヤしているとラリーが強めに付け足してきた。
「ゲートの使用許可も得ているに決まっている。これは正式な偵察任務だ。アホなこと考えてる暇があったら管理官も叩き起こしてあるから直ぐに出発しろ」
あら、それは凄いわ。考えてなかった。
「ふふ。この時期に砂漠を横断するなんてアンビリーバボーよ。流石は隊長ね」
「ラリーありがとう。ファーリンも、みんなも、ホントありがとう!」
口々に隊員が呟く。
「本当に心配よ。水筒一つで砂漠超えなんて絶対に死ぬわよね」
「うん、絶対に死んでた」
「あぁ、その量の水で砂漠に行くつもりだとしたらバカ過ぎだ」
「ちょっと、隊長に失礼よ。少しアホの子なだけよ。可愛いじゃない」
「そうよ。物を知らないだけよ!」
「まぁ、アームガードの方が頭良いから止めてくれると思うけどね。アホの子だけどよろしく」
「ひひん(分かってるわよ)」
バカにする隊員が半分、擁護しながらバカにする隊員が半分で、皆からボロボロに言われる。
人は正論で図星を突かれると腹が立つものよ。でも、我慢するわ。なぜならば、わたしは隊長だから。
「こ……今度から気をつけるわよっ!」
わたしは思慮深い大人だから怒らないけど、上官に向かってその口の開き方、普通なら流血沙汰よ!
口を尖らせプンスカしているとラリーが真剣な顔で口を開いた。
「お前は自分のことを蔑ろにする癖がある。皆の幸せを祈って自分だけが不幸になるのは間違っている。もう少し自分のことも大切にしろ」
「そうよ。一人の時はちょっとした判断ミスで取り返しがつかないことになっちゃうんだからね!」
「リア隊長、私達が一緒に居ない時に死なないでよ」
「そうよ! ユーアンダスタン? リア、みんな、あなたが心配なのよ。重々気をつけなさい」
皆が真剣に心配してくれる。優しい言葉が素直に嬉しい。荷物を馬に括り付けてから急ぎ愛馬に飛び乗る。すると団員がいつの間にか整列していた。
「筆頭騎士リアの奮闘を期待する!」
ファーリンの声に合わせて全員が敬礼する。
「みんな、ありがとう。絶対、絶対、ぜーったいにハッピーエンドにして帰ってくるからね! みんな、幸せになるわよ。ありがとう!」
愛馬を逆に向けるとゲートのある王宮地下へ向かって駆け出していった。
★一人称バージョン 1/30★




