第十四話【二日目】信用、というより信頼②
謎なことを言い始めた。黙って聞く。
「我々も仕組みや管理方法など知らないことは多いんですが、実際に国宝扱いされているのは転送ゲートを含む仕組み全体のことを指しています」
ふむふむ。聞いた事を纏めるとこんな感じか。
――正式名『生体からの魂の抽出と物質への固定化、及び魔力抽出と魔力流用に関する技術』
――この魂の抽出に使われるのが通称『魔法使い殺し』と呼ばれる魔導剣
――魔導剣と言っているが魔導回路の化け物らしい
――本来は首都ナイアリスに保管されており、ナイアリス駐屯の騎士団『影』が管理している
元々はユーリア共和国たっての願いということで夏の観覧式に合わせてここに移送されたんですって。それで、本当は今日、閲覧会が開催の予定だったけど、そこに帝国が割り込んできたって感じみたい。
そうか。クルト王子も魔導剣目当てだったんだ。
という事は……ラルスも魔導剣狙いだった、という事で良いのかな。
雷帝のお爺におねだりしたのかな。
「ラルス……何考えてるの……」
結局、魔導剣を盗んで何処か行っちゃった……ということはどういうことなの。カッコいいから借りパクしちゃった、とかじゃないわよね。
しかし、通称『魔法使い殺し』はカッコいい……って……魔法使い?
「あ、あの……いかがでしょうか?」
ここで目の前のネイトを放っておいたことに気付いた。
「あら、おほほ。やはり難しいお話でしたわね。あまり良く理解できませんでした。では、気晴らしにケーキでも食べてこようと思います」
「あっ、それが良いですよ!」
ネイトさん嬉しそうよ。一応イメージアップしておきましょう。
満面の笑みで両手をそっと握る。
「ネイトさん、お仕事中で忙しい中、色々お話ありがとうございました。またお話しさせて下さい」
それ、乙女の微笑み喰らえ!
「は、はい。リア様、お気を落とすことなくご自愛下さい」
さて、手をフリフリそっと立ち去るわよ。これで失恋我儘お姫様が来て面倒だったけど最後は笑顔で帰って行った、くらいの記憶になるかしら。
部屋に急ぎ戻るため早歩き。角を曲がった所でキースさんがタバコを吸っていた。
うぷぷ、慌てて消してる。
よし、こちらにもイメージアップよ。
「ご迷惑をおかけしました。お仕事頑張って下さい」
両手をそっと握って微笑みアタック!
「えっ!」
「カーリンには言わないで下さいね。ご迷惑をおかけしたことを聞かれたら怒られてしまうから」
パッと顔が明るくなった。
「はい、ネイトも口は固いんで安心して下さい!」
「おほほ……では、ご機嫌よう」
これでヨシ。
早歩きで部屋に戻りながら先ほど聞いたことを思い返す。そして一つの結論に辿り着いた。
「倒したい魔法使いがいる……の?」
◆◆◆ 同日(行方不明の二日目)
帝国本国 首都グラーツ
帝国首都グラーツにある情報部本部は混乱を極めていた。何と言っても、帝国最強の騎士の一人となったラルス・マーカスライトその人が他国の国宝を盗み行方不明になっていたのだから。
連邦内の視察であり、雷帝と同席という事で警備体制は完璧のはずだった。
身内が引き起こした騒動とはいえ、この失態の責任を誰が人身御供になるか、という低レベルな事で揉めに揉めていた。
焦る官僚達は『雷帝が戻る前に現地警備責任者の処刑を済ませるべき』という前時代的な意見を本気で議論する有様で、情報収集すらまともにできていなかった。
◆◆
州都グロワールの王宮にある北貴賓室。
雷帝はまだ帰還せずこの部屋をウロウロしていた。
ラルスに何かあれば自分で全てを片付けるつもりだった。なので、一人、この国で事の顛末が片付くまで待つことに決めていた。
そこまで入れ込むのはラルスが実子ということも有るが、因縁浅からぬリアと恋仲ということも大きかった。
十一歳のリアに致命傷を負わされ、逆に真っ二つにした貴族院の訓練の間。能面のようなラルスがあの日を境に変わっていくことを嬉しく思い、その影響を与えているのがリアだと知った。
そんな二人の仲を引き裂くようなことがあれば、誰であろうと報いを受けさせる、そう心に誓っていた。
そんなことを知ってか知らずか、リアは雷帝の滞在する貴賓室の前に居た。
◇◇
「よし。分からん」
部屋に戻って色々考えていたが、関係者達に色々聞くしかあるまい、と結論が出た。
片っ端から話を聞くしか無い。
では、雷帝の爺から行くか……というわけで貴賓室に到着。
しかし……噂通りよ。お付きの騎士や他の人は予定通りに帰らせてしまったとか。
息子のことだから一人で対処する、ですって。
カーリン、それを聞いて卒倒したらしいわ。『世界最強の騎士』である『この世界の皇帝』が我が国にお忍び一人旅の状態ですものね。
ところで、何でこの部屋から『殺意の波動』みたいなのが漏れ出てるんですか?
まぁ、いいや。とつげきーっ!
貴賓室の扉をノックしながらそっと開ける。
「失礼しまーす」
おぉ、本当に一人で部屋に居るよ……なんか優しい目の寂しそうなお爺って感じ。覇気が無いわ。
じゃあ明るい感じでいきましょう。
それ、ニッコリ、っと。あれ、逆に固まっちゃった。
「リアか。今回は犬に噛まれたと……」
「もう飽きた、それっ!」
「あぁ、すまない……ラルスは……本当にすまない」
雷帝さんは俯き身体を小さくしていた。
あらっ。
気落ちがすごい。何か存在感が半分くらいしか無い。
では、今がチャンスかな!
「お養父様……気落ちしないで下さい」
どうだ!『お養父様』攻撃。
「ぬうっ、養父と呼んでくれるか……」
リアは雷帝にクリティカルダメージを与えた。
なーんてね!
ほら、もうライフは殆ど残ってないでしょ。タイミングはここよ!
「何でも良いんです。ラルスの事……昨日ラルスに何があったのか教えて下さい……お願いします」
少し目を潤ませて上目遣いで消え入りそうな声で聞く。暫く震える雷帝さん。大丈夫かな? と思った所で膝から崩れ落ちた。
「あ、大丈夫ですか」
駆け寄って椅子に座らせてあげると、相変わらず優しい目でこちらを見ていた。
ちょっと! 流石に少し心配になるわよ。
跪いて椅子に座る雷帝さんの両手を握ってあげる。
「ご不安だと思いますが、あまり気落ちしないようご自愛下さい」
二人向かい合うとただの気落ちしたお爺ちゃんだ。貴族院時代の風紀委員の時も色々と裏から助けてくれたらしいし。
そりゃ自然と優しい言葉が出るってものよ。
今度は自然に柔らかい笑顔を向ける。安心して欲しいから。
暫く見つめ合うと雷帝さんが口を開き始めた。
「そうかそうか……分かった。知っている事を全て教えよう」
雷帝さんはポツポツと語り始めてくれた。
◇◇
結論を言うと行き先は分からなかった。
でも、関係しそうな情報を色々と教えてくれた。
まず、雷帝さんとこでわたしの事を調べ上げていたらしいの。家柄が家柄だから、お嫁さんにする女の子の素性は調べ上げるんですって。
そしたらラルスは報告書の『母の任務と自殺』、『その後のリアちゃん体調不良とわたしの暗殺事件』に凄く興味を持ったみたい。それに関係しているのか分かんないけど、急にナイアルス共和国の国宝を、どうにか手にする機会はないかと我儘言ってきたんですって。
雷帝さん、初我儘に嬉しくなっちゃって急遽謁見と合わせて機会を作ったら……盗んでどっか行っちゃった、って感じ。
「ラルス……心配ばかりかけて……(あのバカ!)」
思わず独り言が漏れる、が、ギリギリ罵倒を控える。
で? 結局よく分からん。
目的は鮮明。ターゲットと動機が分からない。
「娘よ……ラルスの事をそんなに心配してくれるか」
あら、気弱になって……ここは追加ダメージを与えましょう。真っ二つにされた恨みは忘れないわ。
「お養父様……わたし凄く悲しい。愛するラルスが突然いなくなってしまったんですもの。胸が張り裂けそうよ」
「ぐっ……そうか……すまない……」
よし。世界最強の騎士は倒れそうよ。このくらいにしてあげましょう。
ニコッと微笑んで弱りきった老人の手をもう一度、ぎゅっと握ってあげる。
「心配しないで。すぐに見つかるわよ。何か情報を掴んだら、直ぐに教えて下さいね」
「ぐっ……あぁ、分かった。どんな情報でも一番先に渡そう」
よーし懐柔成功。帝国の情報はこれでゲットね。
「ありがとうございます!」
お礼を言ってから淑女らしく静かに部屋から出て行くことにした。ドアが閉まった瞬間走り出す。
「よし、『兵は神速でかっ飛ぶ』と言うわ。もう少し裏取りよ!」
反対側の貴賓室に向かって全力疾走することにした。
◆◆
雷帝はリアのことを思い返していた。貴族院時代からあまり変わらない活発な感じに、淑女らしさも備わってきたように思えた。
「ラルスめ……良い子を選んだではないか」
気落ちしているからか、『よーし、お詫びに国を二、三個あげちゃおうかな』と考える程度にリアへの好意は爆上がりしていた。
★一人称バージョン 1/28★




