襲撃、そして。
小倉美咲を含めた四人で香織の家に集まることになったが、香織から「洋一君は時間を置いてから来て」といわれたので、一旦男子寮に戻り、私服に着替えを済ませ、イチゴケーキを四人分買ってから女子寮へと向かった。
雨が降っており傘を差しているおかげで、一八〇センチという身長に金髪という恰好にも関わらず女子寮近くへ行ってもあまり目立つことはなかった。
なんとか香織の部屋の前に着くことができ、チャイムを鳴らした。
「いらっしゃい!待ってたよ」
迎えてくれた香織は白ブラウスにゆるいオレンジ色の短パンをはいていた。
部屋の構造は男子寮と変わらないようで、入ってすぐ右に台所、左にバスルームにトイレとなっていた。香織についていきリビングへと入ると、小倉と由美が私服姿でくつろいでいた。
小倉は白ニットに青のタイトスカートで正座を崩したような俗にいう女の子座りをしており、由美は薄ピンクのシャツに黒のミニスカートを穿いて足を伸ばして座っていた。
いつも見ていた制服姿とは違った私服姿に異性を意識してしまい、この女子の空間に入っていいのか一瞬躊躇ったが、三人の俺を見る視線に気づき、怪しまれないように平静を装った。
「お、洋一がやっときたよ」
「手土産持ってきているのね。意外と気が利くわね」
小倉が俺の手に持っているビニール袋に気付いたようだ。
一先ず、中央にあるテーブルに置き、玄関側に腰を下ろした。
床にはオレンジ色のカーペットが敷かれており、ベッドには動物のぬいぐるみが三匹おかれていた。
「ひと様の家に行くときは手土産持ってけと親からよく言われたからな」
「わー、うれしい。でも結構厳しいんだね。洋一君の親って」
香織は、膝立ちになりビニール袋からケーキ箱を取り出して、イチゴケーキを皿に置きみんなに配った。
「洋一こっち見て」
香織と小倉がケーキに注目しているとき、由美の後ろに置いてある縦鏡を指さしていた。
何かあるのかと視線を向けると、由美が人差し指と親指で自分のスカートを摘まみ上げていた。鏡越しに、黒の下着が見える。
にひひと悪戯な笑みを浮かべているところを見るに、狙ってそこに座っていたんだな。
そして、何もなかったかのように「ケーキおいしそう」と会話に入っていった。
「このショートケーキおいしい。私イチゴ好きなんだ」
香織が満面の笑みでイチゴをリスみたいに頬張った。
こんなに喜んでくれるなら買ってきた甲斐があったな。
「なんでもない日にケーキなんて食べてたら太っちゃうわ」
「なら、小倉さんの代わりに私が食べてあげる~」
「ちょっと、いらないとはいってないでしょ」
委員長と由美が仲良くじゃれあっている。
二人の関係には少し心配していたが、杞憂だったみたいだ。
「女子ってほんとに甘いもの好きだよな」
「ふふふ、そんなこと言って洋一君もぱくぱく食べてるね」
たわいない会話をしながら、ケーキを食べていると突然、由美が右手の指で丸を作り、左の人差し指をその中にいれるジェスチャーをした。
「ねぇ、この中に経験ある人いる?」
何を意味するのかは一目瞭然だな。
「もう、由美は何をいいだすのよ。私はないけど……」
香織が俺を見ながら声が尻すぼみになっていった。
「ないわね。そういう田宮さんはあるのかしら?」
「私はね~。実は一回だけあります」
「わー、なんだか由美が大人っぽく見えてきたよ……」
この三人の中で一番経験ありそうなのと言ったら、由美だよな。
初対面の俺に対して、あそこまで積極的になれる女子は珍しいからな。
「で?洋一はどうなの?」
「俺か?まだだな。そもそも彼女も作ったことないしな」
告白されたことは何度かあったが、女子と付き合うと喧嘩に弱くなると思っていたからすべて断っていた。もちろん、彼女でもない女子とやるなんて考えもわかなかったほど純粋な男だ。
「その答えは予期していなかったわね。素直に驚いたわ」
「洋一君もないんだね。ちょっと安心したよ……」
小倉も香織も俺が経験済みと思っていたらしい。
そんなすぐに手をだす男に見えるのだろうか。
「嘘だー。私より絶対経験豊富だと思ったのに~。金髪に髪を染めてる癖に草食系男子ってやつ?」
そういって体を乗り出して、髪を触ってきた。
俺に経験人数で勝ったことがそんなにうれしかったみたいだ。
俺は少なくなったケーキの残りを 一気に食べて、一息つく。
「会話に夢中になってた私が言うのもだけど、私たち勉強しにきたのよね?」
「そうだったよ。ケーキを食べて満足しちゃってたよ」
「残りの時間はいつも通り勉強しますか~」
小倉を誘ったときに「それは、逆効果ね」と言っていた意味をようやく理解した。
女子が三人集まると、おしゃべりの時間もまた長くなるみたいだ。
「お前ら集まった目的を覚えていたのか。俺はすでに勉強はあきらめていたぞ」
そうして、ようやく勉強会が始まった。
宿題を終わらせ、自分の苦手な教科を教えあった。
小倉はやはり勉強が得意で、俺も応用問題の解き方のコツを教わったりして有意義な時間を過ごした。
「今日はありがとう。また、みんなで集まろうね」
「ええ、私も楽しかったわ。良ければまた誘ってほしいわね」
「小倉さんも友達になったし、名前呼びしようよ」
由美の提案で、委員長とも名前呼びを交換することになった。
「それじゃ私は帰るわ。またね、香織も由美も。そして、洋一も」
「ああ、またな美咲」
四人は玄関で別れを告げ、帰っていった。
俺は傘を差し男子寮へ向けて歩いていると、途中でスマホがないとことに気づいた。
「忘れてきたな。いったん戻るか」
香織の部屋に近づくと、中から話し声が聞こえた。
「い、と……いいだろ」
「な……るの……」
由美がまだいるのだろう。
チャイムを鳴らそうとしたら叫び声が聞こえたので、何かあったのかと思いドアノブを回したら鍵がかかってなくそのまま空いた。
「どうした」
ドアを開け中に入ると、リビングで香織が男に押し倒されていた。
オレンジ色の短パンは半分脱がされており、白のブラウスがめくられ紫色の下着があらわになっていた。
「助けて!」
俺は靴を脱ぐ時間も惜しいと土足で上がり、上に覆いかぶさっている男を蹴り飛ばした。
不意の一撃にガードをする暇もなく吹っ飛ばされた男はわき腹を抱えてうなった。
「おい、何があった。こいつは誰だ……って、お前土田か」
香織を抱きかかえ、蹴り飛ばしたほうをみると、制服姿の土田が驚愕しながらこちらを見ていた。
状況を察した俺は、土田の首元をつかみ無理やり立たせる。
「お前自分がなにやったか分かってるのか。これは犯罪だぞ」
「邪魔するな、これは……合意のうえだ」
かろうじて搾り上げた声だ。
香織は泣きながら首を振っていた。
人が自分の過ちに気づき二度と同じ真似はしないようにするにはどうすればいいか。
昔も俺に喧嘩を売ってきたやつはたくさんいたし、勝てないと分かると姑息な嫌がらせをしてくるやつもいた。しかし、そいつらが変な真似をするたびに殴り飛ばしてやったら、二度と歯向かってこなくなった。
今回も同じだ。俺はただ、無言で土田を痛めつけた。腹や足の目立たない場所を集中的に。
「今回はこれぐらいで許してやる。次、香織に手を出してみろ。今度は容赦しないぞ」
「分かった。俺が悪かったよ。許してくれ。もう二度と手を出さないから」
土下座して、部屋から飛び出していった。
静かになった部屋で、落ち着くまで香織の横に座った。
「ごめんね。ありがとう」
落ち着いたのか服装を整えて、笑顔を見せた。
「土田があんな奴だったなんてな」
「もういいの。それより、この下着は洋一君に見せるためだったのに。初めて奪われちゃった」
つーっと涙が頬を伝っていたので、人差し指で拭ってやった。
「変な言い方してんじゃねえよ。てか、俺に見せるためってどういうことだよ」
「もう言っちゃっていいよね。私、洋一君が美咲と一緒に屋上にいたときに見たの。スマホでやってるゲーム。ナダルって洋一君のことでしょ?」
ナダルというのは俺がやっている魔法少女オンラインというゲームで使っているユーザーネームだ。このゲームでは同一の名前は使用できない。だから、俺以外の誰かがその名前でゲームを始めることはできない。そして、その名前を知っているということは、そこで交流を持っている誰かということか。
「ああ、ナダルは俺のユーザーネームだ」
「ひよこって子が好きな女子のタイプ聞いたでしょ?あれが私」
そういえば、チャットでアザミのような子が好きと答えたら、紫色が好きなんだねという会話をしてた気がする。
そうか、それで紫色の下着をつけていたわけか。
美咲に鈍いと言われた俺でも、さすがに好意を持たれていることはわかる。
「もうばれちゃったよね。私、洋一君がナダルだって知った時から好きになっちゃったの」