グループ
昼休憩になり、俺はいつも通り屋上に足を運んだ。
今は青い空がのぞいているが、遠くに曇り空が見える。
午後からは雨が降ってくるかもしれない。
そのためか、今日はいつもより人が疎らでベンチ等も空いているところが多かったが、やはり小倉はいつもと同じベンチに腰かけて座っていた。
「よう」
「声だけであなただってわかったわよ山田君。なんでいつも私の横に座ってくるのかしら。今日は他にも空いているところがあるじゃない」
周囲を見渡して、不満顔をされた。
愛想を付かされたと思ったが、律儀に少し横に動きスペースを空けてくれた。
俺も本気で嫌がるなら、他のところに行くつもりでいたが、言葉とは裏腹に歓迎されているみたいだ。
「いいじゃねえか。クラスメイトだろ」
「伊藤さん達と勉強会で仲良くなったのでしょ?彼女らと一緒に食事をするのが自然じゃないかしら」
今朝のことは当然知っているみたいだ。
最初はクラスで浮いた存在だと自認していたが、最近はクラス中が聞き耳を立てていることに気が付き始めた。
原因は声が大きい由美にあると推測しているが、由美も香織も比較的美人だというほうが大きいのかもしれない。
「確かにここに来る前にあいつらから誘われたが、断ったよ。俺も一人が好きってわけじゃないが、群れるのは嫌いなんでな。ここは空気がきれいで居心地がいいんだよ」
「そう。なら好きにすればいいわ。でも、私と一緒じゃ退屈じゃないかしら」
長髪を指に絡ませながら、心配そうに小声でつぶやいた。
ツンケンした態度は自信のなさの表れだったのか。
美人で委員長ということもあって、俺の中に冷淡な女という印象があったのは事実だ。
教室でも、昨日、一昨日とここで見せた笑顔を振りまけば人気者街道まっしぐらだろうにもったいないな。
「普通、女子を退屈させてないか心配するのは男子のほうだろ。俺は毎日、部屋で振り返っては嫌われてないか悶々とした日々を送っているぜ」
「山田君。あなたの言葉は吹けば飛んでしまうほど軽いものだわ。わざとなのかしら、田宮さんや伊藤さんにも巧みな話術で懐柔したのかしら」
「ひどい言い様だな。それより、クラスメイトにさん付けは少し丁寧すぎないか?」
「私は山田君みたいに、土足で距離を縮めたりしないもの」
こいつは、一人で飯を食うのが好きなんじゃなくて、単に口下手なだけなのではないか。
俺は手に持ったパンを齧りながら、小倉への認識を改めた。
学校から帰宅し、魔法少女オンラインを開くと、ひよこからパーティー申請が送られてきた。
ひよこ :ナダル君、今日は海底エリアに行ってみようよ
ナダル :あそこは、推奨レベル高いが二人で行けるか?
ひよこ :何事も挑戦あるのみだよ!
ナダル :やられたら悪いな
ゲーム内キャラのアザミとコスモスが海底エリアで魚人と戦闘を始めた。
前線のコスモスはいつものようにヘイトを集め、敵からの攻撃を一手に引き受けていくが、難易度の高いエリアなために体力の減りが早い。
少しでも負担を減らすために、範囲魔法を繰り出し続けるも抱えすぎた敵が多すぎて殲滅が間に合わず全滅してしまった。
ひよこ :あーごめん。今のは私のミスだよ。
ナダル :気にするな。次は少数の敵だけ引き付けて慎重に進んでいけばいい
ひよこ :ありがとう。優しいね。
ナダル :これぐらいで怒る奴がいるかよ
ひよこ :ふふふ、よーし、絶対二人でクリアしてやる!
大胆不敵な行進で返り討ちにあった俺たちは、小心翼々とエリアを踏破していき、ボス部屋までたどり着いたものの、まるで歯がたたず、逃げ帰ってきた。
ひよこ :今日はありがとう。なんとか二人でボス部屋まで行けたね。
ナダル :ああ、道中の難しさで察するべきだったな。あのボスは理不尽だ
ひよこ :うん、もう少し人数がいるかもね。時間も遅いし、落ちるね
ナダル :俺も
スマホの画面を凝視していたので、眼が疲れた。
目頭をマッサージしていると、SNSからの通知があった。
香織:あのさ、良かったらだけど。明日、私の部屋で勉強会しない?
由美:いいよ~。洋一も来るでしょ?
洋一:やることもないしな
由美:素直に行きたいですっていいなよー。
名前呼びを交換しあってから由美が馴れ馴れしくなってきたな。
それだけ、距離が縮まったと考えれば悪くはないか。
俺は明日の準備をして寝ることにした。
翌朝、教室に入ると、土田と由美が言い争っていた。
俺が入ってきたのを見ると、舌打ちをして席に戻っていく。
香織とは幼馴染らしいが、どうやら関係はそれほど良くないのかもしれない。
「おはよう。何かあったのか」
「聞いてよ、香織と今日の勉強会について話してたら。なんで、俺を誘わないんだとか言い出してきたのよ」
「土田君は悪い人じゃないんだよ?私は別に誘っても構わないけれど」
「香織がそんな態度だから、あいつが調子乗るのよ。洋一も何か言ってあげてよ」
「俺はあいつが好きじゃないからな。土田が来るなら俺は行くのやめるだけだぜ。主催者は香織なんだから好きにしたらいい」
二人の関係について、俺が何か言う間柄でもないし、勉強会も誘われたから行くぐらいのモチベーションしかないから、腕を伸ばし欠伸をしながら答える。
「そんな他人事みたいに。私たち友達でしょ?」
「洋一君来るのやめちゃうの?うーん……それなら、断ろうかな」
香織の反応を見るに、彼女自身もそこまで乗り気じゃなかったみたいだ。
俺は窓を叩く雨の音を聞きながら、昼飯のことを考えていた。
四限が終わり、教室にはいくつかのグループができていた。
その中で一人というのはどうしても目立つが、我関せずと弁当箱を開けている委員長がいた。
友達がいないというよりも、気品が高く近寄りがたいという印象だ。
女子の集団もそれを感じ取っているのか、誰も遠慮して誘おうとしない。
注意して小倉に注目してみると、屋上にいるときと比べて教室では常に気を張っていることに気が付く。
俺も食う相手いないから、誘ってやるか。
「おいしそうな弁当だな。手作りか?」
「ええ、今朝は早く起きたので、作ってきたのよ」
小言を言われるかと思いきや、すんなり受け入れられたので、近くの椅子をひっぱって机を共有する。
そんな様子を見ていたのか、副委員長の佐藤啓介がやってきた。
「おい、山田。委員長にも手を出すつもりか」
「どうしたよ急に。お前も小倉と一緒に食べたかったのか」
「そうではない!あっ、いや、嫌ではないのが……」
否定したり肯定したり忙しい奴だな。
それにしても、俺が女子に話しかけるだけで下心があると思われてるのは心外だな。
原因の心あたりはあるが、何と言い訳しても無駄だろう。
「なら、さっさと失せな」
「お前がなぜ小倉さんと一緒に飯を食うのだと聞いているんだ」
「何を言っているんだ。俺は今週ずっと二人っきりで昼を過ごしていたぞ」
「くだらない冗談を言うな」
俺の発言には信用がかけるらしい。
佐藤は同意を求めるように小倉に「なあ」と声をかけた。
「本当よ。昼は屋上で山田君と一緒だったわよ。あまり、人を疑うものじゃないわ」
「そ、それなら、僕を誘ってくれれば良かったのに。ははは……」
予想外の反応が返ってきたのか、眼鏡をかけなおし、気まずそうに笑っていた。
俺はそれ見たことかと、佐藤を手で追い払うと、そそくさと教室から出て行った。
「別に私は佐藤君がいてもよかったのだけれど」
「人を性欲の権化みたいな目で見る奴と飯なんて食ってられるか」
「自覚があるみたいで何よりだわ」
由美や香織の件でまだ誤解しているらしい。
先ほどから一瞥もくれずに弁当箱に箸をつついている。
「良かった。洋一が教室にいたよ」
ドアが開き、由美と香織が入ってきた。
俺が委員長と一緒にいることに不思議がることもなく、二人とも椅子を持ってきて四人で机を囲んだ。
「小倉さん、一緒に食べていいかな?」
「ええ、いいわよ」
香織が申し訳なさそうに尋ねると、小倉は急な事態に驚きながらも、笑顔で向かい入れた。
昼にいつも一緒にいるグループはどうしたんだろうか。
「お前ら何かあったのか?」
「香織が勉強会のことで土田を断ったら、怒っちゃってさ。一緒に食べる雰囲気でもなかったから帰ってきた」
由美はどこか苛立ちを募らせているようだ。
朝の時みたいな言い合いをしてきたのは間違いないだろう。
香織は少し落ち込んでいる様子を見せている。
「私が朝にちゃんと断らなかったのが悪かったのかな」
「そんなことない。あいつはちょっと、周りが見えなくなってるね」
「土田君と喧嘩でもしたの?」
事情を知らない小倉は困惑しているようだ。
由美と香織はこれまでの経緯を説明した。
「そういうこと。私が思うに、伊藤さん。あなたに責任があると思うわ」
「ちょっと、香織が悪いってわけ?」
「責任があるといっただけよ。幼馴染といったって、所詮は男と女だもの。その気がないなら、曖昧な態度は彼に酷だわ」
男女間に友情はありえないという説がある。一概にそうだと言えるわけではないが、欠片も意識しないというのは無理な話だろう。
「小倉の言い方は少し棘があるが、言ってることはまともだと思うぜ。どうみても土田は明らかに香織に気があるだろ」
「洋一は委員長の肩を持つんだ?」
なぜか由美は小倉を敵対視しているようだ。
だが俺はこの三人はいいバランスなんじゃないかと思う。
心優しく、人の痛みがわかる伊藤香織に友達のために自分のことのように怒ることができる田宮由美、そして、論理的で問題点をしっかりと言及できる小倉美咲。
高校入学して俺が一番交流を持っている三人だ。仲がいいことに越したことはないだろう。
「勉強会に小倉もこないか?香織の悩みを聞いたんだ、もう友達みたいなもんだろ」
「洋一から女子を誘ったよ……。ライバル出現の予感」
「私は、大丈夫だよ。小倉さんが一緒でも」
当の本人が答える前に、すでに四人で集まることを計画し始める二人。
そんな様子を見て小倉は可笑しそうに笑った。
「ええ、みんなが良ければ参加したいわ」