勉強会
「最後に、昨日も言ったように、来週月曜に今の学力を図るためのテストをする。成績の悪い人は、最前列に並んでもらうからそのつもりで」
朝のホームルームが終わり担任の教師が教室から出ていった。
クラス中からは、来週のテストに関して愚痴などが飛び交っていた。
「山田君は、勉強できるほうなの?」
「普通だ」
「できる人ほど、そういいそうだよ」
伊藤香織はテーブルに体を寝かしながら、「う~」とうねっている。
とはいえ、この清華高等学校に入れるだけの学力は誰もが持っているはずなので、そんな心配するようなことだろうか。
「香織、テストのこと聞いても緊張感がない様子を見ると山田君は絶対頭もいいよ」
いつのまにか、田宮由美が近くに来ていた。
そして、伊藤の横に椅子を持ってきて座り、同じように体を倒し、伊藤の上に乗る形でじゃれあっていた。
「頭もってどういうこと?」
「え?あーいやー……ほら、喧嘩とか強そうだし」
思わず出た言葉に突っ込まれ、田宮は笑ってごまかした。
「あっ!いいこと思いついた。ねぇ、香織。一緒に山田君に勉強教えてもらおうよ」
「うん。私は一人だと勉強さぼっちゃいそうだから、山田君さえ良ければ……」
いつの間にか、俺が二人に勉強を教える流れができあがりつつあった。
どっちにしろ、勉強するのなら断ることもねえか。
「別にいいけどよ、どこでやんだよ」
「そんなの山田君の部屋に決まってるじゃない」
「えっ!山田君の部屋に行っちゃうの?」
田宮の頭の中では最初から俺の部屋に行くつもりだったらしい。
昨日も思ったけど、こいつは異性とか気にしねえのか。
「お前らがいいってんならいいぜ。ただ、男子寮に女子は目立つだろ」
「んふふ、やっぱり意識しちゃう?」
「俺じゃねえよ。普通、女子のほうが気にすんじゃねえのか」
「あっ、私も嫌じゃないよ。それに少し興味もあるかも」
遠回しに拒否しようとしたが、うまくいかず逆に乗り気にさせてしまったらしい。
そんな話をしていると、土田翔が近づいてくるのが見えた。
「田宮、伊藤。良かったら僕らと一緒に勉強しないか。田辺と宮内もいるけど」
田辺直樹と宮内巧が遠くから手を振っていた。
クラスでもあまり目立たないタイプの男子たちだ。
「あ、ごめんね。実は私たち山田君と勉強することになったんだ」
伊藤が申し訳なさそうに答えた。
「嘘だろ?山田と?田宮が誘ったのか?」
「まあね。なんか見た目に反して勉強できそうな気がするんだよね」
「しょうがない、それなら僕たちも合流するよ。人数は多いほうがいい」
土田が俺に視線を向け、同意を求めてきた。
田宮も伊藤もそれなりに交流があるから許可したが、まともに話したこともない男ども達と一緒に勉強する気なんて起きねえ。ましてや露骨に俺を嫌ってる奴ならなおさらだ。
「悪いな土田。俺の部屋はそんな広くねえんだ。定員オーバーだ」
「はぁ?部屋?おい、伊藤達は山田の部屋に行くのか」
土田が声を裏返しながら、伊藤に詰め寄った。
かなりの剣幕に女子たちがひき気味になっていることにも気づいてないらしい。
「ちょっと、土田。どこで勉強しようと私たちの勝手でしょ?なに、香織の彼氏面してんの?」
「いや、僕はそんなつもりじゃ……。ただ、男の部屋に女子だけで行くのってまずいって」
土田の反応だけで何を考えているのかは容易に想像できるが、俺がそんなに女たらしに見えるのか。
ただ、そんなあからさまな態度をとられると、それに答えようとしてしまうものだ。
「おい、それ以上は無粋だぜ?男女が同じ部屋にいりゃ、やることは一つだろ」
口角を上げて、意味ありげに笑ってやった。
「お前、やっぱり、それが目的なんだろう!伊藤、今からでもやめたほうがいい」
「土田君、いい加減にして。私は自分で決めたの」
静かだった伊藤が、強い口調で反論したことに土田はショックを受けていた。
これ以上何も言い返せなかったのか、悔しそうにしながらも背中を丸めて帰っていった。
「わお、香織も言うね。それにしても、山田君のあの言い方だと勘違いされるじゃん」
「そうだよ。私も冗談だって、分かってるけれど、びっくりするよ」
二人からジト目で見られてしまった。
昼休憩になり、またも屋上にいくことにした。
外で特にいい景色を見ながら昼飯を食べるのは意外とリラックスできたからだ。
同じことを考えるものなのか、今日も人がいっぱいだったが、昨日と同じく奥の青いベンチに一人の女子生徒が座っておりその横にスペースが空いていた。
「邪魔するぞ」
「え?って山田君か。あなた私以外に一緒に食べる人いないの?」
昨日と同じ後ろ姿に、俺は小倉だとすぐに気づいた。
「お前こそ昨日もここで一人だったじゃねえか」
「私は一人が好きなのよ」
「副委員長の佐藤でも誘えばいいんじゃねえの?仲いいんだろ」
そういうと、不思議そうな顔をした。
「私と佐藤君が仲がいいように見えてたの?事務的な話ししかしてないわよ。ただのクラスメイトってだけね」
佐藤とよく話してると思っていたが、クラスの役職的な都合ってだけっていう認識なのか。
少しかわいそうだな。
「そういえば、田宮さんや伊藤さんと勉強会するんでしょ?人に教えられるほど勉強ができるのかしら」
「なんだ、聞いてたのか。俺より二人の学力のほうが高い可能性もあるけどな」
「なにそれ、可笑しい。そうなったらとんだ恥ね」
なにがおかしいのか、くすくすと手で口を押えて笑い出した。
教室にいるときはめったに笑顔を見せないのに、ここだと表情がころころ変わるな。
太陽の光に当たるとセロトニンが生産されて気分がよくなるという話は本当なのかもな。
どうせなら、小倉も誘ってみるか。俺一人で二人も見切れないしな。
「お前も来ねえか?女子に教えるなら女子のほうがいいだろ」
「それは、逆効果ね。異性の目があるほうが頑張れるものよ。それに、田宮さんはあなたに教えてほしいから誘ったんじゃないかしら」
「そうなら見る目ねえな。俺よりもお前や佐藤のほうが勉強できそうだろ」
「意外と鈍いのね。あなた」
そういって、小倉は体を反らして空を見上げた。
俺もつられて二人でどこまでも続く真っ青な空を眺め続けた。
放課後になり、俺と伊藤と田宮の三人で帰ることになった。
どうやら、このまま部屋までくるらしい。
「男子の部屋に入るの初めてかも。香織は経験ある?」
「私は土田君の家に行ったことはあるけど、それだけかな」
「ほうほう。実は裏で付き合ってるとか?」
「もう、小学生の時の話だよ。知ってるでしょ?幼馴染だって」
学校を出て、男子寮に向かう道で女子たちが二人で盛り上がっているのを、横で聞きながら三人並んで歩いていると、前のほうから昨日俺に喧嘩打ってきた小林の姿が見えた。
向こうも気づいいたのか、こちらに向かってきた。
「っけ、いいご身分だな。女二人も侍らせてやがって」
「小林先輩じゃないっすか。まだ俺とやる気っすか?」
軽く睨んでやったら、悔しそうに舌打ちして、去っていった。
田宮は舌を出して挑発し、伊藤は何が起こってるのかわからず、首をかしげていた。
途中でコンビニに寄り、ジュースやスナックを買い込んで、男子寮に入った。
俺の部屋に着くなり伊東と田宮が世界遺産を見るように隅々まで視線をさまよわせては騒いでいる。
ひとまず、ビニール袋をテーブルに置き、座った。
狭い空間に女子と一緒にいるってだけで、どことなく甘い匂いが部屋中に漂っている気がする。
「山田君ってきれい好きなんだね」
伊藤が意外そうに目を丸くしていた。
「そだよね。私の部屋はもっと散らかっているのに。あっ!この本棚の下のほうに漫画があるよ」
「ほんとだ。山田君もこういうの読むんだ」
美少女キャラクターが表紙に大きく書かれた漫画を見つけたようで、四つん這いになり本のタイトルについてなにやら話し始めた。
それはいいのだが、俺の目の前でそんな姿勢を取られると、太ももの割ときわどいところまで見えてしまっている。少し、身をかがめれば下着まで見えてしまいそうだ。
ひとしきり話し終えたところで、自分たちの姿勢に気づき二人して腕を後ろに回しスカートを抑えた。
「山田君の変態」
二人同時に振り向き、きれいにハモらせた。
「安心しろ、見えてねえよ。それより、お前ら勉強が目的なんだろ?さっさとやろうぜ」
このままじゃ、駄弁ってるだけで終わりそうな予感がしたので、会話を遮って勉強を始めようとした。
そんな様子を怪しく思ったのか、胡乱な目つきでみられるも、本来の目的を思い出したのか鞄から宿題として配られたプリントを取り出した。
「あ、香織。その前に買ってきたお菓子たべよーよ」
「うん。そうだ、これ見て。イチゴ味の炭酸ジュース売ってたんだけど、珍しいよね」
ぼりぼり、ぱりぱりとお菓子を食べながら、再び先生の話やらクラスメイトの話やらで勉強そっちのけで盛り上がり始めた。
緊張感が薄れてきたのか、次第に姿勢も崩れ、体育座りしていたのが、徐々に足が開き、伊藤はオレンジ色の田宮は黒色の下着が丸見えの状態になっていった。
「おい、もうちょっと上品に座れないのか?見えてるぞ」
「えっ!」「きゃっ」
指摘すると、二人は勢いよく足を閉じて頬を赤くして恥ずかしがる。
気まずい沈黙が流れ、「あはは、とりあず勉強はじめよっか」と伊藤がいい、勉強道具をいそいそと取り出した。
俺も今日もらってきた宿題を取り出しさっさと終わらせることにした。
「山田君、これわかる?」
田宮が前かがみになり、プリントの平方根の分数を有理化しなさいという問題文を見せてきた。
「これはな、まず、分母のルート内の数字を素因数分解で小さくしてから、分母にあるルートを分子と分母の両方にかけるんだよ」
俺にわかる問題かと心配したが、簡単なものだったのでノートに書きながら、説明してやった。
「おー、わかりやすい。数学得意なの?」
「これは基礎も基礎だろ。よく、ここの高校に受かったな」
「私、数学は超苦手なの」
そういって俺が教えた方法を使って、黙々と問題を解きだした。
しばらくして、伊藤が近くに寄ってきた。
「あの、受け身の文章ってどうやって作るんだっけ」
「あーそれはな、be動詞に過去分詞をくっつけるんだよ」
俺はノートにいくつか例文を書いて、それを受け身の文章に変えて説明した。
「あー、思い出したよ。ありがとう」
こうして黙々とした時間が過ぎ、19時になり解散することになった。
「あー疲れた。それにしても、山田君ってやっぱ頭いいね」
「うん。何を質問しても、簡単に答えてくれたもん」
「俺はお前らが心配になってきたよ」
来週の実力試験といっても、各教科で出された宿題は中学の復習だったので簡単に解くことができたが、伊藤も田宮も得意不得意が極端なようで特に数学と英語が苦手なようだった。
「ねえ。私たち仲良くなったことだし、山田君ってのはちょっと距離感じるよね。香織はどう思う?」
「そうかも。私たちは名前で呼んでるもんね」
「うんうん、ということで、今から山田君のことを洋一と呼びます」
「うう、でも由美ちゃん。私、男の人を名前呼びしたことないよ」
「だーめ、香織もよ。私だけだと変に思われるでしょ?」
「じゃあ、洋一君で……」
「それで決まり!」
伊藤は恥ずかしそうに、田宮は満足げな顔をしていた。
自分たちが名前呼びするんだから、ということで俺にも名前呼びを強制してきた。
そして、SNSのアカウントを交換しあうことになった。
「それじゃまた明日。洋一」
「またね、洋一君」
「じゃあな由美。またな香織」
名前で別れを言うと「なんか恥ずかしい」とつぶやきながら、二人で一緒に帰っていった。