委員長
連休明けの早朝、スマホの通知音で目が覚めた。
まだ薄暗い部屋の中、カーテンを開け体を起こして確認した。
くますけ:おはよう。起きてる?
ナダル :ああ、こんな早くになんだよ
くますけ:最近は忙しくてあまり話してなかったから。
ナダル :そういうのは、彼氏に言ってやれ
くますけ:そういうのじゃないわ。ネットの関係って希薄でしょ?なにかのきっかけで突然、音信不通になったりするんだから。
ナダル :知らねえよ、ならリアルの関係を大事にすることだ
くますけ:もう。ゲーム外でも普通にSNSつかって話すぐらい仲良くなったのは初めてだから、大事にしたいのよ。
ナダル :変わってんな
時計を見ると七時ちょうどを指していた。
清華高等学校の始業時間は八時二十分だ。
寮から徒歩十分もすれば学校に着くのでだいぶ余裕がある。
「部屋にいても退屈だしな。さっさと行くか」
途中でコンビニに寄りおにぎりと水を買って登校した。
さすがに、早すぎたのか教室にはまだ誰もおらず一番乗りだ。
席に着き、机に足を載せて座りおにぎりを食った。
時計が五十分を指すころに一人の女子生徒が教室に入ってきた、確か、小倉美咲と言っていたな。
彼女を眺めていると、俺に視線を合わせながら近づいてきた。
「あなた、入学式の時に担任から机に足を載せないように注意されたばかりでしょ?」
腰に手を当てて、冷たい視線を投げかけてくる。
「ん?ああ、そうだったな、忘れてたぜ」
俺は物分かりはいいほうだ、中学の時からの癖で自然と足を載せてしまう。
代わりに足を組んで椅子に座った。
「それにしても、机に足を載せちゃいけないってのは変だと思わねえか」
「行儀が悪いでしょ、あなたは気が付いてないのかもしれないけれど、その座り方は見ていて不快よ」
「なるほどな。つまり、お前はこの座り方が不快に見えるからダメだと思うわけか」
「何が言いたいのよ」
「いやなに、もし不快に思わない人が多数派だったとしたら許されるってことだろ」
小倉は眉を顰めて、首を振った。
「あなたと道徳について話をする気はないわ。普通に座ってくれたわけだし、もう言うことはないわ。それにしても、中学時代に注意されなかったのかしら」
「多数派だったからな」
口角を挙げて笑ってやったら、「呆れた」とつぶやき自分の席に戻っていった。
暇つぶしに話題を振ったが思いのほか盛り上がらなかったな。
そんな話をしている間に何人かの生徒もすでに登校していたようだ。
小倉が席に座ると同時に、隣に座っていた眼鏡をかけた男が俺を睨みながら何か話しかけている様子が見える。
ペットボトルに入った水を飲み干し、空になったものをゴミ箱へと放り投げると放物線を描いて、今まさに教室の扉を開けた伊藤香織にぶつかった。
「あ、コントロールみすった」
「きゃっ」
伊藤の悲鳴を聞き、途中で一緒になったのか土田翔が後ろから現れた。
「大丈夫か、伊藤」
「うん、ちょっと驚いただけだよ」
伊藤は落ちたペットボトルを拾い、ごみ箱へと入れた。
クラスにいた生徒から非難の目が向けられた。
「山田、初日からそうだったが、彼女をいじめて楽しいか」
土田はこぶしを握り、まなじりを吊り上げた。
投げる瞬間に手元が狂っただけなのだが、ここまで過剰反応されると揶揄いたくなってしまう。
「悪いな、伊藤が可愛くてついちょっかいを出したくなんだよ」
「お前……」
「土田君、私は平気だよ。ペットボトルが当たるぐらい大したことないよ」
今にも殴り掛かってきそうな様子の土田を伊藤が必死になだめていた。
俺は足を組み、机に肘をつきながら、その様子を眺めていた。
午前の最初の授業はホームルームで委員長と副委員長を決める時間になった。
「まず、委員長に立候補する人はいます?」
女教師がクラス中に視線を回すと、勢いよく手を挙げる女子生徒がいた。
「あなたは小倉美咲さんですね。他にやりたい人は?」
しばらく時間を空けても、ほかの誰も名乗り出なかったので委員長は小倉美咲に決まった。
彼女も自分がなって当然という風に堂々としていた。
ああいうタイプの人間は中学の時からずっと委員長をやってそうだ。
「ここまですんなり決まるのも珍しいわね。では、副委員長に立候補する人はいますか?」
ここでも、すぐに手が上がった。
小倉の隣の席に座っている、眼鏡の男だ。
「あなたは佐藤啓介君ですね。他にはいない?」
しばらく沈黙が続いた後に、誰も手を挙げなかったので、副委員長は眼鏡の男で決まった。
「委員長は、小倉美咲さん。副委員長は、佐藤啓介君で決まりですね。では、残りの時間は自由時間とします。自習するなりクラスメイトと交流を深めるなりしてください」
そういって、教師は早々と教室から出て行った。
「山田君、朝はごめんね。私のせいでちょっとした騒ぎになっちゃって」
隣に座っている伊藤が申し訳なさそうに言ってきた。
「別に謝ることじゃねえだろ。土田が一人でヒートアップしてただけだ」
「うん、そうなんだけど……」
いい機会だから、土田との関係を聞いてみるか、彼氏じゃないってんならやけに距離が近い気がするしな。
「あいつと付き合ってるわけじゃねえんだろ?それにしては、お前に関して過剰反応してる気がするけどよ」
「彼とは幼馴染なんだよ。小学校も中学校も同じだったから、私を守ろうとしてるだけなの」
「守るもなにも、俺は何もしてねえだろ」
「そうなんだけど、土田君はあまり不良っぽい人が好きじゃないみたいで、変な先入観持ってるみたい」
中学時代には不良と呼ばれる奴とばかり付き合ってたが、喧嘩っ早やい奴が多かったし、印象が悪いのも無理はないか。
「それで俺を嫌ってんのか。まあ、別にいいけどな。男から好かれたいとはおもわねえしよ」
「あの、それで……今朝の可愛いってのは冗談……だよね?」
伊藤は視線を俺からそらし、隣にいるにも関わらず辛うじて聞こえるぐらいの小さな声で言った。
実際、彼女はかわいい。
身長も百五十センチと低く、髪は短くまとめているので、高校生だと知らなければ中学生だと思っていただろう。
庇護欲をくすぐられるタイプの女子だ。どことなく、魔法少女オンラインのコスモスに似た雰囲気を感じる。悪く言えば、子供っぽいということだが。
「本気だ。最初見たとき中学生が紛れ込んでいると思った」
「なんか、可愛いの意味が違う気がするんですけど?」
伊藤は途端に不機嫌になり、少し赤くなった顔でにらまれた。
「おーい、伊藤と山田っていったっけ?俺も会話に混ぜてくれよ」
茶髪に染めた男子生徒が椅子をもって近づいてきた。
そして、伊藤の机の横に椅子を置き、にやついている。
「えと、森本昇君だよね。私は大丈夫だけど」
なぜか不安そうに俺の顔を見てながら言った。
いかにも遊んでそうな男という雰囲気を感じた。
「森本か、名前覚えたぜ。だけどな、お前伊藤と話したいだけだろ。女好きですって顔に書いてあんぞ」
「あははっはっは。さすがにばればれか!でも、山田も似たようなもんだろ?相当、経験ありそうに見えるな」
「お前と違って俺は誰彼構わず盛る猿じゃねえんだよ」
「意外と男女関係に疎いんか?それは予想外だ」
初対面のくせに、やたら突っ込んでくるな。
人の懐に入るのがうまそうなやつだという印象を持った。
「えーと……」
伊藤は男二人に挟まれ、会話の中心にされているにもかかわらず、どう反応していいのか分からないのか困ったような反応をしていた。
「おい!彼女が困ってるだろ」
そんなところに、土田翔が怒ったように割り込んできた。
そんな彼を見て、森本が興味深そうに口笛を吹いた。
「なに?お前この子のこと好きなの?」
「そういう話をしているんじゃない」
伊藤と話していただけなのに、いつのまにかクラス中の注目を集めてしまった。
すると、委員長の小倉美咲と佐藤啓介も一緒になって周りに集まってきた。
「そこ!小学生みたいな喧嘩はやめなさい」
「お、委員長か。俺らはただ友達とだべってただけだぜ?」
森本の奴、俺を巻き込もうと、わざわざ「俺ら」を強調したな。
その効果もあってか、俺が諸悪の根源みたいな目で見られる。
「山田。お前が問題児だということは初日に分かっていた。だが、俺が副委員長になったからには、クラスの輪を乱すような真似はやめてもらいたい」
副委員長の佐藤啓介が、右手を眼鏡で上げる仕草をしながら言った。
中学時代から俺は特に何もしてないのに、問題が起きた時にやり玉にあげられる存在だったので、こういう扱いには慣れている。
当時はむかつきもしたもんだが、荒れた中学時代を過ごした俺の精神はそんなことでは波もたたない。
「別にクラスの雰囲気を悪くしたいわけじゃない。安心しろよ」
足を組んだまま、後頭部に両手を置き伸びをしながら答えた。
「その態度が気に食わないんだ」
「ちょっと、佐藤君。私たちは喧嘩をしに来たわけじゃないのよ」
「すまん、少しかっとなった」
「ごめんなさいね。ただ、佐藤君のいったように、クラスの輪を乱す行為はやめてもらいたいわ。森本君も。それに、彼女が困ってるのは見ていてわかるわ。あなた達のような体の大きな男に挟まれて大変ね。私が先生に頼んで席替えしてもらいましょうか?」
小倉美咲が優しく微笑んで尋ねたが、伊藤香織は首を振った。
「少し困惑してたのは確かだけど、何か嫌なことされたわけじゃないから。心配しなくても大丈夫だよ」
彼女のその一言で、一先ず、その場は収まった。
土田翔はなにやら納得いっていないような表情をしたまま、自分の席に帰って行った。
昼休憩になり、伊藤を飯に誘ったのだが、先約がいるようで断られた。そのあと、土田に呼ばれて「ごめんね」と言い、三人ほどのグループに向かっていった。
森本を誘ってもよかったが、また面倒ごとに巻き込まれるのは避けたいので、売店でパンでも買って、一人屋上に行くことにした。
階段を上がり、屋上への扉を開けると天気がいいからか、上級生たちも多くいて混雑していた。
空いてる場所はないかと見渡すと、奥の青いベンチに女子生徒が座っている後ろ姿が見え、その横に一人分のスペースが開いているのを発見したので、そこに向かった。
「隣座るぜ」
「いいですよ、って、山田君?」
声をかけて座ろうとしたら、その相手は委員長である小倉美咲だった。
特に避ける理由もないし、そのまま座ることにした。
「私になんか用でもあるわけ?」
「用事がないと話しかけちゃいけねえかのか」
「そうは言ってないけれど……」
偶然ここしか空いてなかったのだが、朝の一件があったから意図的だと受け止められたようだ。
俺としたら、飯食う場所を見つけただけで満足なのでわざわざそれについては言及しない。
この様子だと暇つぶしの相手にもなってくれないだろうと、スマホを取り出しゲームをしながらパンをかじった。
「あれ、そのゲームって魔法少女オンライン?驚いた。あなたみたいな人でもそういうゲームするんだ」
「あ?これか。最近リリースされたばっかだろ。試しにやってみたら結構面白くてな」
「ふ、ふーん……そうなんだ」
小倉から話しかけてくるとは思わなくて、少し驚いたが、気にせずデイリーミッションを終わらせることにした。
隣からなぜか視線を感じるが、仕方ないかもな。
俺も去年まではオタクっぽいゲームを毛嫌いしていたし、一緒につるんでいた奴らも似たようなのが集まってた。
「角度的に見にくい」
なんて、文句もいってきたが、わざわざ見えやすくしてやる義理もないので無視をし続けた。
「それでねー香織はどういう人が好きなの?」
「もう、由美ったら、そんなの言えないよ」
集団のグループが屋上に入ってきたようで、騒がしくなってきた。
俺は相変わらずスマホでゲームをしている、なぜか、小倉がのぞき込んでいるが。
「あれ?あそこにいるのって山田君?」
「え?ホントだ背の高い金髪の男なんてあいつしかいない。伊藤、席が隣だからってあんましかかわらないほうがいいぞ」
「土田君は彼のこと勘違いしているよ。隣にいるのは……女子?なにか距離が近いような」
俺がボスを魔法で少しずつ削っていたが、あと少しのところでやられてしまった。
ため息をつくと、なにがおかしいのか隣で見ていた小倉が笑い出した。
いつも固い表情をしていたので、その柔らかい笑顔には虚を突かれた。
「なんだ、そんな表情もできんのかよ。真面目に生き過ぎたせいで、固まって動かねえのかとおもってたぜ」
「うわ、純粋にひどい言葉だねそれ」
がちゃんと後ろから音がした。誰かが何かを落としたのだろうと気にせずスマホの画面を見続けた。
「あれ委員長だ。ていうか、香織!缶ジュース落ちてへっこんじゃってるよ」
「あ、うん。手が滑っちゃった」