入学
子供のころから体が大きく、喧嘩も強かったから、いつの間にか不良のボスみたいな立ち位置にいつもいた。
中学の時は、クラス内でアニメや可愛いキャラが出てくるゲームをしているオタクな奴を心の中で見下していた。
実際にオタクと絡んだことはなく、路傍の石のごとく扱っていた。
そんな俺の考えを変えたのは一つのゲームの存在だ。
中学を卒業し、高校入学までの暇な時期に魔法少女オンラインというソーシャルゲームがリリースされ、SNSサイトを中心に話題になっていた。
中学を卒業し何か新しいことに挑戦したいと思っていた俺はこれまで馬鹿にしていたオタク向けのゲームを一度は経験してみようとインストールしてみた。
ゲームの内容は大きな帽子をかぶった美少女達を育成し、オンラインで他のユーザー達と協力してモンスターを倒すというものだが、最新の3Dモデルを使ったMMOと呼ばれる種類のゲームだ。
気づいたら、朝から晩までゲーム漬けの日々になるほどがっつりと嵌ってしまっていた。
そして、そこで仲良くなった数人のユーザーとはSNSアプリでゲーム外でも話すような仲になっていた。
ひよこ:ナダル君も明日高校の入学式なんだよね。もしかしたら、同じ高校だったりして。
ナダル:どんな確率ってんだよ。ありえねえよ
ひよこ:ふふふ、そうだよね。でも、もし同じ高校だったらすぐ分かるね。ナダル君ってすっごく口悪そうだもん。
ナダル:あ?これで口が悪いとか、どんだけ温室で育ってきたんだよ。貴族のお嬢様かよ
ひよこ:少なくとも私の知ってる男子はもっと丁寧だよ。まあ、実際のナダル君が物静かな子だったらもっと面白いかも。
ナダル:勝手に妄想して楽しんでろ。俺はもう寝る
俺はスマホをスリープモードにし、明日の入学式に備えて早めに寝ることにした。
清華高等学校は県の中でも偏差値は高いほうで、不良達の中で俺は比較的勉強ができたので、教師からはお山の大将なんて褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からないあだ名で呼ばれていた。
その入学式当日、教室のドアを開けた瞬間にクラス中から注目されるのが分かった。
みんな初対面だからか物音ひとつ立てないほど静かな中、湖面に石を投げ込んだようにざわついた空気を感じた。
まあ、いつものことだ。一八〇センチの身長に、鍛えられた体、そして、金髪に染めた長めの髪。比較的、校則のゆるいこの学校でも偏差値が高いからか、ほかのクラスメイトはみんな大人しめな恰好をしていた。
俺は後ろの窓際の席まで歩き、いつものように足を机に乗せて座った。
暇だったから、隣に座っている女子に話かけようとしたが、彼女に視線を向けた途端に顔を伏せられて拒絶されてる空気があったので、欠伸をしながら時間が過ぎるのを待った。
しばらくして、女教師が入ってきた。
「窓際の席の足を載せてる君!行儀が悪いからやめなさい」
何をやめるのかわからなかったので、視線で問いかけたら、足を下ろしなさいとゆっくりと丁寧に言われた。
「ああ、これのこと?何が問題なんだよ」
「常識で考えたらわかるでしょ?」
周りの生徒達はそれ見たことかと、得意げな顔をしているやつばかりだったので、この場では俺が少数派だと気づいた。
これがこの高校のルールってやつなのかと理解し窮屈に足を折りたたんで机の下にもぐらせた。
「まずは自己紹介をしてもらう、まずは前から順番にな」
一人ずつ席を立ち、各々が自己紹介を始めたのを眺めていると、隣の席の女子の番が回ってきたけれど緊張しているのか、気づいていなかった。
「おい、次、お前だぞ」
俺がそういうと、彼女は慌てて立ち上がった。
「すいませんっ。えっと、私は伊藤香織です。みんなとは仲良く1年間過ごしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
「上出来だ。次、そこの不良金髪男子」
くすくすとクラス中から小さな笑いが広がった。
「俺は山田洋一だ。今、笑ったやつの名前覚えたからな」
少しイラついたから、舐められないようドスの効いた声で威圧しておいたらピタリと静かになった。
「そんぐらいで周りを威嚇してたら、友達もできないよ。君」
自己紹介も終わり、今日はこれで解散となった。
教師の長いおしゃべりが終わり、凝った肩を回していたら、男子生徒が一人俺のほうへと歩いてきた。
「山田。あの、少しいいか」
見たところ体が細く真面目そうな男だ。確か、土田翔って自己紹介してたな。何か話したいことがあるようだが、なぜか声が震えている。
仕方なく、あごで続きを促した。
「伊藤をあまり嚇すなよ。彼女、怖がっていたじゃないか」
「ちょっと、土田君。私は大丈夫だよ」
伊藤というのは俺の隣に座っている女子だ。
正直、何を言われてるのかさっぱりわからん。
隣では、土田が「心配しないで」なんて話してる様はコントを聞いている気分だ。
「なんだ、二人は付き合ってたりすんのかよ」
「えっ、いや、僕らは中学の同級生で」
「付き合ってません」
土田は何やら挙動不審になり始め、伊藤ははっきりと答えた。
「夫婦漫才はよそでやれ」
さっさと帰りたかったので強引に切り上げて教室を後にした。
この清華高等学校は自主性を育てるためという名目で全寮制となっており、それぞれ男子寮と女子寮で分かれている。
住宅街からは離れた場所に建てられており、周囲には何もないが学校の敷地内にコンビニや喫茶店などの軽食屋があり不便はない。
多くの生徒は入学式が終わり、迎える土日で引っ越し用の荷物を整理したりで忙しくなる。俺もその一人で、四月二日の土曜の早朝から、段ボールに入っていた服や日常品を取り出して、部屋中を飾り付けていた。
ピコンとテーブルの上に置いていたスマホの音が鳴った。
「なんだ?こっちは忙しいってのに」
見てみるとSNSアプリの通知が着ていた。
ひよこ:入学式疲れたよ。緊張した。ナダル君はどうだった?
ナダル:別に大したことないだろ。つまらねえ話聞いて終わりだよ
ひよこ:そういえば、その、なんかすごい人と隣同士になっちゃたよ。
ナダル:アイドルでもいたってのか
ひよこ:だったら良かったよ。えと、うーん。やっぱ言うのやめた。まだその人のこと知らないし、ちょっと陰口みたいになっちゃいそうだから。
ナダル:なんだよ、俺しか見てねえんだから関係ねえだろ
ひよこ:そうなんだけど、私そういうの好きじゃないから。
ナダル:あっそ
話が途切れたので、荷物の整理へと戻り昼までには終わらせた。
「そういえば、まだ魔法少女オンラインのデイリー終わらせてなかったな」
アプリを開くと、可愛らしい声が流れる。
ログインボーナスをもらい、拠点としている町に操作しているキャラクターが出現する。
紫色のとんがり帽子に胸元が強調されたミニスカドレスを着たこのゲームのメインキャラの一人アザミだ。
「はぁ~、アザミちゃん見てると癒される」
街の外の草原エリアに出て、モンスターを自動で倒しているアザミを眺めていたら、個別チャットが飛んできた。
ひよこ:ナダル君発見!一緒にボス狩り行かない?
ナダル:今、デイリー終わらせてるとこだ。ちょっと待って
ひよこ:りょーかい!
しばらくして、二人で合流した。
紫の魔法少女アザミと、オレンジ色のロリ系魔法少女コスモスが並んだ。
ひよこ:相変わらずそのキャラ好きだよね。
ナダル:最萌キャラだ。お前こそ、コスモスばっか使うじゃねえか
ひよこ:うん。このキャラとってもかわいいもん。見てよ、オレンジのミニスカートから見える白いかぼちゃパンツ。
ナダル:色気が足りねえよ
そんな会話をしながら、ボスとの戦闘へと移行した。
アザミが後方で支援しながら、コスモスが前線で敵を引き付ける役だ。
二人の美少女キャラが大型のモンスターに対して、一進一退の攻防を演じた。
ひよこ:防御バフ消えそう!
ナダル:ほらよ
ひよこ:今!全体魔法撃って!
ナダル:ほらよ
ひよこ:広範囲攻撃くるよ!避けて!
ナダル:おk
俺は、ひよこの支持通りにポチポチとスマホの画面をタッチし続けること数分、ようやく、ボスが倒れ、戦利品を大量にゲットした。
ひよこ:お疲れ様だよ。
ナダル:お疲れ
ひよこ:ナダル君も結構うまくなってきたね。
ナダル:俺は支持に従って動いてるだけだ
ひよこ:最初のころよりもスムーズだよ。
ナダル:そうか
魔法少女オンラインからログアウトして、時間を見たらもう十二時を過ぎて二時になるところだった。
「ちょっと、時間忘れて遊びすぎたな」
集中力が切れた瞬間にお腹の空き具合が気になり始めた。
今から料理すると時間がかかるので、コンビニで済まそうと、五階建ての男子寮の3階に位置する部屋からエレベータを使い外に出た。
近くのコンビニや喫茶店などの店舗は女子寮と男子寮の中間に位置するため、そのエリアを跨ぐと男子と女子の人数は大きく変わる。
なので、それぞれの寮の近くに異性がいるとよく目立つということだ。
とりあえず、軽い飯を買って帰ろうとコンビニに入り、ちょうど一個残っていたおにぎりに手を伸ばしたら同じタイミングで反対側から手が伸びてきて、左右をお互いが持つ形になった。
「お、わるい。って、伊藤か」
「すいませんっ。あれ、山田君?」
偶然にも同じクラスメイトの伊藤香織だった。
白いシャツにひざ丈のオレンジ色のスカートを着た私服だ。
「伊藤もこれから飯か?おにぎりは持ってけ」
「私のほうこそいいよ。山田君のほうが早かった気がするよ」
押し問答になりそうだったので伊藤の籠に放り込んでやった。
時間帯なだけに、商品は少なかったがなんとかコッペパンを見つけることができた。
人気がないのか、いくつか売れ残っていた。
「学生寮だから時間帯にも注意しねえとな」
「うん。そうだね。私もうっかりしてたよ」
独り言のつもりで呟いたのだが、近くに伊藤もいたようで自然に会話がつながってしまった。
パンを買って、コンビニを出ると伊藤が俺を待っていた。
「山田君って、意外と優しい人なんだね」
「あ?俺がお前になんかしたっけか」
伊藤はふふふっと小さく笑い「なんでもないです、また学校で」と言って、帰っていった。
一人で納得しやがったよあの女。
「それにしも、腹減った」