記憶
三題噺もどきーじゅういっこめ。
記憶の話。
お題:タイムカプセル・毒薬・星
遠い昔の記憶。
大きな桜の木の下で、同い年ぐらいの女の子と2人。
「これは、あなたと私の秘密。他のお友達に言ってはだめよ。」
顔ははっきり覚えていないけれど、その声だけは耳に残っている。
「お父さんや、お母さんにも?」
「もちろん。これは、私とあなただけの秘密。」
二人だけの秘密。
そう言われて喜ばない子供がいるだろうか。
彼女は、手に持っていたタイムカプセルの様な小さな箱を、木の下に埋めた。
「大きくなったら、また、ここで会おうね。」
彼女は、そう言って目の前から、消えた。
「待っ―!」
自分の声で目が覚める。
伸ばした手が、空を切り、虚しくなる。
(また、この夢……)
ここ最近、同じような夢を見る。
(あの子は、誰なんだろ………?)
思い出そうとしても、どうしても思い出せない。
靄がかかったようにぼんやりとしていて、けれどその声だけは確かに覚えていて。
思い出そうと記憶を漁ると、胸が苦しくなって、声が出なくなる。
(俺は何か大切なことを忘れている?)
―思い出しても意味ないか…
そんなことを思いながら、ベッドから降りる。
外から、鳥の囀る声が聞こえる。
今日も、いつも通りの、何も無い普通の日。
毎日同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て、大学に行って、どうでもいい、ためにもならない人間関係を築いて。
(疲れた。)
1日が終わり、帰宅するや否や、ベッドに飛び込む。
(はぁ。何でこんなことしてんだろ。)
時々、自分がしている事の意味が分からなくなる。
最近はそれが酷くなっている気がする。
(あの、夢を見るようになってから。)
いったい、あれは何の夢なのだろう。
俺に、幼馴染みの女の子なんて、いただろうか。
(母さんに聞いてみるか。)
思い立ったが吉日、早速母に電話をかける。
幸い、親子関係は良好なので、さして抵抗はない。
(出るかな…)
「もしもし~、」
意外と早く反応か返ってきた。
「あ、母さん。元気?」
いつも通りのセリフを吐く。
「あら、珍しいね。あんたから電話してくるなんて。」
―余計なお世話だ
「いや、ちょっと気になった事があって……」
俺に、幼馴染みの女の子がいたかどうかという旨を母に聞いてみる。
「ん?あんた、ちっさい頃は結構人見知りだったから、女の子の幼馴染みはいなかった気がするよ?」
―あ、でも
でも―と、母は、言葉を続ける。
「一時期あんた、新しい友達が出来たんだってはしゃいでた時期があったような……」
―あん時は可愛かったね〜
なんて言う母の声は、耳に入って来なかった。
(新しい友達……?)
確かに俺は、今では考えられないほどに、人見知りが激しかった。
そんな俺が、新しい友達ではしゃいでいた―?
「―い、おーい、聴いてる?」
―やっぱり電波悪いなぁ。
「あ、ごめん。なぁ、その子の名前分かる?」
「んー?確か―」
記憶が溢れた。
毒薬が全身に回っていくように、記憶が流れ、溢れ、苦しくなる。
「どうした?」
母が心配そうに聞いてくる。
「あ、ごめん。ありがとう。も、切るな、」
「ん?あぁ。何かあったらいつでも電話しなさいよ。」
―ありがとう。
そう言って、電話を切る。
(俺はどうして、こんな大事な思い出を―)
自然と涙があふれていた。
「うあ、あ、」
嗚咽が漏れる。
ボロボロと零れるそれが、カーペットに染みていくのを見ていることしか出来なかった。
「行かなきゃ―」
声が漏れた。
どこに、なんてよく分からないけど、それでも、そこに―
行かなくちゃ―
どこをどう来たのか、よく覚えていない。
それでも、ここだと、心のどこかで叫んでいた。
そこには―
星の瞬く夜空を背景に、1人の少女が立っていた。
夢の姿と全く変わっていない。
「やっと、来てくれたんだね。」
白のワンピースを風になびかせ、振り向いた彼女は、とても哀しそうな、それでも嬉しそうな―そんな顔をしていた。
「ずっと、待ってたんだよ。」
「君、は、」
いつの間にか、引っ込んでいた涙が、また、流れてきた。
「泣き虫なのは、変わっていないんだね。」
クスリ―と笑った彼女。
そう、そうだ。
彼女は、こんな風に、綺麗に笑ったんだ。
「ほら、早く開けましょ。」
大きな桜の木の下を、掘り返す。
そこには、夢で見ていた小さな箱。
「やっと、開けられるわね。」
ゆっくりと、その箱を開ける。
中には―