円周率を暗唱している時だけモテる能力
朝、人の気配で目が覚めると、俺の机に全身緑色の悪魔が足を組んで座っていた。
「──!?」
「ああ、おはよう。気にするな、これは夢だ」
なんだ夢か、ならば二度寝だな。
「……Zzz」
「まあ寝ながら聞いてくれ。今期の契約数が足りなくてな、契約ガチャで貰った能力が余ってるんだ」
「……もうシシャモは食べられないよ」
「これを使い切らないと来期に支給される能力が減る。だから私は今君の目の前に居る」
「……雅山さん、それって多分蕁麻疹ですよ」
「君にはモテる能力を授けよう。勿論タダだ。だが、能力を発動するには、ちと面倒な条件がある。君の場合は『円周率を暗唱している間だけ』だ。じゃ、後はお好きに」
「……雅山さん…………Zzz」
悪魔は姿を変え、液状化し、そして壁の隙間から出て行った。
「とっさに寝たふりをしたが、単純に考えてヤベーなアイツ」
さてどうしたものか。
本当に夢なのか……。
「タケルー! そろそろ起きないと遅刻するわよー!」
「わーってるよー!」
どうやらリアルのようだ。
ならばモテる能力とやらも……?
電車通学の間、俺は円周率を調べていた。
「3.14159……覚えられる気がしねぇぞこれ」
すぐに嫌気が差し、スマホを閉じた。
「3.14……」
3.14から先が覚えられず、すぐにスマホを開く。
と、すぐ隣に立っているOLと目が合った。
ヤベ、変な奴と思われたかな。
「…………」
一瞬OLの頬が赤くなり、すぐに何処かへ行ってしまった。
「……マジで効くのか、これ」
俺は学校に着くまで、スマホに映し出された円周率とひたすら格闘した。
「オッス」
「ういー」
友人の晴夫が珍しく本を開いていた。
「どうした、今日で世界が終わるのか?」
「いやな、朝変な奴が枕元に居てよー。俺にモテる能力をくれるって言うからよー。俺ラッキーって思ってよー」
晴夫が本を倒した。本のタイトルは『六法全書』だった。
「でもよー。六法全書を暗唱している間だけだって言うからよー。俺、頑張ってよー。でも覚えらんねぇよ……」
「……うん、なんて言うか……ドンマイ」
まだ俺の円周率はマシな方らしい。
「3.1415926535……」
ダメだ。これ以上は覚えられない……!
あ、ゆっくり言えばよくないか?
「さんてんいちよんいちご~きゅう~に~」
いける。お経速度で言えばいける!
「雅山さん」
「ん? なぁに尊くん?」
「放課後──」
俺は思いを寄せる女子、雅山さんを放課後屋上へと誘った。
放課後、俺はスケッチブック片手に屋上でスタンバイをしていた。すげー緊張するけれど、モテる能力があれば何とかなる!
「あ、尊くん用事ってなぁに?」
「あ、あのさ──」
俺はスケッチブックを開き、雅山さんへと向けた。
「さん、てん、いち、よん……」
スケッチブックにはデカデカと『好きです付き合って下さい』と、書いておいた。これならば口が無くとも関係ない。
「えっ!? えっ!?」
「いちご~きゅう~、に~ろく~~」
「……やだ、なんだか分からないけれどキュンとしちゃう……!!」
キタ! これでかつる!!
「ちょっと待ったーーーー!!!!」
「ご~さん~!?!?」
眼鏡の地味男が現れた!
何処の誰だか知らんが、この状況を見て乱入するというのならば、コイツも能力者に違いない……!!
「──じゅげむ~じゅげむ~」
「──!!」
「……やだ、この人も素敵……!!」
なんだ!? コイツの謎の呪文はなんだ!?
「ごこう~の~すりき~れ~」
しかもコイツ……お経戦法を心得てやがる……!!
邪魔をするなと目でアピールするも、こしゃくな地味男は腕を組んで好戦的な構えを見せている。余程自信があると見た……!!
クソッ! こっちは短い円周率を繰り返すくらいしか手が無いと言うのに……!!
「ちょっと待ったーーーー!!」
「さんてん~!?」
「かいじゃり~!?」
金髪のロン毛男が現れた。
コイツの顔は知っている。サッカー部のキャプテンもどき。玉磨きの天才勝山だ!
「雅山さんの為に覚えてきました! 聞いて下さい!!」
また能力者だ! クソッ!
コイツら揃いもそろって麗しき雅山さんを狙っていただと!?
「──まずはタマネギをみじん切りにします」
なんだぁ!?
「ボールにみじん切りにしたタマネギとひき肉を入れて──」
分かった! コイツは何かのレシピだな!?
「やだ……素敵!!」
何が素敵なのかは知らんが、雅山さんが奴に惹かれている!!
しかもさっきから俺の方には見向きもしない!!
まさか……何周もすると効果が薄まるのか!?
「うんぎょ~まつ~」
コイツはまだ一周目。しかも何時終わるのかさっぱりだ!
「空気を抜くようにして、丁度良い大きさに──」
こっちは始まったばかり……ハンバーグか?
あの悪魔め、この界隈に能力を配りまくったな?
しかもモテる系かぶりまくってるじゃないか!
モテ系は、ガチャ的にはレア度低いのか!?
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!!」
「に~ろく~!?」
「く~ねる~!?」
「ケチャップを!?」
こんどはなんだ!!
いいかげんにしろ!!
「雅山さん! 一目見たときからずっと好きでした!! 付き合って下さい!!」
まさかの普通の告白!?!?
この状況で告白しに来るなんてどうかしてるぞ!?
「やだ……素敵」
雅山さんもどうかしちゃってるよ!!
まずいまずい! 能力で毒され過ぎて変になってるぞ……!!
「ちょっと待った!!!!」
また来た!!!!
ノートを持った、硬派な野球部坊主が現れた!!
「……砂漠のライオン」
なんだ? コイツはなんだ?
「ライオンは強い。僕も大きくなったら強くなりたいです」
小学校の時の作文だー!!!!
「強くなって、たけださゆりちゃんを守りたいです」
雅山さん以外の女の名前出てるじゃねーか!!
作戦的にどうなのよソレ!!!!
「やだ……素敵!!」
なんか知らんが雅山さんがグイグイ惹かれてるぞ!?
まずい、このままではまずい!!
──あ
「あーーーーっ!!」
「ぱいぽ~ぱいぽ~!?」
「盛り付けたら完成です!?」
「さゆりちゃんと結婚して!?」
なんでもっとは早く気が付かなかったんだろ!!
「勝った……! これで俺の勝ちだ!!」
ポケットからスマホを取り出し、一言、たったの一言で俺は勝てる。そんな作戦が存在したのだ!!
「オッケーぐぐーる。円周率を言って!!」
「──カシコ」
スマホの音量を最大に。ぐぐーるが円周率を諳んじる始めた。
「3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944592307816406286208998628034825342117067982148086513282306647093844609550582231725359408128481117450284102701938521105559644622948954930381964428810975665933446128475648233786783165271201909145648566923460348610454326648213393607260249141273724587006606315588174881520920962829254091715364367892590360011330530548820466521384146951941511609433057270365759591953092186117381932611793105118548074462379962749567351885752724891227938183011949129833673362440656643086021394946395224737190702179860943702770539217176293176752384674818467669405132000568127145263560827785771342757789609173637178721468440901224953430146549585371050792279689258923542019956112129021960864034418159813629774771309960518707211349999998372978049951──」
「あーん結婚して~!!」
「ちょうすけ~!?」
「分量のおさらいです!?」
「さゆりちゃんもきっと僕のことを!?」
キタキタキタ!! 雅山さんが俺の下へ全力ダッシュだ!!
「素敵なスマホ! 結婚して!!」
俺のスマホをぶんどると、雅山さんは頬ずりをして屋上から駆けていった。
「…………え?」
「そりゃそうなるわな」
「ええ」
「ううっ、さゆりちゃん……!!」
「えー……っ?」
屋上に夕日が差し始めた。
しょんぼりとした俺の肩を、地味男と勝山がそっと抱いてくれた。
そして、皆で坊主をさゆりちゃんの家へと送った。
「さ、さゆりちゃん。急にゴメン……」
「どうしたの? あ、上がってく?」
「うん……」
無事を見届け、俺達は帰りにラーメンを食べに行った。