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04

 あれから数日が経ち、ハンスとアリシアは揃って学園を自主退学することになった。


 たかが浮気で自主退学は行き過ぎな気もするが、恐らく両親か本人のプライドが許さなかったのだろう。

 恥の上塗りを続けるなら学歴を捨てたほうがマシだという理屈だ。

 

 まあ、ふたりも貴族の端くれなので、王立学園卒の箔がなくとも人生を立て直せるだろう。

 断罪した私がこう思うのも変な話だが、ふたりで正式に結ばれてどこかで幸せになってくれれば後味が悪くない気がする。

 

 とは言え、私は先日ハンスから提案された『婚約解消』はキッパリと断った。

 浮気をしておいて両者合意の婚約解消は虫がよすぎるだろう。向こうから婚約破棄してもらわなければ、筋が通らないというものだ。


 その結果、今日になってハンス側から婚約を破棄する旨の手紙が届いた。

 慰謝料だとかそういったものが発生するかはわからないが、あとはお互いの実家同士でよろしくやってくれるだろう。

 少なくとも、ハンスが私の実家へ謝りに行くくらいはするだろうか。罪を自覚するなら、償ってこそというものだ。

 

 罪と言えば、新入生の歓迎パーティーをブチ壊した私にも罪はある気がするが、意外にも教師陣からは少し釘を刺されただけで、処罰も叱責も受けなかった。

 まあ、私は浮気された側なので情状酌量の余地があると判断されたのだろう。


 一方ルッツはと言うと、あの一件で「悪役令嬢すら救う心優しい伯爵令息」という噂が広まり、新入生でありながら在学する令嬢たちのあいだで絶大な人気を博すことになった。

 ここまで反響があるとは思わなかったが、騒ぎに巻き込んだ自覚のある私からすれば、ルッツが実害を負わなかっただけでも一安心だ。

 まあ、気弱なルッツが人気者になることを望んでいたかどうかと問われると、なんとも言えないのだが……。


 そんなこんなで、あの一件が落ち着いて休日となった今日に、私はルッツを誘い出して約束していた『お礼』をすることにした。




「で、ここが君の言ってたお気に入りの場所か……おっと、すごい人懐っこいな」


 草むらでしゃがみながらそう告げるルッツの足元には、様々な柄をしたかわいらしい野良猫たちが猫撫で声をあげて纏わりついている。


 彼らがルッツに懐くか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。きっとルッツが優しい人間だということを、彼らも直感的に理解しているのだろう。


 校舎別館の裏手に当たるこの場所は、人目につかない路地のような空間が形成されている。

 そして学園と外界を遮る裏口があるこの場所だけは、戸が鉄格子になっているので野良猫が隙間を縫って出入りできる構造になっているのだ。


 もとよりネズミ対策で出入りを黙認された野良猫たちは学園の人気者だったが、私が彼らの通り道を発見したことで、今や学園を出入りする猫はすべて私の寵愛を受ける構図になっている。

 この場所は、言うなれば学園中の野良猫を支配するという私の野望を実現した秘密領土なのだ。


 そして、この秘密領土へ他人を案内したのはルッツが初めてだ。

 一応、パーティーで協力してくれたお礼のつもりだが、野良猫たちに懐かれたルッツはまんざらでもない表情を浮かべているので、案内した甲斐があったというものだ。


「フフ、みんなカワイイでしょー? あら、アナタは新顔ね。タマタマがついてるし、ルッツって名前にしましょうか。ほらルッツ、おいでー。お尻ポンポンしてあげるわよ」


「紛らわしくなるからやめてよ……」


 そんな会話をしながら新顔のお尻を軽く叩いてあげると、彼は心地よさそうに目を細め「もっとして」とお尻を突き出してくる。

 新顔なのに、ここまで気を許してくれるのは珍しい。小柄で毛色も似ているし、冗談のつもりだったが彼の名前はルッツで決まりにしよう。


 ちなみに、猫がお尻を叩かれるのを好む理由は、交尾と感覚が似ているからという説がある。

 そんなことを考えながら、私は本物のルッツに視線をむけてイタズラっぽく微笑んだ。


「アナタのお尻もポンポンしてあげましょうか? もちろん、この前お預けになったギュってしてからナデナデでもいいわよ。一応、アナタには恩があるものね」


 するとルッツは、私の冗談を無視して一匹の猫とじゃれ合いながら、どこか複雑な表情を見せた。

 

「恩と言っても、結果的に君が婚約破棄されるよう誘導しちゃったわけだし、あんまり誇れることじゃないよ」


 相変わらず優しすぎるルッツは、私が気にしていないことで勝手に気を揉んでいる様子だ。

 気を紛らわせるためにも、少しからかってあげたほうがいいだろう。


「責任を感じているのなら、アナタが私を貰ってくれる? そうすれば筋が通るでしょ」


「えぇっ! いや、僕はその、まだ誰かの隣に立てるような男じゃないし……」


「フフ、冗談に決まってるじゃない。だいたい伯爵家の嫡男様が、悪役令嬢なんて言われる男爵家の三女と釣り合うわけないもの。恩人のアナタに、そんな迷惑を押し付けるつもりはないわよ」


「迷惑だなんて思わないよ! ああ、いや、君は自分で言うほど悪い人じゃないって意味で……」


「あらそう。ありがと」


 感謝と共に笑いかけると、ルッツは恥ずかしそうに俯いてしまう。


 迷惑だなんて思わない、か。

 たとえ気遣いだったとしても、ルッツにそう言ってもらえた私は、素直に『嬉しい』と感じてしまった。


 本当に、ルッツは不思議な人だ。

 一緒にいて、こんなに気楽で楽しいと思える人に、私は生まれて初めて出会った。


 まるでかわいい野良猫ちゃんのようだと出会った時から思っていたが、ルッツの魅力は庇護欲を掻き立てる愛らしさだけにとどまらないだろう。

 底抜けに優しく、その優しさが時には力にもなる男らしさも、彼の良さであり、私が気に入った点とも言えるかもしれない。


 もちろん、それだけ魅力的だからといって、昨日会ったばかりのルッツに惚れ込むほど私は短絡的な女じゃない。

 先ほどの婚約を匂わせた発言も、百パーセント冗談で言ったつもりだ。


 だとしても、ひとつだけ確かなことがある。

 それは、「ルッツと仲良くなりたい」という感情が芽生えたことだ。


 ルッツは、独りでいたいと願っていた私の心をブチ壊してしまった。

 私は、この学園でより多くの時間をルッツと共に過ごしたいと願っている。


 だから私は、そんな願いをのせて、それでもこの気持ちを悟られないように、言葉を選んで口を開く。


「ねえ、ルッツ。アナタがよければ、いつでもここに来て猫ちゃんたちをかわいがってもいいのよ……いえ、毎日来てくれないと、きっとこの子たちが寂しがるわ。授業が終わったあとなら時間があるでしょ?」


 他人の気持ちに敏感なルッツは、恐らく私の感情をいくらか察してしまっただろう。

 それでも、だとしても、野良猫たちに囲まれたルッツは、呆れと喜びが混じるような笑みを浮かべてくれた。

 

「わかったよ。特に用事のない日は、授業が終わってからここに顔を出すよ。休みの日も、こうしてノンビリと猫たちをかわいがるのも悪くないしね」


 その言葉を聞いた私は、屈託なくルッツに笑い返した。

 だが、それがどこか恥ずかしいことに思えた私は、この笑顔は野良猫たちに向けたものだと言わんばかりに視線を下げる。


「みんな仲間が増えてよかったわね。仲良くしてあげなきゃダメよ? このお坊ちゃまも、みんなと一緒で寂しがり屋みたいだから」


「寂しがり屋なのは君も一緒だろ」


「フフ、そうね……だけど、こうしてみんなと一緒なら、寂しくないわ」


 そうして私たちはクスクスと声を漏らして笑い合った。

 これから少しずつ、同じ時間を共有しようという意思を分かち合い、楽しそうに笑い合った。


 そんな光景を見た野良猫たちも、心の中で笑ってくれている気がした。

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