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02

「アナタも寂しいの? それじゃあ私がギュってして慰めてあげましょうか? ついでにナデナデしてあげてもいいわよ」


「えっ!? いやいやいや! 頼んでないから!」


「えー、いいじゃないちょっとくらい。どうせ誰もいないんだし――」


 と思っていたが、一応周囲を確認してみると、他の誰かが近づく気配がした。

 ルッツもその気配を察したらしく、私たちはなんとなく近くの生垣に身を潜めることにした。


(なんで僕ら隠れちゃったんだろ……)


(でもでも、なんだかあのふたり怪しい雰囲気よ。ちょっと見物しましょうよ)


(ホント、いい性格してるよ君)


 などとコソコソ話していると、私たちと同じく人気を避けるかのようにふたりの人物が暗がりへと進んでいく。

 そのふたりは男女のペアだったが、偶然にも私の知り合いだった。


(あら、私の婚約者とその愛人じゃない)


「ええっ!!! むぐっ――」


 驚くルッツの口を無理やり塞いだ私は、さらに深く身を隠す。

 そのまましばらく待機していると、ふたりの話し声が聞こえてきた。


「ねえ、ハンス。なにか変な声が聞こえなかった?」


「そう? 猫でもいたんじゃないかな……それより、ようやくふたりきりになれたねアリシア。ここでなら、人目を気にしなくて済みそうだ」


「もう、ハンスったら……でも私たち、いつまでこんなにコソコソしてなきゃいけないの? 愛人だなんて噂されるのはもうイヤよ」


「あと少しの辛抱だよ。そろそろロベリアも痺れを切らして婚約破棄を突きつけてくる頃さ……まあ、俺はこうして密かに君との愛を育むのも嫌いじゃないけどね。ちょっとスリルがあったほうが盛り上がるだろ」


「まあ、いけない人……でも、その気持ちちょっとわかるかも」


 そんな甘ったるい言葉を交わしたふたりは、目を閉じて互いの顔を近づけていく。

 さすがの私もキスまで至る浮気現場を目撃するのは初めてだったので、軽く頭にきて影から声を出してしまった。


「にゃーにゃー! お盛ん狼と泥棒猫のお熱いところ、見ちゃったにゃー! これは大ニュースだにゃー!」


「うわっ!」「きゃぁ!」


 すると、ふたりは飛び上がるほど驚いて、すぐさまその場を離れていく。

 その無様な姿を見送った私は、お腹がよじれるほど大笑いしてルッツに視線を送った。


「アッハッハ! 今の見た? ふたりとも大慌てでバカみたい。ホント、笑っちゃうわ」


「なに言ってるんだよ! さっきの話、本当なの!?」


 まあ、そういう反応が返ってくるのは当然かもしれない。

 別に隠すほどのことでもないと思った私は、すべてを打ち明けることにした。


「ええそうよ。ハンスは私の婚約者なの。まっ、親が決めた相手だし、私がこんなんだから、今はあのアリシアってコに夢中みたいだけど」


「みたいって、他人事じゃないだろ! なんでさっき問い詰めなかったんだよ!」


「別にどうだっていいじゃない。好きで婚約したわけじゃないし、愛情だってこれっぽっちもないし。興味のない婚約者が愛人を作ろうが知ったこっちゃないわ」


「だとしても、君が婚約破棄するのを待ってるなんて調子よすぎるじゃないか! たとえ親の決めた相手と相性が合わなかったとしても、隠れて愛人を作るなんて許されるわけないだろ! アイツのほうからけじめをつけるべきだ!」


 そう告げたルッツは、ふたりの去ったほうに向けて歩き出そうとする。


「ちょっと。どこいくのよ」


「アイツらのところに行くんだよ」


「行ってどうするの? ちゃんと婚約破棄してからイチャイチャしろってハンスに言うつもり? それとも、愛人なんか捨てて私を愛せって説得するつもり?」


「それは……」


「だいたいアナタ、人と話すのが苦手なんじゃないの? ハンスは見た目通り、勝ち気でプライドの高い男よ。剣や魔術もそれなりに腕が立つし、弱虫のアナタが行ったところで、あしらわれるだけじゃないかしら」


「相手がどんなヤツとか、僕が弱虫だとか、そんなの関係ないだろ。知ったからには、僕が行かなきゃ他の誰が行くんだよ。そりゃ確かに、うまくいかないかもしれないけど……」


 そこまで会話を重ねて、私はルッツの人となりが少しわかった気がした。


 彼は、過剰なまでに優しすぎるのだろう。

 だからこそ必要以上に他人に気を遣ってしまい、結果的に弱気なように見えるのかもしれない。

 その一方で、優しすぎるからこそ自分が許せないと思うことに対しては、正義感に駆られて衝動的な行動をとってしまうのだろう。そう考えると辻褄が合う。

 

 だとしても、ルッツを突き動かす感情は、それだけなのだろうか。


「ルッツは、あのハンスって男が許せないから行こうとしているの? それとも、私のために行こうとしているの?」


 私にもまだ、こんな感情が残っていたとは驚きだ。

 性格の悪い私にとって、他人から向けられる感情の多くは嫌悪でしかなかった。だからこそ、私は他人の感情を気にしないという生き方を身に付けた。


 だというのに、私はルッツの感情を知りたいと思ってしまった。


 ルッツは、なにに対して怒ってくれているのか。

 単なる正義感なのか、それとも――


「そう聞かれたら、君のためとしか言えないよ。押しつけがましいかもしれないけど……」


 その言葉を聞いた瞬間、私は吹き出すように笑ってしまった。

 そんな笑いを向けられて当惑するルッツは、きっと呆れられたのだと思っているのだろう。


 だけど違う。

 この笑いは、単純に『嬉しい』という感情からこぼれたものだ。

 

 もちろん、そんな本音をルッツに教えてあげるつもりはない。

 だって、「君のため」なんて言われただけで喜んじゃうなんて知られたら、なんだか悔しいもの。


 だから私は、悪役令嬢らしく彼の気持ちに応えることにした。


「フフ、野良猫みたいな弱虫令息さんは、随分と私に懐いてくれたみたいね。そんなアナタの気持ちを無下にしたくないし、ハンスを断罪したいなら私から一つ提案があるわ」


「提案?」


「私はね、退屈なパーティーなんて大嫌いなの。それと、勝手に婚約者になったくせに、私を邪魔者扱いするハンスのことも大嫌い。私はね、そういうモノをぜーんぶ、ブチ壊しちゃいたいと思っていたの」

 

「ブチ壊す……?」


「ええそうよ。今まではただの願望でしかなかったけど、それを実現する素晴らしいアイディアを思い付いてしまったの。もちろん、魔術を使ったりして本当にブチ壊すわけじゃないわ。私たちふたりで、パーティーをブチ壊すショーを演じてやろうって提案よ」


 そう切り出した私は、ルッツに提案の全容を打ち明けた。




 私の提案を聞き終えたルッツは、驚いたような、当惑するかのような反応を見せる。


「いやいや! そんなことしたら、大騒ぎになるじゃないか!」


「ええそうよ。だけど、ハンスを断罪するなら、これくらい派手にやらないとダメだと思うわ。ついでに私たちは、この退屈なパーティーをブチ壊して、主役に躍り出ることができる。まるでこの舞台が、私たちのためにあったかのようにね……どう、とっても面白そうだと思わない?」


「面白そうって……本気で言ってるの?」


「ええそうよ。弱虫のアナタだって、せっかく勇気を出すならイヤな気持ちでやるよりも、楽しんだほうがお得でしょ?」


「いや、その、言いたいことはわかるけど……」


「もとよりアナタが単身でハンスのもとに行ったとしても、この提案に乗るにしても、アナタにはなんの得もない……だから私は、ふたりで楽しめそうなこのアイディアを思い付いたってわけ。まあ、他にお礼ができるとしたら、あとで私のお気に入りの場所を教えてあげるくらいかしら」


「お礼なんていらないよ。僕が勝手にやろうとしたことなんだし……だとしても、パーティーをブチ壊すか……」


「もちろん気乗りしないなら、無理強いはしないわ。だけど私の提案に乗れないのなら、ハンスの断罪は諦めなさい。もとはと言えば、これは私と彼の問題なわけだしね」


「だとしても見過ごせるわけないだろ……ああもう! わかったよ! 君の提案に乗ってやるよ! 気乗りはしないけど、いいアイディアなのは確かだ」


「フフ、そうこなくっちゃ。ふたりで全部ブチ壊しちゃいましょ」


 そう告げた私が右手を差し出すと、ルッツは少しためらいながらも私の手を優しく握り返してくれた。


 そうして私は、悪役令嬢のようにニタリと口を歪める。

 対するルッツは、弱虫令息らしく自信のなさそうな笑いを返してくれた。

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