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第二章「敵は己自身?」の漆


 ヒナイの村の件が落ち着いた頃、季節はもう春だった。おとかの教えの下、ウタが撒いた「油菜」いや、こちらの世界では「茎立(くくたち)」か。たくさんの黄色い花を咲き乱れさせている。


 冬場のうちに貯め込んだ糞尿の堆肥化も上手く行っているようだ。今期の大豆は今までと比べ物にならないくらい穫れるじゃろう。


 わしとおとかは砦の周りをゆっくりと歩いていった。三の丸は完全に出来上がっている。先の戦で敗走した者、他の村の者が続々と砦に入っても来ている。


 「ねえ」

 おとかが問いかけて来た。


 「む。何じゃ?」


 「三の丸が出来上がっても、砦にどんどん人が入るから、もういっぱいになって来てるよね」


 「うむ」


 「これから人が来たらどうするの? 四の丸も作るの?」


 わしは沈黙した。その通りなのだ。ただ、四の丸まで作るとなるといろいろ問題も出てくる。それについてはヨク殿、ヒョーゴ殿、そして、シンとも何度も話し合っていることなのじゃが……


 ガサッ


 少し離れた茂みが揺れた。おとかの表情が一気に険しくなる。刺客か? わしも刀に手をかけた。


 ◇◇◇


 「隠れていても駄目。出て来なさい」


 おとかの呼びかけと共に茂みから毛色の黒い小さな動物が姿を見せた。これは……

 「子犬か?」


 「ううん。良く見て。耳が大きく尖っている……」


 むう。と言うことは……


 「そう。この子は私の同族。狐……」


 おとかの同族? では、おとかの仲間ではないか。この緊張感は何だ?


 「気を付けて。この子は佐吉に強い敵意を抱いている……」


 何? 分からぬぞ。正直、心ならずも人は何人も殺した。だから、人に恨まれるのは仕方ない。だが、何故狐が?


 そうこうしているうちにおとかは子狐に向き直った。

 「あなたにどんな事情があり、どうして佐吉に敵意を向けるのかは、私には分からない。だけど、佐吉に害をなさんとする者を私は許さない……」


 子狐は一瞬おとかの気迫に押されて怯んだように見えたが、こちらをじっと見つめた後、ゆっくりと立ち去って行った。


 「ふうっ」

 おとかは大きく息を吐いた。


 「おとかの言ったことが伝わったのか?」


 わしの問いにおとかは大きく(かぶり)を振った。

 「大意は伝わったと思うけど、あの子は転生してきた私と違って、元からここにいる子みたい。言葉が通じているかどうかは分からない」


 「そうか」

 わしも前世も含めて、人に恨まれることは慣れているが、狐は初めてだ。だが、考えて分かることでもなさそうだ。同族のおとかに分からないことがわしに分かる訳がない。


 ◇◇◇


 しかし、わしもおとかもそのことを悩んでもおれない事態が生起した。


 「新しい郡司(ぐんじ)が着任した?」


 「うん。結構な大人数を引き連れてきたみたい」


 さすがにおとかの率いる「遊撃隊」は情報が早い。そのことは非常にありがたい。


 「大人数って来たってことは、本気で郡府(ぐんぷ)を立て直すつもりということですかな」

 ヨク殿が腕組をしつつ言う。


 「だけどよお」

 ヒョーゴ殿は怪訝そうだ。

 「自分で暮らしてて言うのもなんだが、この『奥の(こおり)』は豊かとは言えない。都の連中の考えはいかに税をとって儲けるかだ。そんなに人を割いて、ここの郡府(ぐんぷ)を立て直すもんだろうかね」


 場を沈黙が支配する。誰もがヒョーゴ殿の疑問に答えを提示出来ないのだ。


 それでも一人重い口を開いた者がいる。それはサコだった。

 「あの……もしかしてなんだけど……」


 わしは黙ったまま、サコの次の言葉を促す。


 「新しい郡司(ぐんじ)が本腰入れてきた理由というのは……」


 「……」


 「この砦のせいなんじゃ……」


 「!」

 そこにいたサコ以外の全員が雷に撃たれたような衝撃を受けた。


 「おうよ。それは言えるな」

 ヒョーゴ殿が頷く。

 「この『奥の(こおり)』は豊かではない。だけど、この砦は……」


 「豊かだ」 


 再び場を沈黙が支配する。


 今度、それを破ったのはヒョーゴ殿だ。

 「だが、それでも、この『奥の(こおり)』は都からいかにも遠い。他の郡だって、鉱山や水産と言ったここにはない豊かさもある。そこを敢えてここまで来るか?」


 そして、わし自身が口を開く。

 「郡司(ぐんじ)自身に思うことがあるのか。もっと上の意思か。あるいはその双方か」


 みな一斉に頷く。


 「新しい郡司(ぐんじ)がどんな奴か知りたい。おとか、引き続き情報を集めてくれ」


 おとかが更に頷く。


 わしは気が付いていた。今回、いつもの知恵袋シンが一言も発していない。シンはもともと郡府(ぐんぷ)の官人だ。


 郡府(ぐんぷ)が復興したとなると、やはり戻りたい気持ちがあるのではないか。シン自身が戻りたいと言えば、認めない訳にはいくまい。そんなことも思った。


 ◇◇◇


 おおよそ一か月後、大豆の種子をまき始める頃、その新しい郡司(ぐんじ)は姿を現した。郡府(ぐんぷ)から近い村々に播種用の大豆を貸すと言って来たのだ。


 「それがもうさあ」

 おとかは奇妙な興奮状態にあった。


 「何かいつもと調子が違うじゃないか。よほど変わったことがあったのか?」


 わしの問いにもおとかの奇妙な興奮状態は続く。緊張している訳でもない。恐れている訳でもない。悲しんでいるようでもない。喜んでいるようでもない。

 「あったあった。もう何から話していいものやら」


 「そんなこと申して。順序だてて話すことは慣れとるじゃろ。いつもどおりでいいわ」


 「うん。分かった。新しい郡司(ぐんじ)を見て来た」


 「うむ。どんな奴じゃ」


 「齢は二十代前半といったところ」


 「ほう。若いな」

 考えてみれば、今のわしはもっと若いのだが。

 「若いと言うことは野心を持って、この地に来たやもしれんな」


 「それでさあ……ちょっと言い難いんだけど」






次回第八話は7/4(日)21時に更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] だっ……誰なんだ〜っ!! 新しい郡司!!
[一言] これは気になる引きいいいい!!!www
[一言] 四の丸とかが必要とか、勢力の伸長が凄いですね (*´▽`*) さてさて、あたらしい郡司さまは!?
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