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真の敗者

 快眠とは言い難い気分で目を覚ました俺は顔を洗い、軽食を摂り、装備を整えた。


 特殊なモンスターが生み出した糸で編まれた薄着の上に冒険者用の軽装を羽織る。腰に二本の剣を下げ、自室を出た。


 フェリエラ邸(ここ)には普段何人か使用人が居るが、既に厄災に備えてより安全な中央に避難したのだろう。俺一人だけの静かな朝だった。


 屋敷の中を歩き、広間を抜け、玄関口を通り外へ出る。


「……」


 建物から敷地を出るまでの僅かな道。その中央を陣取るようにフェリエラ(そいつ)は立っていた。


「何故ここに居る」


「……」


「お前は金等級だろう。ギルドからの招集の時間も早い筈だ。ここで何をしている」


 フェリエラは俺の問いには答えず少しの無言の時間が続いた後、決心がついたかのように口を開いた。


「……っだ、だめですか」


 恐る恐る、自分の非を確認するような声色だった。


「私じゃ……無理ですか」


「ああ。お前に素質があるのは確かだ。ただ、俺の意思は変わらん」


 ここ数日間でフェリエラの実力とこれからの成長の余地がある事は分かった。修練を重ねればかつての俺以上の風足を身に付けるだろうという事も。


 だがそれだけだ。あの時のフリューゲルのような俺の意思を捻じ曲げるような物じゃない。


「分かり、ました」


 その場の空気が変わるのを感じた。酒場で喧嘩が始まる瞬間のような、モンスターが目の前に現れた時のような。


「行かせません」


 フェリエラの望み。それは俺が緊急クエストへと行かない事。


 俺が止まらないとすれば外から無理にでも止める。これはそういう事だろう。


 俺はマナを全身に巡らせた。


「どけ」


「っ……」


 小さく震えるような仕草の後、フェリエラは身構えた。





 ☆





「……っあ!」


「もう良いだろう」


 倒れ伏すフェリエラ。それを見下ろすオーウィン。二人が向かい合い、動き出してからまだ時間はそれほど経っていない。


 フェリエラを投げ飛ばした事で開いた道を通り、オーウィンは敷地の外へ向かう。


「――まだっ!」


 即座に立ち上がったフェリエラが割り込み、最初のような状況に戻る。

 今までの攻防はこれの繰り返しだった。


「はあっ、はあっ」


「……手間をかけさせるな。体力を使いたくない」


 無理に横を抜けようとしてもフェリエラは追いついてくる。そしてこの先の戦いの前に無駄な体力は使えない。それらの理由から、オーウィンは強硬突破を選ばない。


(強い…()()()()を使ってないのに……)


 フェリエラは目の前の男を見誤っていた。


 自分であれば止められる。自分相手にあの動きは使ってこない。あの動きを使って無理に逃げようとしても速度で勝てる。そう思っていた。


 オーウィンは何も特別な事をしていない。前へ進もうとするフェリエラの妨害をただ跳ね返すように対応しているだけだった。


「攻撃の手が緩い。子供の遊びのつもりか?」


「う……」


 フェリエラがオーウィンに全力で攻撃を仕掛ける事が出来る筈も無かった。オーウィンもそれは同じ。そもそもこれは相手を殺す為の戦いではない。無力化する為の戦いだった。


「殺すつもりでこれないのなら、もう諦めろ」


 しかし、その程度ではこの男は止まらない。


「――っ」


「そうか」


 フェリエラがその場から消える。風足を利用した周囲での高速移動。


(五、五、五……)


 オーウィンを中心に最高速度で駆け回り続ける。その速度はこの数日間で更に磨かれている。


「……」


 オーウィンは歩みを止めた。フェリエラが攻撃を仕掛ける瞬間を待ち構える。

 地面に出来た足跡が二十を超えた頃、その瞬間は訪れた。


「正面……っ!」


「二……」


 オーウィンの正面から迫るフェリエラの速度は、それまでとは比べ物にならない程に低速だった。


 虚を突かれたオーウィンの視界が暗闇に覆われる。フェリエラが投げつけたのは自身が来ていた上着だった。


「五っ!」


 一瞬の隙を利用し、再度最高速度で踏み出したフェリエラの行先はオーウィンの真後ろだった。


「ぐっ……」


「お願いします……!ここで安全に……!」


 フェリエラはオーウィンの背後から腕を首に回し、締め上げる。その意識を断つ為に。


「今回の厄災は本当にまずいんです……行かないで……お願い――」


「ふっ!」


「……あっ」


 その訴えは届かなかった。背後に手を回し、フェリエラの服を掴んだ上で首と背中で持ち上げるようにオーウィンは腰を曲げた。宙を経由しフェリエラの身体は地面へ叩き付けられる。


 まるで、過去を繰り返すように。


「……ぅ」


「最後の動きは良かった。……これからも努力し続けろ。そうすれば、いつかアイツらにだって勝てるようになる」


「っ……まっ……て……」


「俺の事はもう忘れろ。贖罪も恩も……全てを忘れて、自分の道を往け」


「……」


 気を失ったフェリエラを背に、オーウィンは一度も振り返る事無くギルドへと向かった。

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