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託した筈の夢

 

「ここら辺は酒の匂いがキツイな、大丈夫か?」


「だっ、大丈夫れひゅ」


「……早く抜けるぞ。っおい、本当に大丈夫か?そこの店主!水をくれ!」





 ☆





「おい、引っ張るな。落ち着けフリューゲル」


「オーウィンしゃん!これ!これ食べましょう!」


「お前、酔いが酷くなってないか?……店主、なんだこれは。オークの睾丸?珍味?食えるか!」





 ☆




「ああーー。これ美味しいーー。あっ」


「……これ酒じゃないか。あの店主、適当な事を……」


「か、返して――うっ」


「おい!」




 ☆





「落ち着いたか?」


「……はい」


 休憩所の椅子に腰を下ろし、本物の水を飲みながらフリューゲルは頷いた。まだ酒は抜けきっていないのか気分は悪そうだが、照明に照らされた表情はまだ緩んでいる。


「楽しいです」


「そうか」


「こんなにも色んな物を見て、触って、食べて、楽しい気持ちになったのは初めてなんです」


「今までこの祭りには来たことが無かったのか?」


「冒険者の人が多くて怖かったのと、私が好きに使えるお金がほとんど無かったんです。……あ、でも一回だけ来た事があったような……」


「そうか」


「……いえ、何でもありません」


 少しの間遠くを見るような目で考え込んだ後、フリューゲルは小さく首を振り、俺の方へと顔を向けた。


「オーウィンさん、私は――」


「もしかして!貴女がフリューゲル?」


 フリューゲルが何かを言おうとした時、別の声が横からそれを遮った。そこに居たのは二人組の女冒険者で、片方が声をかけたようだ。


「あ、はい。そうですけど……」


「やっぱり!最近貴女の名前を良く聞くの!黒い髪の女の子が凄い速さで銀等級になっちゃいそうだって!ついさっきも倒したモンスターの数が凄いって聞いたし!」


「あ、はい……ありがとうございます……」


「ねえ、あの口悪女と喧嘩して勝ったって本当ー?」


「フェ、フェリエラさんの事でしたら一応は……」


「マジ!?それが本当ならアンタ凄いね、アイツめっちゃ強いもん」


「ね、私達も銀等級だからさ、昇級出来たら一緒にクエスト受けようよ!」


「――おい、あれフリューゲルちゃんじゃないか?アイラ達と話してるぞ」


「へえ、オーウィン以外の誰かと話してるの、初めて見たな。あの子、最近見る度に可愛く――ちょ、待てジョン!」


「お、俺も話したい!」


 二人組が話しかけたのを契機に、通りがかった冒険者達がフリューゲルに近づいて来た。連鎖的に人数は増えて行き、俺は出来た人混みに押し出されるようにその場から離れた。


「フェリエラに勝ったって本当なのか!?」


「オーウィンとはどういう関係なのー?」


「ちょ、ちょっと離れて――」


 元々、フリューゲルの実力は知れ渡りつつあった。銅等級とはいえ、未消化のクエストを立て続けに受諾し成功させればそれなりに注目はされる。


 それに加えて今回の大規模クエストでの活躍と、フェリエラに勝利したという事実が、フリューゲルの名声を更に高める事になる。


「フェリエラに勝ったって事は、金等級並みの実力は現時点であるって事だよな」


「いや、もしかしたら――」


 周囲を沸かし、熱狂させる。期待されるのは当たり前で、それに応えるのも当たり前。圧倒的な実力を持ち、その事実に慢心する事無く()を目指す。


 今、目の前にある光景は俺が目指し、託した夢そのものだ。


「あの人に続く英雄になるかもな」


 そして、その中心に居るのは俺じゃない。当たり前で今更な現実。


『というか、お前が居る今なら冒険者に拘る必要も無い。――でも、辞められない』


 右足の傷が、強く疼いたような気がした。


「――オーウィンさん!」


「!お前、いつの間に……」


 集まった連中は未だに健在だった。中心人物が抜け去った事にまだ気づいていないらしい。


「抜け出して来ました。――行きましょう!」


 少し申し訳なさそうな顔で集団を見た後、フリューゲルは俺の手を引いて駆け出した。


 俺を先導するその後ろ姿からはもう、過去の面影を見る事は出来なかった。

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