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恐れ

「あー、冗談だったんだが」


「ひ、人が多いのは本当なので……」


「……お前が良いならそれで良い」


 俺達は手を繋いだまま人込みに混ざっていた。本当にフリューゲルが手を取るとは思っていなかった為、何処となく気まずい。


「とりあえず、適当に何か買うか。腹が減った」


「あ、じゃあ私も……。えーっと、ど、どれを買えば……」


「金はあるんだから好きなのを買えばいいんだよ。――おっさん、それ二個」


 近くの店の店主に頼み、切り分けられた肉とスープが乗った皿を受け取る。


「ほら。……流石に今は手を離せ、食えないだろう」


「あ、で、ですよねっ」


「ハウンドボアの肉だと。普通なら筋張ってあまり美味くないが、煮込むと良くなるらしい」


「……あ、美味しい。でも、量は少ないんですね」


「色々食べてくれって事だろ。……あれとか良いんじゃないか、焼き菓子」


「……!」


「ちょっ、おい!」


 焼き菓子が余程気になったのか、わざわざ俺の手を引きつつフリューゲルは店の前へと駆け出して行った。


「良い匂い……これ、気になってたんですけど中々買えなかったヤツなんです!」


「分かった分かった。とりあえず(それ)食ってからにしろ」


「――あ、居た居た。おーい」


 聞き覚えのある声に振り向くと、金等級冒険者であるベルが手を振りながら俺達の方へと近寄って来た。


「お疲れ様、二人共大活躍だったそうじゃない」


「……え、あ、あの、オーウィンさん?」


「ベル、お前は知ってるんだろうがフリューゲルはお前の事を知らん」


「ああ、そうだった。私はベル、一応金等級よ。女の子同士、よろしくねーフリューゲルちゃん」


「ど、どうも……」


「……あっ、オーウィンとはただの知り合いだから気にしないでね、むふふ」


 ベルはそう言って俺達の手が繋がれてるのを見て気色の悪い笑いを浮かべる。俺は手を離し、手元の肉を口の中に放り込んだ。


「お前は別に女の子って歳でもな――っおい、何で蹴る。……で、俺を探してたんだろう。何の用だ」


「あの子……フェリエラについて、一応報告をね。……座りましょうか」


 ベルはそう言って目の前で焼き菓子を買い、店の近くに置かれた休憩所へと俺達を誘った。フェリエラの名前を聞いたからか、フリューゲルの興奮は少し落ち着いた様子だった。


「結論から言うと、フェリエラには謹慎処分が下ったわ。軽い喧嘩くらいならギルドも見逃すんだけど、金等級が昇級寸前とはいえ銅等級相手に、っていうのは流石にね。目撃証言も結構あったし。……フリューゲルちゃん。一応同じ金等級として、私からも謝罪を」


「……いえ、ベルさんは関係ないですよ」


「ありがとう。……フェリエラは普段から言動や行動に問題があったから、それらもまとめての謹慎になるそうよ。後、追加の処分について。ギルドはフリューゲルちゃんの要求をある程度聞くつもりなんだけど……」


「ありません」


「そう、なら私からギルドに伝えておくわ。――オーウィン」


「何だ」


「あの子の原動力に、アナタが関係してるのは分かってるのよね」


「……薄っすらとは」


「色々と鼻につく子だけど、その点で手放しに非難をする気にはなれないよね。分かってるのなら良いわ、どうするのかはアナタ次第な訳だし。……話は終わり、お邪魔虫はもう行くわ。フリューゲルちゃん、それ、食べていいから」


「あ、ありがとうございます」


「そういえば、マークが愚痴ってたわよー。面倒事押し付けんなって」


「何か詫びに奢ると言っておいてくれ」


「私にもね」


 そう言い残し、ベルは手を振りながら人込みの中へと消えて行った。残された焼き菓子にフリューゲルが手を伸ばす。


「すまなかった」


「え?オーウィンさんだって、別に何も――」


「フェリエラがお前を襲う事は想定出来ていた。俺達が一度別れた時、恐らくあいつはあの場で隠れてそれを見ていた筈だ。……マーク達から、あいつがお前を敵視していたというのも事前に聞いていた」


「……そう、だったんですか」


「丁度良いと思った。今の俺では出来ない高水準の風足を、限りなく実戦に近い場面で体験させる事が出来る機会だと」


「それは、私の為だったという事ですか」


「ああ。若干の苦戦は有ったとしても、お前が負けるとは思っていなかった。それでも、俺が危険の種を見逃した事に変わりはない。……軽蔑するか?」


 フェリエラの行動を利用し、危険性があると分かった上でフリューゲルに経験を積ませる事を俺は選んだ。


 マークはそれに気づいていたようで、もの言いたげな目で俺を見ていた。ベルも恐らくマーク経由でこの事を知っている。さっきの言葉はそれを含めた言葉だろう。


 嫌われてもおかしくないと、そう思っていた。しかし――。


「いえ、それが私の為なのであれば」


 フリューゲルは笑顔だった。家族と話を付けてきた時から時々感じていた、底知れない何かを秘めたような。


 思わず、恐れを感じてしまうような。

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