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前祭当日

 大規模クエスト当日。俺達はブルームの森の東端に居た。


「フリューゲル!」


「はい!」


 前を先導する俺が目にしたのは三匹のゴブリン、それと同数のハウンドボアにそれぞれが騎乗している。ハウンドボアは通常の豚を巨大化させ禍々しいツノを生やしたような姿だ。


 俺が発見すると同時に、一匹のゴブリンが俺達を視認する。俺の先手を取りたいという意図を汲み取り、フリューゲルが背後から飛び出した。


「ボアから狙え!」


 俺達を視認したゴブリンとボアのペアに向かってフリューゲルは矢のような速度で迫る。ヤツは俺達に気づいてはいるが、対応は出来ていない。


「――ふっ!」


 接近したフリューゲルによってボアの足が切り落とされ、その上に居るゴブリンごと体勢が崩れる。


 どちらともが何か行動を起こす暇も無く、フリューゲルによって上から串焼きにするように止めを刺された。


「次!」


「はい!」


 後は同じ事の繰り返しだ。瞬く間に仲間を殺した俺達に対して、残りのペアは反応が遅れている。


 近場に居たペアに接近しボアの足を攻撃、体勢を崩した二匹をまとめて仕留める。


「あっ」


 最後に残ったペアが硬直を止め、茂みの方へと方向を変える。上のゴブリンに鞭のような物で叩かれ、ボアが慌てたような声を出しながら走り始めた。


 しかし、そのまま逃す筈も無い。俺は腰に差していた短剣を抜き、二匹の後ろ姿に向かって投擲した。


 命中。


「フリューゲル」


「――はい」


 ナイフはゴブリンに突き刺さり、そのまま落下。騎乗主が居なくなった事でボアは混乱している。


 ボア、ゴブリンの順にフリューゲルは首を飛ばし、小さな息を吐いた。


「良い。動き出しは速く、俺の言葉から下のボア、そして足を狙うという意図を言葉無しで汲み取った」


「……でも、オーウィンさんが居なければ三体目には逃げられていました」


「ならどうすれば逃さなかったのか、それとも逃げられるのはどうしようもなかった事なのか、考える必要があるな」


「はい」


 フリューゲルは剣に付いた血を払い、俺の言葉に頷きながら剣を鞘に納める。


 愚直。フリューゲルはそう言っていい程に俺の言葉を素直に受け取る。そしてそれ故に慢心をしない。


 今この瞬間もフリューゲルは成長し続けている。実戦という何よりも得難い経験の中で。


「……あの」


「ん?何かあったか」


「オーウィンさんが大規模クエスト(これ)に参加する必要は無かったんじゃないかって。……私、一人でも大丈夫です」


 フリューゲルの目線は俺の右足に向いていた。恐らくこの宣言は自分の実力を考えて出たものじゃない。

 ただ単純に、俺を気遣っている。


「このクエスト、いつもと比べて何が起こるか分かりません。色んな場所で何人もの人が戦ってる分危険が――」


 フリューゲルの言葉が途切れる。その目が見開かれ、何かを慌てて口走ろうとする様を見て、俺は悟った。

 背後に何か来ている。それだけで十分だった。


「――ぐっ!」


 左足に力を入れた次の瞬間、右肩に衝撃が走る。


 恐らく、フリューゲルの目には意味の分からない光景として映っただろう。俺がいきなり弾き飛ばされるように右へ移動し、その先にあった木にぶつかったように見えた筈だ。


「っフリューゲル」


「――え、あ、はい!」


 俺の背後から迫っていたのはフォレストウルフだった。手負いだ。


 俺の声で硬直から解かれ、飛びかかった勢いで地面に倒れ込んだウルフの首をフリューゲルは斬り落とした。


「っすまねえ!こっちにウルフが――ってアンタらか。迷惑料だ、死体は自由に使ってくれ!」


 ウルフと戦っていたのであろう冒険者が詫びを入れ、またすぐに別の場所へと向かって行った。確かに、このクエストは何が起こるか分からない。


「い、今のは?」


「後で教える。まあ、そこまで大層なものでもない」


 俺はさっきのゴブリンの死体に近づき、突き刺さった短剣を回収した。


「辞められないんだよ」


「へ?」


「さっきの質問の答えだ。確かに俺が参加する必要はない。というか、お前が居る今なら冒険者に拘る必要も無い。――でも、辞められない」


「……」


「片足がバカになっても、短剣(こういう小細工)に頼る必要があっても、辞められない。……何でだろうな」


「……そう、ですか」


 最早自問自答の様になった俺の言葉に対し、フリューゲルは顔を少し下に向けて考え込むような表情を見せた。


 俺の返答に対して何を思ったのか、その表情から読み取る事は出来なかった。

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