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さよなら

「一度、家に戻りたいと思います」


 とある休日、話があると俺の部屋に来たフリューゲルは真剣ではあるが思い悩む様子は見られない顔でそう言った。


 剣の手入れを止め、フリューゲルの方へ向き直る。


「……急だな」


「ずっと考えてはいたんです」


 今のフリューゲルは落ち着いている。以前家族について悩んでいた時とはまるで違う。俺が今この瞬間までそれに気づかないくらいには。


「それにしては随分と落ち着いてるな。もう同じ失敗はしない、という事か?」


「……もう、迷惑はかけたくありませんから」


 過去の自分を自嘲するように、フリューゲルは小さく笑った。


「お金も結構貯まったので、私が冒険者としてやっていける証明は出来ると思うんです」


 銅等級では手に負えないようなクエストを狙う、という方針は上手くいっている。


 俺の部屋を借りて以降、部屋の内装を更に整える為の費用や雑費等で幾らか出費はあっただろうが、それでもかなりの貯蓄が出来ているだろう。


「……私、銀等級になれるんですよね」


「既にギルドはお前に注目している筈だ。明日にでも打診があってもおかしくない」


「だったら、やっぱり今なんです」


 銀等級……いや、その更に上へと駆け上がろうとしている今、家族との問題をそのままにしておく訳にはいかないという意味だろう。


「……良い決断だと俺は思う。ただ、少し気になる事がある」


 俺はフリューゲルの母親がどういう立場で、フリューゲルを扱おうとしていたのかは把握している。その上での懸念点。


「少し前から、お前の事を嗅ぎ回ってる連中が居る。……情報元によればそいつらは娼館の従業員だ。これは――」


「大丈夫です」


「……そうか」


 これ以上の心配は不要だと、フリューゲルの顔が物語っている気がした。


「どう話が転んでも良い、それがお前の選択なら。……悔いが無いように」


 俺の言葉に対して、フリューゲルが言葉と共に返した表情は笑みだった。


「ついでに、夕飯の食材も買ってきますね」





 ☆





「ふふ」


 足が軽い。今日は凄く気分が良い。なんでだろう。

 今から久しぶりにお母さんと会って、仲直りが出来るからかな。


「んふふ」


 お金も沢山あるし、これからはもっと持ってこれる。これならお母さんも納得してくれる。


 家が見えてきた。お金が溜まったらもっと良い家に引っ越すのも出来るかもしれない。


「――まだ見つからないの!?」


 お母さんの声が聞こえた。家の前で、何人かの男の人と一緒に居る。


「落ち着いてくれロイエ姐さん。情報は集まってきてるんだ、その内見つかる」


「今こうしてる間にも、どこぞの男に媚売ってんのよ!?()()が下がってるのよ!あの子の価値が!それに、それで損するのはあんたらもなのよ?」


 久しぶりに見たお母さんの顔は別人みたいだった。いや、私が見ようとしなかっただけで、お母さんはずっとあんな顔をしていたのかもしれない。


「はっ、そりゃそうだ。元々は()()()を一人寄越してもらえるって話だったからな。もったいねえ」


「ま、それでも十分だろ」


「っあんたらも早く行きなさい!――自分だけ良い思いしようなんて絶対許さない……!」


 あの人達が何を話してるのか、大体は分かった。お母さん、ずっと私を連れて行こうとしてたもんね。


「――ふふ」


 それが分かっても、楽しい気分は少しも無くならなかった。

 仲直り出来るから?納得してもらえるから?


 うそ。


 本当は分かってた。お母さんが私をどう見てるのか、家族が私をどう思ってるのか。――私がどうしたかったのか。


 なんでこんなに気分が良いのか、やっと分かった。


「ごめんね、お母さん」


 私は今日、さよならを言いに来たんだ。

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