純化途上
物置にあるのは今では使っていない物がほとんどで整理する良い口実ではあった。今日の内にさっさと部屋を確保しておきたい為、俺達は食後に早速片付けを始めていた。
「それは俺が片付けておく」
「あ、はい」
「……」
「……?」
古びた剣を受け取る際にフリューゲルの立ち振る舞いが目に入った。
「あ、あの、オーウィンさん?」
「お前……強くなったな」
身体の動かし方、足の運び方、姿勢といった様々な情報からそいつ自体の強さはある程度読み取れる。俺が見てフリューゲルの強さは、極限下で磨かれたのか昨日と比べて一段階上がっているように見えた。
元々フリューゲルの成長速度は速い。俺の言葉を愚直に受け入れて慣れない筈の訓練に懸命に取り組んでいるのは伝わってくる。最初が特に酷かったというのも成長速度が速く見える原因ではあるだろうが。
「無茶なクエストの受け方をしたのにも驚いたが、それ以上にお前がキッチリとモンスターを仕留めて、その上一つも傷を負っていない事の方に驚いた」
複数のゴブリン、コボルト、フォレストウルフ。こいつらをフリューゲルと同じ絶不調の状態で傷一つ負わず……というのは熟練の冒険者でも下手をすると失敗するかもしれない。
「特にマナを扱う際、精神状況というのはかなり影響するからな。無傷で良くやった」
「そ、そうなんですか?……えへ」
「褒めてはいるが多重受諾の件は別だからな。反省を忘れるな」
「は、はいっ」
「……それにしても、マナの扱いに関しては本当に上達している。しすぎているといってもいいぐらいだ」
話によると何度かモンスターからの攻撃を受けたらしいが、その都度マナによる防御でダメージを防いだという。
確かに膨大なマナを持つフリューゲルなら防御行動を取ればほとんどのダメージは通らないだろう。だが実際の戦闘でそれほど上手くマナを扱えるかはまた別の話だ。
「俺がマナを扱えるようになった頃に、すぐにお前と同じ事をやれと言われても無理だっただろうな」
「あ、マナの練習はオーウィンさんと一緒じゃない時もやってるので、そのせいかもしれません」
「自主的にやってるのか、良い心がけだ。一日にどのくらいやってるんだ?」
「え、あー……今も、やってます」
「……成程な」
マナは目に見えない。だがこうして俺と話している今も、フリューゲルは己の中でマナを生み出し、循環や集中の練習をしているのだろう。
「案外、俺の心配はもうお前にとって必要ないのかもしれないな。……よし、俺はこれを外に出しておく。お前は掃除を頼む」
「……オーウィンさんは」
「ん?」
「なんで、私を心配してくれたんですか?」
「……そりゃ、お前は俺の夢だからな。あんなチンケな森で死ぬのは許さん」
「……そう、ですか」
何故か少し不満げなフリューゲルを後に、俺は処分品を持ち部屋を出た。
☆
「私は良いって言ったのにぃ……!」
暗闇の中、ベッドの中でフリューゲルは一人悶えていた。
『汗を流してメシを食ってベッドで寝る。ここまでして完全回復だ。今日は俺がこっちを使うから、お前はしっかりとした環境で睡眠を取れ。……シーツは取り換えるからな』
部屋が出来たといっても家具がある訳ではない。完全回復を望むオーウィンの計らいでフリューゲルはこの部屋へと押し込まれた。
「……寝れないよ」
オーウィンの手によってある程度は消臭されているが、現状でも十分にフリューゲルの心は乱されていた。
「マナも……勝手に出ちゃうし……」
フリューゲルのマナの起点はオーウィン。つまり、フリューゲルがオーウィンを意識し、思い起こす度にマナが発生してしまう。
「……」
そしてそのマナの発生と同時に、フリューゲルはあの戦いを思い返していた。
「私が強くなったんだったら……それはオーウィンさんのおかげ。私が上手く戦えるようになったんだったら、それもそう。オーウィンさんの期待に応えたい、だから戦える。……オーウィンさんばっかりだなあ」
満足そうな顔で、フリューゲルは自分でも気づかない内に笑みを浮かべていた。
想う度に強くなる、強くなる度に想いが深まる。そこに家族への想いが含まれていない事に、フリューゲルは気づかない。
今は、まだ。