3 衣食住、まずは食から ~イモでもいい、腹一杯食べたい!~
そんなことばかり考えながら、3歳になった。
どうやら、父親の言っていた『英雄』というのはまんざら嘘でもなかったようだ。
俺は他の猫人族と明らかに異なっている。
3歳とは思えない体格。もう母親のベロニカの肩ぐらいまで大きくなった。
しかもまだまだ順調に成長途上だ。
「父さん、畑の様子はどう? 相変わらず?」
「そうだなぁ、年々収穫量は落ちる一方だな。その分、少しずつ畑を増やしてきたんだが、もうこれ以上は魔獣の森に近すぎて増やせんしなぁ…」
そう、言葉も3歳にして流暢に話せる。これは前世の記憶を持って生まれたおかげだと思う。
まあ、精神年齢はアラサーって考えれば、そんなに自慢できることでもない。
「そうなんだぁ」
父親の畑は全く駄目なようだ。
どうも畑作りそのものに問題がるように感じる。適切な肥料を与えたり、連作を避ければ、もうちょっと収穫量は上がると思うんだよな。
「ねえ、僕も畑見に行ってもいい?」
「ああ、構わんよ。でもお前は畑仕事などしなくてもいいんだぞ。将来は『英雄』として立つ身だからな!」
何かあれば、すぐこれだ。
まあ、確かに俺は伝説と言われる白虎の耳としっぽを持って生まれた。
小柄な者が多い猫人族の中で突出して体格がいいのもそのせいなのだろう。
猫人族の古い言い伝えに白い虎や獅子の耳やしっぽをもった『英雄』の話がある。
熊人族などにも負けない体格と優れた身体能力から、その者が率いた時の猫人族は戦いでも他の種族に負けない力を発揮したそうだ。
そして、そんな伝説上の『英雄』と同じ特徴をもって生まれてきたのが俺だった。
しかし、今はまず、食生活の改善が喫緊の課題だろう。
至福のおっぱいちゅぱちゅぱ生活が終わってから、まともな食事をしたことがない。
まずはイモでいいから、家族みんなで腹いっぱい食いたいじゃないか。
「でも父さんの仕事を手伝うのも立派な仕事だし、体を鍛えるのにも良いと思うんだ」
「そうか! ホープは父さんの仕事をそこまで思ってくれていたのか。」
「よし! では父さんの仕事場へ一緒に行こう」
しっかり畑を見るのは初めてだが、もう悲惨としか言いようがない状態だった。
まず、いかにも肥料を与えていないと思われる土壌に、連作の悪影響がもろに出ている。これじゃあ、収穫量が上がるはずがない。
まずは土壌の回復からやらなきゃ駄目だな。
「父さん、こっちの畑で僕も何か育ててもいいかな?」
「その辺はもう全く駄目な土地だがいいのか?」
「うん、ちょっと試したいことがあるんだ。使っていい?」
「いいぞ、まあ種芋がもったいないから、植えるのは少しだけな」
「ありがとう。頑張ってみるよ」
その日から、さっそく取りかかった。
父親のアッシュが森に狩りに出かけて畑に来れない日も、毎日畑の土壌改良に取り組んだ。連作障害でやせ細った土に堆肥を入れて、何も植えずに耕したり、土を入れ替えたりして、土作りに1カ月かけた。
そこから、畑を4ブロックに分けて、イモと異なる作物を植えていく。
この世界でも野菜はほとんど前世のものと一緒だ。
見た目がちょっと違うものもあるが、俺の頭で日本語に翻訳され、なじみ深い野菜の名前が聞こえてくるから、多分、同じような植生があるはずだ。
食卓に上るのは、うちで作ったイモと近所で作ったと思われる。ニンジンやタマネギ、カボチャやトマト、ナスなんかもある。
たしかジャガイモはナス科だったと思うから、ナスとトマトはやめとこう。
イモ以外の野菜を植えたいと頼むと、アッシュは「何でイモは植えないんだ」とブツブツ文句を言いながらも、近所から他の野菜の種や苗を貰ってきてくれた。
これで少しは連作の影響は無くなってくるはずだ。
なんでリーマンしていたお前がそんな事知っているのかって? 田舎のじいちゃん家が農家で、小学生のときは夏休み中、帰省して畑仕事も手伝っていたのだ。
こんなところでその頃の知識が役立つとは思ってもみなかったが…
さらに2カ月が過ぎた頃には、俺の畑はアッシュの育てた所と明らかに違って、元気に育つ野菜が多く見られるようになった。
これで、野菜だけでも食べるものに困らないぐらいにはなるかな… 本当は米か小麦を育てたいのだが、うちの村にはないようだ。
この世界には、果たしてあるのだろうか……
「おいホープ! おまえの畑すごいな。どうやったら、こんなにちゃんと育つんだ?」
「やっぱり英雄は野菜作りも特別なのか?」
「父さん、そんな野菜作りに英雄も何もないよ」
「ただ、野菜をしっかり育てるには土作りが大事なんだよ。土から栄養をもらって育つから、栄養のある土が必要なんだよ」
「そうなのか? そんなこと誰に教わったんだ? 村の者で、そんなこと知っている奴はいないぞ?」
「そ、それは… 急に頭の中に声が聞こえてきて、こうやって作ればいいって教えてくれたんだよ」
「そうなのか! やっぱりお前は『英雄』だ。それこそ神の啓示というものだ」
「しかし、野菜作りまでこれほどとは、俺はどんだけすごい息子を持ってしまったんだ!」
「そんなにすごいことなの?」
「それからもう一つ、同じところに同じ作物を植えない方がいいって! 大事なことだって、言っていた。代わりばんこに別の野菜を育てると、病気になりにくいし、土の栄養が偏らないとか言ってた」
「そ、そうなのか? それでお前の畑は4つに分けて別々の物を育てているのか!」
「よし! そうと分かれば、俺もやってみよう。ホープ、いろいろ教えてくれ!」
父さん、「神様の声が聞こえる」なんて言葉をそんな素直に信じたら、詐欺にあっちゃうよ…
「うん、いいよ。でも何で今までイモしか植えてこなかったの?」
「そんなの決まってるじゃないか。一面、同じ野菜の方が見て気持ちがいいだろ!」
そんな理由で、今までジャガイモしか植えてこなかったのか…
まあ、これで我が家の畑もまともな収穫量が期待できるようになるだろう。
* * * * *
うちの畑は見違えるように、野菜が育つようになった。
おかげで随分と食卓にあがる野菜は種類も量も充実してきた。
お肉は相変わらず狩り次第なので、めったに食べられないけどね。
しかし、うちの畑の変わりようを見て、ご近所の皆さんが我が家にやってくるようになった。
もともと猫人族は皆、我が道をゆくタイプの人が多いようで、ほとんど隣近所との交流も少ない。
うちは母様が薬師なので、それでもまだそれなりに来客の多いほうだが、実はまだ村全体の様子は知らない。
この村って、どのくらいの人が住んでいるだろう?
父さんも母様も過保護で、家の周り以外、出歩いたことがない。
といっても畑はかなり広いし、荒れ放題だったから、駆けずり回る場所に苦労することはなかったけどね。
「なぁ、頼むよアッシュ。お前の畑、見違えるように野菜が育っているじゃないか」
「なにか秘訣があるんだろ? 教えてくれよ」
「いやぁ、でもな、俺もよく分からないんだよ。ホープが神様に聞いたとおりにやったら、うまくいったんだけど、俺も人に教えるなんて出来んよ」
「じゃあ、ホープに教えてくれるように頼むよ」
「何言ってんだ! ホープは将来『英雄』になる男だぞ!」
「そんな、おいそれと連れ出す訳にはいかん! 怪我でもしたらどうするんだ!」
何か、自分のことで言い争っているようだ。別に、畑の作り方なんぞ、そんな難しいことじゃないから、いつでも気軽に教えてあげられるんだが…
でも、何でみんな「神様に聞いた」なんてこと、普通に信じてるの?
「ねぇ、アッシュ。こんなに村の人が頼んでいるんだし… ホープはまだ3歳だけど、このとおり体も大きいし、あなたが一緒だったら、村の中だけならいいんじゃない?」
「ベロニカがそんなに言うなら、分かったよ。俺が一緒について行ける時だけだが、ホープを連れて行ってやるよ」
「おお、悪いな! 恩に着るよ。で、さっそく何時なら大丈夫なんだ?」
「もうしょうがねえなぁ、ホープは何時から出かけられる?」
「僕はいつでも大丈夫だよ。何なら今から行く? 別に持って行くものもないし、善は急げっていうしね」
「善は急げ? そんなこと誰が言ったんだ? 聞いたこと無いな…」
「ま、まぁ、神様が言っていたのかな? そんなことより、早くしないと日が暮れちゃうよ?」
「おお、そうだな。今日は一番近い、ウッドの家にしよう。あとは明日以降に改めて決めることにしよう、それでいいか?」
「「「よろしく頼む!」」」
そんなやりとりがあり、俺はとうとう生まれて初めて自分の家の敷地から出ることになった。
ちょっとワクワクする。若い猫耳の女の子はいるかなぁ…
ウッドさんの家はうちの隣だった。隣といっても、大人の足でも歩いて5分はかかるぐらいは離れていた。
「おーい、アッシュとホープくんが畑を見に来てくれたぞー!」
ウッドさんの声を聞き、家から奥さんと子供が一人出てきた。
「初めまして、あなたがホープくんね! うちのリリーと同い年なのよね? 本当に3歳なの? 大きいわねー」
「初めまして、ホープです……!?」
そこには茶色の耳の奥さんと思われるきれいな人の後ろに隠れながら、真っ白な垂れ耳にふさふさのしっぽ、大きな青い瞳に銀色の髪の小さな女の子が顔を覗かせていた。
「ほら、リリー。ちゃんと出てきてあいさつしなさい。大きいけど、ホープくんはあなたと同い年なのよ。仲良くしなくちゃ!」
母親に促されて、とぼとぼ出てきて、あいさつしてくれた。
「は、はじめまして、リリーでしゅ」
か、かわいい。そうだよなぁ、3歳って言えば、こんなもんだよなぁ…
思わず見とれてしまった。
「よろしく! 仲良くしようね!」
3歳になって、とうとう同じ年頃?の異性の友だちが出来た。
それから、父さんが狩りに行かない時は毎日、村のいろいろな家をまわって、畑作りのアドバイスをした。
そんな大層なことしてないのに我が家だけ食料が増えるのは気まずいし、何か後ろめたい感じがするので、村全体の食料が増える方が俺の気持ち的にも良かった。
で、空いた時間はリリーの家に行って、一緒に遊んだりした。
遊ぶといっても3歳の小さな女の子と一緒に遊べることは限られる。
この世界には紙や本といった物はないのか、あったとしても貴重なものなのだろう。この村にはなかった。
なので小さな女の子と一緒に遊ぶと言っても、結局は家の周りで駆けっこや花を摘んだり、虫を捕まえたりするぐらいなのだが、そんな遊びでも毎日のように一緒にいると、すっかり仲良くなった。
猫耳のとってもかわいい女の子と幼なじみになれる絶好の機会を逃すまいと、俺は全力でリリーと仲良くできるように接した。
リリーは将来、絶対かわいくなる。
こんな近くに将来有望な猫耳の女の子がいて、知り合えたのだ。仲良くなれるよう努力するに決まっている。
決して、嫌われないように細心の注意も忘れない。
「ホープはしゅごいね。何でもできるんだね」
この辺では珍しいきれいな蝶を偶然見つけ、素手で捕まえたのをリリーは羨望の眼差しで見てくれる。
リリーの舌っ足らずな、たどたどしい話し方はカワイイなぁ…
まずはしっかり『幼なじみ』の地位をきっちりゲットしたい。
「そんなことないよ。ほら、僕は大きいから!」
「リリーも大きくなったら、すぐ捕まえられるようになるよ」
「リリーも大きくなったらちゅかまえられるかなぁ…」
「もし、リリーが捕まえられなくても、僕がいつでも捕まえてあげるから!」
「ありがと! ホープと一緒なら出来るような気がしゅる」
嬉しいなぁ… 「絶対にリリーの隣は誰にも譲らないぞ」と心に決めたのだった。
ちなみにこの村の食料事情は野菜に限っては大きく改善した。
猫人族の習性なのか、誰もが今まで一つの野菜しか育てていなかった。理由はアッシュと同じ、そのほうが見た目が壮観で気持ちいいだの、キレイだの…
少しでも野菜の収穫量を増やそうとまじめに考えて作っていた人はいないのだろうかと頭が痛くなったが、まあ野菜だけは腹いっぱい食べられるようになったので良しとしよう。
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