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付呪師リゼルの魔導具革命  作者: 清見元康
第一章:追放、可能性の目覚め編
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第9話:最前線の街

 僕は左右をエメリアとルグリアにがっちりと固められながら、[冒険者ギルド]に向かっている。


 ……げ、厳重過ぎません?

 どうしたのちょっと……。

 二人は何を警戒しているのだろう。


 それにしても、酷い街だ。

 行き交う人々の姿は無い。

 荒廃、と言った表現がとても良く似合う。


 砂埃が風に舞っている。

 空気がカサカサに乾燥している。

 草木は一本も生えていない。

 土と石を混ぜて作った分厚い壁で覆われている様子は、街というよりも砦だ。


 ここは〈サウスラン〉、という名前だそうだ。

 さて、どこかで聞いたような。

 〈サウスラン〉、〈サウスラン〉……。

 ううむ、思い出せない。

[帝国]の領地では無いのかもしれない。

 レイヴンは、転移の魔法を全力で撃った。

 相当遠くに飛ばされたのだろう。

 だが、これで良かったのかもしれない。

 遠ければ遠いほど、僕の[魔法学校]破門だってそこまで大きな影響は無いはずだ。

 それに、このままでは故郷に帰れない。

 送り出してくれた姉に、顔向けができないのだ。

 だから、僕はまだ、足掻いていたい――。

 せめて、何かを成し遂げるまで。


 それにしても、良くこんな場所に拠点を作ろうと考えたものだ。

 いや、あるいは――最初にここを建てた人たちも、何かに縋り、足掻いていたのかもしれない。

 今の、僕のように。

 一度その可能性を思い描いてしまえば、見方は変わってしまう。

 この場所はきっと、冒険者たちの最後の拠り所なのだろう。

 そう、思うことにした。

 ならばせめて、敬意を持とう。

 ここはきっと、彼らの、何かの、結晶だ。


 やがて、案内されやってきた[冒険者ギルド]で、僕は登録を済ませた。

 名前や出身などを記入し、承認され、あっという間に僕は冒険者という肩書を得た。

 ついでにそのまま彼女たちとのパーティ契約を結び終える。

 特に、感慨は無かった。

 ただ漠然と、こんなに簡単なものなのかと思っただけだ。

 階級は、一番下の[鉄級]だ。

 こんな格言を聞いたことがある。


『冒険者を無事に辞められた者は幸いである。

 それは、まっとうな職にありつけたということだから。

 帰るべき場所があるということだから。

 であれば、今なおそれを続けている者は、

 現実を理解できない愚か者か、

 行く宛の無い者かのどちらかであろう』


 誰が言った言葉だったか――。

 最初にこれを聞いた時、嫌なこと言う人もいたもんだ、と思ったのを覚えている。

 だけど、僕はまだ、足掻いていたい。

 ふと、ギルドの受付嬢が、


「少々お待ちを」


 と言ってから何かを取りに奥の部屋へと消えていった。

 何だろう? 入会特典でもくれるのかな?

 などと考えながら、僕は室内を一度ぐるりと見渡した。

 本来ならば、冒険者たちで賑わっているはずなのだろう一階の酒場は、今やもぬけの殻だ。

 僕は、思わず疑問をそのまま口にした。


「……人、少ないですね」


 ルグリアが、ぽそりと寂しげに言った。


「ン、まあ……ちょっとね」


 エメリアは目元だけをちらと僕に向け、すぐにまた正面に戻し、それっきりだ。

 ……あまり触れてはいけない話題だったのだろうか。

 ややあって、部屋の奥から戻ってきた受付嬢が、机の上に膨らんだ革袋を置き、僕に差し出す。


「ギルド規定により、貴方には報酬が支払われます」


「報しゅ……。ああ、魔獣の、ですか?」


 先日僕が倒した獄炎鳥とダークハウンドの素材が換金されたのだろう。

 これはありがたい。

 予想外の収入だ。

 金額は――。


「ヒャッ」


 おかしな悲鳴が出た。

 袋の中に金色の輝きが見える。

 それも一枚や二枚なんてものじゃない。

 十、二十、ええと、とにかくたくさんある。

 五十枚くらいかな?

 これだけあれば四、五年は仕事をせずゴロゴロした生活を送れてしまう……。

 いやいや何を考えているのか。

 まずは自前の[魔法ペン]だ。

 確か初心者用で金貨が、八枚くらいだったはずだ。

 よし、買える。

 やった……。

 それにしても、獄炎鳥の素材ってこんなに高額だったか?


「それと、灼熱のニーニ・ヌーヴィ、腐肉を漁るシイの素材はどうなさいますか?」


「えっ? は? えっ? なんて?」


「こちらで買取、という形になれば、解体費と輸送費を差し引いた分の報酬が追加されます」


 何言ってるのか良くわからない。

 あれ? 革とか牙とか骨の代金がこれじゃないのか?

 落ち着いて、一つずつ確認していこう。


「あ、あの……灼熱のニー……何とかさんと、腐肉のシイさんって何です?」


「同じ魔獣の中でも、特に悪名高く危険な個体に、名前をつけて呼んでいます」


「あれがそうだったんですか……」


 正直なところ、僕はまだ自分の付呪の力を測りかねている。

 最高位、と言っても全員が同じ力量というわけではない。

 それぞれに得意分野があるのだ。


「ニーニ・ヌーヴィには既に七十八人、シイには百六十人の冒険者が犠牲になっています」


 え、そんなに?

 と、思わず声に出しそうになったが、僕は慌てて飲み込んだ。

 人が死んでいるのだ。

 流石にそれは不味い。

 というか下手したら、その中にルグリアたちの友人がいるかもしれない。

 受付嬢は少しばかり寂しげな様子になり、語った。


「[銀級]から[白銀級]が主として形成された一団の魔法では、ニーニに傷一つ負わすことができませんでした」


 ミスリル製の刃では太刀打ちできず、唯一まともに戦えたのはエメリアを始めとする数少ない黄金級の冒険者くらいだったらしい。

 そのエメリアを持ってしても、水の魔法で作った塊で殴打するのが限界だったのだとか。


「現在、[禁断の地]の魔獣たちは計り知れないほど強力になってしまっています」


 [禁断の地]……?

 あっ……。

 思い出したぞ。

 そうか、〈サウスラン〉って確か……。

 僕が住んでいた〈帝都〉から、二つの海と三つの大陸を挟んだ〈イーヴァ大陸〉の、更に最南東。

 [禁断の地]へと向かう、冒険者たちの最後の拠点だ。


 流石僕だ。

 こんな辺境の端の端にあるちっぽけなな街の名前だって、ちゃんと思い出せたではないか。

 ……絶句するほどの遠さは、僕にとって良いことなのか悪いことなのか。


 確か、〈帝都〉に向かう直接の交通手段は無いはず。

 というか[禁断の地]って、確か冒険者たちの最終目標だったはずだ。

 そして彼らが敵わなかった魔獣を、僕は倒してしまったらしい。

 つまり、それは――。

 最後に、受付嬢は柔らかく笑みを浮かべ、言った。


「さぞ、高名な付呪師の方とお見受けします」


「え、あ、いや……」


 ま、参った。

 こんな手放しで褒められるとは思わなかった。

 顔から火が出るほど恥ずかしく、口元が思わず緩むほど嬉しい。

 同時に、僕は自分の付呪の特性を理解する。


 ――瞬間火力。


 すぐに爆発するけど最強クラスの魔獣を一撃で倒せる。

 だけどそれは、長期戦には向いていないことにもなる。

 そして、数の暴力にも弱い。

 だが、何故そうなったのかがわからない。

 原因を解明しなくてはいけないだろう。

 やはりエメリアに弟子入りした僕の判断は間違っていなかった。

 学ぶべきは、基礎にある。


「――それで、素材はどうなさいますか?」


 なぜだか、何かを期待するような瞳を投げかけられているような気がする。

 ……何だ?


「ええっと……」


 一応、と僕はルグリアに判断を問う。

 だが、彼女はすぐに言った。


「キミが決めて。これはキミの報酬」


 ごもっともだ。

 てっきり、パーティなんだから山分けねとか言われるのかと思ったが……。

 どうやらそうでもないらしい。

 だが、良かった。

 どいつもこいつもレイヴンみたいなやつだったらたまらない。

 あいつが特別嫌なやつなのだ。


 ……ほんと、覚えてろよあいつめ。


 ともかく、今は嫌な思い出ではなく現実の話だ。

 まずは素材の量を確認しよう。

 どれくらいあるのだろう?


「……量はどれくらいでしょ?」


 革に牙に骨とあれば、それなりの装備は作れる。

 手袋、ブーツ、ズボンに服にローブ。あ、帽子なんてのも良いな。

 ああ、鞄も良い。

 今持っているのに加えて付呪の為の鞄を追加で……。

 牙と骨でも立派な杖が作れる。

 夢が膨らむ。

 そして、受付嬢はふと考えてからこう言った。


「肉を除けば、私が十人分くらいです」


 あ、無理だ。

 持ち歩けない。


「あ、あの、鍛冶屋さんっていますか?」


「今は他の装備の修繕に出払っています」


「どれくらいで終わる、とか……わかります?」


「被害が甚大でしたので、全て終わるには半月はかかるかと」


 被害が、甚大。

 その言葉で、僕は大変な見落としをしていたことに気づく。

 この街が賑わっていない理由。

 ギルドに冒険者がいない理由。


 ――彼らは、魔獣に負けたのだ。


 命からがら逃げ帰り、次の依頼どころでは無いのだ。

 昔、[魔法学校]宿舎の窓から、敗残兵というのを遠目で見かけた事がある。

 あれは――地獄だろう。


 僕は素材を鍛冶屋に持ち込んで特注の装備を作ってもらう夢を諦めることにした。


「……買取で、お願いします」


 恐らく、期待されていたのはこれだろう。

 その素材を、彼らの装備の補修に当てるのだ。


「では」


 と、ギルド員が白銀に輝く一枚の手形を差し出した。


「高額となりますので、こちらでの支払いはできません。都市部の[冒険者ギルド]にて換金をお願いします」


 え、高額?

 こっ……。

 金貨五十枚より、も……?

 こ、この手形で、換金……?

 金貨五十枚よりも凄いの?

 この手形で?

 金貨五十枚よりも!?


 なんだか頭がくらくらしてきた。

 ひょっとして、これもう故郷に胸を張って帰れるのでは……。

 いやいや、駄目だ、誘惑に負けるな。

 付呪が中途半端なのは事実だ。

 そんな僕がお金だけ持って帰ってでかい顔なんてしてたら、それこそレイヴン二号ではないか。

 それだけは嫌だ。

 あ、でも仕送りくらいできそうだ……。

 いっぱい金貨を包んで、僕は元気にやっていますと一筆入れるくらいは良いだろう。

 でも、都市部か……。

 ここから近いのはどこだろう?


 などと考えていると、受付嬢は丁寧に説明してくれた。

 一番近い都市は、〈魔法都市ガラリア〉だそうだ。

 名前だけなら聞いたことがある。

 [バストール共和国]の港街としても有名だ。


 と、受付嬢は地図で場所を指し示す。

 ここより遥か西。

 獣車を使い、およそ一ヶ月だそうだ。


「……遠くない?」


 僕は思わずつぶやくと、どうやら聞こえていたらしい受付嬢は、


「世界の果てですので」


 と微笑んだ。


「あの、一応……獣車っていつ頃出るんですか?」


 とにもかくにも換金だ。

 〈ガラリア〉ならば遠く離れた故郷への仕送りもできるだろう。

 そして手紙も出す。

 今回は良いことを書けそうだ。


「今は出ていません」


「えっ」


 出ていないとはどういうことなのだろう。

 いやそんなことあるのか?

 というか植物も生えない世界の果てで流通が途絶えるって、それ死ぬのでは?

 お金があっても食べ物がありませんで死ぬのでは?

 不味いのでは?

 あ、魔獣食べてるの?

 いやでも倒せないってさっき言ってたし……。


「現在〈サウスラン〉は凶悪な魔獣の群れに包囲されているため、人の往来は禁止されています」


 そ、そんなことは無かったはず……。

 いや、無いことも無い、か?

 実際僕は魔獣の群れに襲われたわけだし……。

 そもそも僕が転移させられた場所――エメリアがいた場所が、わからない。

 ここはあんな大草原と大森林があるような土地では無い。

 だが、確かに僕はそこにいて……。

 頭がこんがらがってきた。


 やめよう、今すべきことに集中しよう。

 そして今すべきことに集中した結果、八方塞がりだと気付かされた。

 お金はこれ以上もらえない。

 換金しようにも街の外に行けない。

 恐らく補給物資も不足しているだろう。

 ならば……冒険者たちは今――。

 僕は、ちらと隣のルグリアを見やる。

 すると、彼女はにんまりとした笑みを浮かべ言った。


「籠城戦の付呪師って、百人力なのよねぇー」


 一度、僕は受付嬢の顔を見る。

 平静を務めているようだが、明らかに何かを僕に期待している、気がする。

 更にチラと、隣のエメリアを見やる。

 彼女は静かに佇み、言った。


「貴方自身が決めることです」


 そんなことを言われましても……逃げ道が物理的に塞がれとるじゃないですか。

 だが、僕はここで逃げるような男じゃない。

 ずっと、ひたすら、笑われようとも馬鹿にされようとも[翻訳の魔導書]を作り続けてきた男なのだ。

 その結晶が実り花開いたのなら、存分に使ってやろうでは無いか。


「……わかりました。僕ができることでしたら、お手伝いします」


 すると、ギルド員の表情があからさまに明るくなった。


「冒険者として参加していただける、と。そういうことでよろしいですか?」


 ああそうだ。そういうことだ。

 付呪師への依頼は、高い。

 何せ引く手数多、いくら値段を釣り上げようが買う客がいるのだ。


 だが、冒険者として参加するのなら話は別だ。

 どれだけ強かろうとも、逆に弱かろうとも、報酬額は依頼で決まる。

 それが、冒険者として参加するという言葉の意味なのだ。


 だが、実は少し嬉しくもあった。

 早くも僕のことをまっとうな付呪師扱いしてくれているのだ。

 受付嬢から向けられる期待の視線で、僕はやる気になってしまっている。

 冷静な部分で、僕は本当に単純だなぁとしみじみ思う。

 褒められたら、ついつい気を許してしまうのだ。


 それに、既に多額の報酬をもらっている。

 ならば、何を迷うことがあろうか。


「はい。一介の冒険者として参加します」


 と、ルグリアがいきなり僕をぐいと抱き寄せ、満面の笑みになる。


「ンおっけーい! エメも良いでしょ? 実践に勝る練習なしって先生言ってたし」


 一瞬、女性特有の甘い香りが漂った気がした。

 うわぁ僕今女の人に抱きつかれてる……。

 うわぁ柔らかい。

 とドキドキしかけたが、すぐにやってきた嫌な臭いで甘い何かはかき消されてしまった。

 この臭いなんだろう。

 あ、たぶん革の鎧だ。

 ルグリアが着ている薄手の革鎧が臭いんだ。

 使い古された革ってこんな臭いなのか……。

 ……本当に革の臭いだよね?

 だがおかげで、冷静さを取り戻せた。


「できることは、しますけど……質の保証はできません」


 期待は裏返ると怖い。

 おいふざけんなお前の杖爆発したぞ、と怒られたらたまらないのだ。

 僕は付呪師であって詐欺師では無い。

 こうして、僕はこの街に足止めされることになった。

 街を出るためにも、仕送りをするためにも、兎にも角にもまずは街を包囲する魔獣を掃討しなければならない。

 付呪師としての本格的な戦いが始まる。

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