思い出の孔雀バッジ
三年前、一年生の終わりに転校していったイツキが帰ってくるらしい。
そう母さんに聞いた。
「ふーん」
「レン、あんなにイツキくんと仲良かったじゃない。どうしたの」
正直、そんなムカシのことなんかオレあんま覚えてないんだよな。
小学生になったらクラスも違ったし、登下校の時か、休みの日に母さん同士の付き合いに着いていって遊びに行くくらいしかなかったし……。
それに四年生になって、今、どんな話したらいいのかも分からないや。
「一緒に動物園に連れていってあげたでしょ」
と、母さんがふまんそうに言う。えー、オレの母さんとイツキの母さんが二人でゆっくりするついでに遊ばせてたんじゃないの?
「友情のアカシだ! ってはしゃいで、帽子に動物園のバッジ付けてたでしょ」
とも言う。
大人って、ムカシのことをいつまでも覚えてるんだから。
あ、でも、安全帽の孔雀バッジは最近まで付けてたから覚えてる。誰かと――イツキとお揃いで買ったんだった。
大事なものだったってことも。
「友情のアカシ――」
オレは小さな穴だけが空いてる安全帽をじっと見た。
新しい先生に、針が危ないからバッジは外すようにって言われて外したんだっけ。あれ? その後どこにやったんだろう。オレは不安になった。
「まあ、そのイツキくんと、イツキくんのお母さんと土曜日に会いましょうってことになったから、レンも楽しみにしてて」
「母さん、そのバッジ知らない?」
「あんたが一番知ってるでしょ」
そう言って母さんは取り合ってくれなかった。
やばい。
ただでさえイツキに会うのが気マズいのに、友情のアカシまでなくしたなんてことになったら!
オレは、ランドセルの中身を放り出し、机の引き出しに手を突っ込んで、孔雀バッジを探し始めた。
「うーん……」
家の中には無かった。学校の机やロッカー、落とし物入れも見たけど無かった。
「レンくん、よそ見しないで帰りなさい」
通学路に立っている先生に注意された。
「分かったー」
と、てきとうに返事したけど、ふと、前に先生にバッジを外すように言われたのも通学路だったような気がしてきた。
ということは、まさか外してそのまま通学路に落としたのか? じゃあ見つかんねーよ。
オレはぜつぼうした。道ばたには草がぼうぼうと生えていて、オレのジャマをしているみたいだった。
オレはふらふらと、鳥居をくぐり、神社の境内に入っていった。
なんとなく来たけど、神頼みでもしておくかな。
「孔雀バッジが見つかりますように」
オレは財布からおさいせんを出して、お祈りをした。木々に囲まれた小さな神社にはオレの他に誰もいなかった。
通学路の近くなのに人の声が聞こえなくなって、鳥の声だけが聞こえる。
オレはベンチに座ってみた。
財布の中身を見ると、バッジくらいなら買い直せそうに思えた。
でも、動物園に行かなきゃ買えないし、三年前のバッジがまだあるとも限らないし……。
オレはため息をついた。目の前で、スズメがのんびりと遊んでいる。
「お前らさ、動物園行って孔雀のバッジ買ってきてくれない?」
オレは、ちゃらちゃらと財布を振った。スズメ達は逃げるように飛び去った。あーあ。
あいつら、動物園の住民じゃないのに勝手に動物園に出入りしてるからな。
もし本当にお使いを頼めていたら、ワンチャンあった。
動物園の中どころか、檻の中にまで入るんだから。孔雀とだって仲良しだ。
オレは、動物園の鳥パークを思い出した。
鳥パークは、巨大な鳥かご型の檻だ。人間が中に入って、歩き回っているたくさんの鳥を見ることが出来る。
フラミンゴだとかホロホロ鳥だとか、あと、ゲストでやってくるスズメとかセキレイが、触れるくらいに近くまで歩いて来る。
人間ゾーンと鳥ゾーンを分ける柵もなくて、あるのはひょいっと昇れそうな段差だけだ。
で、段差のをボスとしていつも優雅に歩いているのがオスの孔雀だった。
孔雀が羽根を開く様子が見たくて、オレとイツキは他の動物には目もくれず、一日鳥パークの中のベンチに座っていた。
母さんたちは、「鳥パークだけなんてもったいなくない?」と文句を言いつつ、檻の外でお喋りしていた。
「羽根広げろ! 羽根! バッサバッサ!」
イツキが叫んで上着を羽根みたいに広げてイカクした。孔雀はこっちを見もしない。
「孔雀はメスに反応するんだろ」
オレはそう言って、手でくちばしを作って、メス孔雀の真似をして歩き回った。
「ダーリン、羽根見せてぇ~」
ふざけたオレの口調に、イツキが笑い転げた。孔雀がオレたちの方を向く。
「あっ」
孔雀は、二歩、三歩とオレたちの側に近づき――、ぴょん、と段差を降りた。
近くまで来ると、意外と大きい。
オレはどぎまぎしてベンチに座り直した。
青い長い首の孔雀が、黒い大きな目でまっすぐ前を見ていた。
かと思うと、羽根を揺らしてジャンプした!
着地したのは、ベンチの上だった。オレと、イツキの間に。
「すげー」
目を丸くしたイツキは小声で言った。オレもこわごわうなずく。
鳥パークのボスが、オレたちの間に来て休んでいるという緊張感がすごかった。
息がつまりそうだった。いつまでも時間が続くかのように思えた。
でも、孔雀は来た時と同じように、ゆっくり段差の上に帰っていった。
結局、孔雀が羽根を広げるところは見られなかったけど、孔雀がすぐ側に来た! という体験にオレたちはコーフンして、帰りに孔雀のバッジを買ったんだった。
「今度来た時は、羽根広げるとこ見ような!」
「絶対な!」
そうだった! 孔雀バッジは、その誓いを込めたバッジだったんだ。
約束を思い出したオレは、神社のベンチから立ち上がった。
思い出があるなら、孔雀バッジが見つからなくてもイツキとまた仲良く話せる気がした。
帰ろうと、手に持っていた財布をズボンの尻ポケットに突っ込む。
「あれ?」
手にぶつかったのは、金属の感触だった――。
なんと、孔雀バッジは、オレのポケットの中で何度か洗濯されてぼろっちくなっていた。
青と緑がハゲて、金具の銀色がむき出しになっている。まあ、これはこれでイツキのバッジと比べるのが楽しみだ。
そして――。オレは、孔雀バッジを通して、イツキの顔を思い浮かべる。
イツキ、また動物園に行って、今度こそ、一緒に孔雀の羽根を広げるところを見ような!