白い灯台9
銚子電鉄は銚子市内を走るローカル路線だ。絵に描いたようなローカル線で『のどか』という言葉がよく似合う。そんな電車だった。私の地元にも同じようなローカル線があったので少しだけ懐かしい気持ちになる。
電車から見える景色は地方都市の町並みと田園地帯。そんな生活の匂いが染みついたものだった。停車する駅一つ一つが良い意味で閑かで妙な安心感を覚えた。
一定のリズムで電車は進む。そのリズムは私を意識の奥に運んだ。無意識と意識の境目。そんな場所だ。そこには両親と妹がいて、私に手を振っている。白い灯台、岩礁から聞こえる潮騒、こじんまりとした水族館。その景色が混ざり合い、無意識の上を流れていく。
車窓から見える景色とその景色が重なった。おぼろげな記憶だけれどこの景色を見たことがある。それは記憶というにはあまりにも不確定なものだった。なんとなく見覚えがある。その程度。
ふと、社長と会った日のことを思い出した。彼は私たちに何を求めたのだろう? そんな疑問が浮かぶ。もしかしたら社長は私たちに何か伝えたかったのではないだろうか? そして何かをお願いしたかったのでは? そんな空想とも妄想とも言えないようなささやかな疑問が浮かんでは消えていった。
おそらく何かしらの意図はあったはずだ。それがビジネスライクなことであれ、プライベートなことであれ――。
二〇分ほど走ると電車は目的地にたどり着いた。犬吠駅。白い灯台の最寄り駅だ。その駅舎はその場には似つかわしくないほど綺麗だった。真っ白な壁にチャペルのような外観の駅舎。駅前の広場に規則的に配置されたタイル。そんな南国リゾートのような駅舎だ。駅からの道には鬱蒼として木々が生い茂っている。そして……。木々の奥には記憶にある灯台が聳えていた。
それから私は木々の間の道を通って海へと向かった。一歩、また一歩と進むたびに潮騒が大きくなり、潮の匂いが強くなった。海の気配が濃くなる。そんな感じ。
少し歩くと目の前に海が広がった。水平線はどこまでもまっすぐで視界の左端には漁港があった。
その景色を見て私は『やっと戻ってこれた』と思った。やっと戻ってこれたのだ。ようやくこの場所に。