今、挟まれる栞6
早朝の事務所は死にかけた犬のように静かだった。ブラインドが夜と昼の境界線のような僅かな光を部屋に入れるだけでかなり薄暗い。どうやら昨日に徹夜した社員はいなかったようだ。
手探りで蛍光灯の電源を入れる。蛍光灯はチカチカと数回点滅した後に部屋を薄暗く照らし始めた。
「さてと」
僕は独り言を呟くと自分のデスクの上に自宅から持ってきた書類を並べた。昨日の夜の仕事からの続き。ただ場所が変わっただけだ。
この仕事最大の利点はどこでも出来ることだ。必要なものは原稿と赤ペンだけ。それさえあればファミレスだろうが病院の待合室だろうが問題ない。むしろこうして事務所でやるほうが面倒ごとが多いかもしれない。人間関係。それがこの仕事最大の敵だから。
だからこうして朝からデスクに向かって作業するのはとても楽だった。ただただひたすら校正に没頭できる環境。昼間の営業や上司に呼び出される環境よりは何倍も楽だと思う。
始業時間までの時間が勝負だ。そう決めて校正すると普段の何倍も早く筆が進んだ。やはり僕はひとりぼっちでの作業が性に合っていると思う――。
「お、半井くんおはよう。早いね」
「おはようございます。今日は夕方から用事があるもので……」
始業時間の三〇分前。直属の上司の寺内さんが出社してきた。
「用事? そうかそうか。彼女さんか?」
「ええ、まぁ……」
「ハハハ、なら早めに上がったほうがいい。三雲くんたちに仕事押しつけられたら帰れなくなるよ」
寺内さんはそう言うと茶化すように言うと僕の方を軽く小突いた。
「そうですね……。気をつけます」
「うんうん。あれだよ半井くん。君はもう少しずるくなった方が良いね。別に彼らに尽くしたって良くしてくれるわけでもないんだからさ」
寺内さんはそんなアドバイスを言うと「カカカ」と乾いた笑いを付け加えた。この笑いを聞くと不思議と落ち着く。
寺内さんが来てから続々と同僚が出勤してきた。もうすぐ仕事納めなので心なしかみんなそわそわしている。年末の空気。それは出版業界にも多少はあるらしい。
それから僕は朝の掃除と朝礼を淡々と熟した。そして当然のように三雲先輩から仕事が降りてくる。
「半井ぃー。これ午前中に下読みしといて」
そんな風に原稿を投げられる。僕の意思と予定は関係ないのだ。
「分かりました」
「ああ。俺、午前中用足してくるから帰るまでに終わらせとけな」
そう言うと三雲先輩はすぐに事務所を出て行った。これも平常運転。いや、逆に優しいぐらいだと思う。
それから三雲先輩から預かった原稿の下読みを始めた。どうにか午前中に終われせよう。




