今、挟まれる栞4
栞の直木賞受賞から僕らは忙しない毎日を送っていた。僕はデスクワークに追われ、栞は出張が多かった。同じ屋根の下にいるのに互いが居た痕跡を確認するだけ。それぐらい僕らは顔を合わせなかった。冷蔵庫に貼られた付箋。それだけが僕らの連絡手段になりつつある。
『昨日は京都の講演会でした。お土産の八つ橋は冷蔵庫にあります 栞』とか。
『明日は仙台に一泊します。冷凍庫にカレーが入ってるので温めて食べてね 栞』とか。
栞からの伝言はそんな内容だ。
僕は僕で
『お疲れ様。カレー美味しかったよ。ケーキ入れとくから食べてね』とか。
『ラジオ聞いたよ。うまくしゃべれてたね』とか。
そんなメッセージを書いた。これといって面白いわけではない。でもその付箋でのやりとりが心地よかった。文章と文章のキャッチボール。そんなことをしていると学生時代を思い出す……。
高校時代の僕らはよくそんなやりとりを部室の黒板でしていた。栞が部長、僕が副部長の文芸部。思い返すと懐かしい。
当時の僕は母親の看病で忙しく、あまり部活に顔を出せなかったけれど、彼女はいつも僕のことを気遣ってくれた。付かず離れず。余計なことは聞かない。栞はそれに徹してくれた。
別に栞に何か隠し事していたわけではないけれど、その距離感は僕の心を軽くしてくれた。話さないからこその充足感。それはまるで行間に意味合いを持たせる純文学のようだと思う――。
一二月二四日の夜。僕は栞の出張先に電話を掛けた。『メリークリスマス』なんて言わなかったけれど、彼女は僕の意図を察してくれたようだ。
『ごめんねー。せっかくのクリスマスなのにね』
栞はそう言うと『ふあぁ』とため息ような声を出した。
「いやいや。大丈夫だよ。明日は帰ってくるんだっけ?」
『うん。明日から二日間は予定ないよ』
「そっか。僕も明日は休みなんだ」
『嘘!? やった! じゃあクリスマスパーティー出来るね』
栞は驚いたような声を上げる。
「うん。一応お店予約しといたよ」
『嘘!? 嘘!? 嬉しいよー』
「嘘!?」の連呼。このリアクションをするときの栞は概ね飛び跳ねているはずだ。彼女はそういう子なのだ。普段は大人しいのに、嬉しいことがあるとこうなる。
「ほら、前に話してた新橋の創作料理のお店だよ。栞行きたがってからさ」
『……。!? ほんっとに!? 水貴くんすごいよ!!』
「いやいや……。じゃあとりあえずそんな感じだから」
『本当にありがとー。うん! 楽しみにしてるよ』
「うん。じゃあ気をつけて帰ってきてね」
そう言うと僕は電話を切った――。
電話を終えると急に寂しい気持ちになった。それと同時に喜んでくれた栞の声が頭の中で再生された。嬉しそうな栞の声。思い出すと自然と口元が緩む。
僕は幸せ者だな。そう思った。
あんなにいい子と一緒に居られるなんて申し訳ない。そんな風にも思った。
それから僕はゆっくりとベッドに身を投げた。意識が徐々に遠ざかっていった――。




