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白い灯台6

「今日はありがとうね」

「いえいえ。こちらこそ付き添いありがとうございました」

 自宅に到着した。竹井くんは私のマンションの路肩に車を停める。

「じゃあまた来週ね。あいちゃんによろしく」

 私は彼に礼を言って車を降りた。竹井くんは私に一礼するとそのまま車を発進させた。

 私は竹井くんの車が見えなくなるまで手を振り続けた。名残惜しむように。

 誰かを見送るたび寂しい気持ちになる。どうせまた会うのに、二度と会えないような気持ちになるのだ。これは竹井くんに限った話ではない。他のバンドメンバーだろうが、妹だろうが同じように感じる。

 なぜだろう? ふと自問自答する。客観的に見れば私は孤独ではないのだ。友達だって多くないにしろそれなりには居るし、仕事上の関係だって恵まれていると思う。

 恵まれているのに満たされない。そのことは私に必要以上の不安を与えた。不安。それが私にとって唯一信頼できる友人のようにさえ感じる。

 歪んだ言い方をすれば私は不安を信頼しているのだ。二三年生きてきて一番近くに居た存在だからこそ『彼』は私の親友になったのかもしれない。正直、そんな親友いらないとは思うけれど。

 それから私は自分の部屋に戻った。玄関のオートロックを開け、ドアを開くと自室の匂いが広がる。

「ただいま」

 独り言のように呟く。当然、返事はない。

 部屋は私が出かけたときのままの状態でそこにあった。リビングのテーブルの上には雑誌と未開封のタバコがあり、キッチンシンクの上には無造作にコーヒーの袋が放置されている。

 私はソファーに身を投げるとスマホの通知を確認した。ツイッターとインスタグラムの通知が来ている。まぁ、私にとってSNSは広報活動の道具でしかないけれど。

 一通りSNSを見てからスマホを充電器に繋いでテーブルの上に置いた。しばらく見たくない。ひとりぼっちの世界に行きたい。

 ひとりぼっちの世界は私の帰るべき場所だ。そこには私しかいない。そんな場所。もっと言うならそこには他者と繋がるための道具が一切ないのだ。スマホも電話もなければ、写真や文章もない。そんな世界だ。オフラインの世界。Wi-Fiの届かない月の裏側のような。

 たまにそうやって外界から逃げずには居られなかった。完全に他人との関わりを絶つことは私にとっての日常なのだ――。

 シングルベッドに寝転び天井を見つめた。天井には幾何学模様が広がり、その真ん中に簡素なペンダントライトが吊されている。それだけのシンプルで無駄のない天井。

 私は深呼吸しながら天井の柄を眺め続けた。徐々に心音が緩やかになり、ひとりぼっちの世界に入っていく。そしてゆっくりと瞼を閉じる。視界が遮断されると完全に独りになった。

 瞳を閉じると色々なことが浮かんだ。中学時代のこと。バンド活動のこと。家族のこと。そんな私の過去たちが順番を無視して浮かんでは消えていく。

 そんな過去たちは私の不安を優しく癒やしてくれた。良い思い出も悪い思い出も分け隔てなく私に寄り添ってくれた。思い出は優しいのだ。いつも私の所有物であり続けてくれる。未来の不安定さに比べたらなんて過去は優しいのだろう。そんな妄想にも似た思考が浮かぶ。

 しかし……。そんな思い出の中にも不明瞭なものが一つだけあった。いや、ぼんやりした思い出は他にもあるけれど、それだけは異質だった。整合性の欠片もない。そんな過去の記憶の断片。

 その記憶は幼い日に白い灯台を訪れたときのものだ。両親と妹との四人で。

 その記憶だけは酷く私を苦しめた。優しい思い出の中で唯一優しくはなかった。唯一、私の思い出になりきれていない。そんな感覚。

 仕方が無い。この思い出だけは違うのだ。幼い頃の両親と妹。その繋がりの証明なのだから。すっかり消え失せてしまった繋がりの記憶なのだから――。

 瞳を開ける。相変わらず天井には見慣れた風景が広がっている。

 さて……。現実に戻ろう。オンラインの世界に。私は目を擦るとベッドから身を起こした。窓から差し込む夕焼けが目に染みた。


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