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深夜水溶液16

 祝賀会は恙なく終演を迎えた。大きな拍手。最大の賞賛。

 盛大過ぎる拍手に栞は若干引きつっていた。彼女らしいと言えば彼女らしいと思う。

「月子ちゃん! 今日はありがとうね」

 帰りがけ。栞が見送りに来てくれた。

「ああ、こっちこそ。年末また上京するからそんときに飯でも行こうな」

「うん!」

 また年末。そう言って私たちは別れた――。


「終わったか?」

 私がホテルから出るとそこには健次の姿があった。

「あれ? ケンちゃんどないしたん?」

「いやな……。今日祝賀会ゆーてたから迎え来たんや。ほら、お前病み上がりやし」

 健次はそう言うと照れ隠しのようにそっぽを向いた。

「ケンちゃんは心配性やなー。ほら、もうピンピンしとるで!」

「なら良かったで……。ま、車で来たから乗ってけ」

「マジで!? 京都まで?」

「ああ、かまへん。元々そのつもりやったしな……」

 内心嬉しかった。健次はこう見えて意外とサプライズ好きなのだ。東京京都間を走るのはサプライズを超えている気もするけれど……。

「相変わらず狭いな」

「お前は毎回それを言うな」

 健次の愛車はマツダRXー7という車だ。ボディカラーは彼のギターと同じレッドメタリック。お世辞にも実用的とは呼べない車だ。

「ごめんごめん。まぁええ車やと思うで? 流線型でカッコええやん」

「やろ? ようやくお前もFDの良さが分かってきたか」

 私は適当に車を褒めた。お世辞だとしても悪い気はしないだろう。まぁ実際、RXー7のボディデザインはカッコいいと思うし、嘘は言っていない。

 ギアが一足に入ると車は咆哮を上げた。一瞬の甲高い音。好きなサウンドだ。詳しくは知らないけれど、RXー7は他の車とはエンジンの仕組みが違うらしい。(ロータリーエンジンとか言うらしいけれど詳しくは知らない)

「栞どうやった?」

 健次はそう聞くとシフトノブに手を掛けた。

「嬉しそうやったで。まぁ、式典は苦手ってゆーてたけどな……。でもええ顔はしとった」

「そうか。なら良かったわ……。あいつももう結婚やし幸せの絶頂やろなぁ」

「ハハハ、せやね。なんやええお婿さんらしいで」

 やはり元カノだからだろう。健次は栞のことが気になるようだ。未練があるとかではないと思うけれど。

「あれからもう一〇年かぁ。ほんまに色々あったなぁ」

「ほんまにな! ウチらもメジャーデビュー出来たし、栞は直木賞取ったしなぁ」

「せやなぁ。ま、俺らはこれからもっと頑張らんとな」

 もっと。もっと頑張らねば。そうしなければ武道館なんてたどり着けないだろう……。

 少しは走ると車は首都高に乗った。健次は慣れた調子で車線変更していく。東京タワー、立ち並ぶビル群。そして奥に見える東京湾。そんな東京の夜景。

「しっかし……。また年末上京やなぁ」

 私は車窓に映る景色を眺めながら独り言のように呟いた。

「せやな。あっちゅーまやで」

「ほんまに忙しないなぁ。東京来てもただただ仕事して終わりな気がする」

「まぁなぁ。でも仕事やからしゃーないで。ま、気持ちは分かるけどな」

 そう。遊びじゃないのだ。だから仕方ないと思う。でも……。

「でもな! 仕事仕事ばっかは嫌や! やっぱり遊びたい……」

 私は思わず本音を零した。やれやれ。どうやら私も栞のことが言えないくらい子供らしい。

「ハハハ、お前らしいな。したらちょっと寄り道してくか……」

 そう言うと健次はハンドルを左に少し回した――。


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