深夜水溶液15
バスロータリーには数台のタクシーが停車し定期的に路線バスが乗り入れていた。バスは時刻表通りに運行し、タクシーもシステマティックに列を作っている。そこには田舎っぽい泥臭さなど微塵もない。完全にシステマティック。機械的な移動インフラ。
「しっかし……。栞が直木賞作家かぁ。よくよく考えるとすごいな」
「ありがとー。そう言って貰えて嬉しいよ。ま、未だに実感湧かないけどね……」
栞はそう言うとベンチに目深に座り直した。
「段々に実感出来るんちゃう? ほら、これから仕事も増えるやろし」
「だねぇ。少しは仕事増えるかもね……。来年には忘れらてそうだけど」
「いやいや。そんな早く廃れんやろ」
「ハハハ、だといいけど……」
そんな簡単に廃れてたまるか。確かに世間は私が思うよりは冷ややかだけれど、栞の作品は一時のブームで終わらせて良い作品ではないと思う。
ホテル前から見える景色は幻想的だった。ただの電飾のはずなのに街で見るギラギラした光と違って見える。その光は柔らかかでとても冷たかった。冬の一等星、シリウスのような光。
「ウチもなぁ。さっさと武道館公演やりたいな。先は長そうやけど」
「月子ちゃんなら大丈夫だよ! 今月のツアーも調子良かったんでしょ?」
「まぁなぁ。ぼちぼちな……」
ぼちぼち。と言うには良い結果だったとは思う。でも私は満足していなかった。まだまだ足りないのだ。私の欲望は「もっともっと」と求める。皇居外苑のあの会場で一万人の歓声を浴びる。きっと満足できるのはそのときだろう。
「フフフ、月子ちゃんらしいね」
栞は嬉しそうに笑った。
「ん?」
「いやさ。やっぱり向上心の塊だなぁーって。そういうところ全然変わらないよねー」
「そうかなぁ? これでも昔よりは現実主義やで? 多少は妥協もするし……」
そう言いながら私は大きく背伸びをした。目の前をタクシーが排気をまき散らしながら通り過ぎていく。
「お互い歳を取ったってことだよね。でもきっと私たち根っこは変わってないと思うよ」
「……かもな。まぁええわ。ウチはただ歌うだけや。そんで武道館!」
思えば栞と会うたび私は自身の目標を語っている気がする。日本武道館単独ライブ。そんな遠すぎる夢を――。




