深夜水溶液7
栞との思い出。それは私の核のようなものだ。幼なじみではないけれど、彼女は私のことを私以上に理解していると思う。本来の幼なじみ……。健次とは違った意味で彼女は理解者なのだ。
同性だからとか、性格が合うとか以上に彼女とは繋がりを感じる。それはある種の運命……。だと思う。出会うべくして出会った最愛の友達。それが栞だった――。
「おまたせ」
書店前のホールで待っているとすぐに栞がやってきた。数年ぶりに見る彼女は以前よりずっと大人っぽく見えた。中学時代には無かった色気のようなものもある。仮に私が男だったら放っておかないだろう。
「早かったなぁ。ひさしぶり!」
「うん。ひさしぶり! 元気そうで何よりだよ」
ああ、栞だ。と私は当たり前のことを思った。目の前にいる綺麗な女性が徐々に栞に戻っていく。そんな奇妙な感覚だ。どうやら見た目とは裏腹に彼女はあまり変わっていないらしい。
「せやな。栞も元気そうで良かった」
「えへへ……。ありがとう」
この「えへへ」だ。やはりこの子は変わらない。あの頃のままだ――。
「今月の平日はラジオの仕事あんねん」
「すごーい! すっかり売れっ子だね」
「まぁ……。少しはな。上の人が売り込み上手いから助かるわ」
そんな話をしながら三軒茶屋の街を一緒に進んだ。目的地はない。ただ歩いているだけ。
「月子ちゃん本当にすごいよ! すっかりアーティストだもんね」
「いやいや。まだまだやで? それより栞のがすごいて。まさかこんな早く直木賞取るとはなぁ。今更やけどおめでとう」
「ありがとう! うん。私もビックリだよ。まさか取れるとは思ってなかったからさ」
そう言うと栞は苦笑いした。おそらく本当に取れるとは思っていなかったのだろう。
「読ませて貰ったけど良かったで! ……ってかよくあんな話書けたなぁ」
「あ、読んでくれたんだ! ちょっと今までの話とは違うでしょ?」
「ああ、全然違うな。ファンタジーやないし、かなりエグいしな」
栞の受賞作品『みっつめの狂気』は決して面白おかしい話ではなかった。はっきり言ってかなり癖が強く、読者を選れぶ作品だと思う。幸いなことは私は肌に合ったけれど、苦手な読者だって一定数いるはずだ。
「エグい……か。まぁ、そうだろうね。私も書いてて不安になったし」
「ハハハ、まぁ気持ちは分かるかな。ウチも作詞んときそんな感じや」
「作詞かぁ。作詞できる人ってすごいよね。私には無理だよ。あんなに短い中に全部込めるなんて」
「えー! 小説の方がすごいて。ウチは何十万文字も話書けんし」
作詞と小説。おそらくその両方とも難しいのだ。私はたまたま作詞の適性があった。それだけに過ぎない。まぁ、単純に分量だけ考えれば小説の方が何倍も大変だとは思うけれど……。
それから私たちは商業施設を見て回った。中学時代の延長線のようなウインドショッピング。
「なぁ? もしアレやったらウチのアパート来るか? お茶ぐらい煎れるから」
「そうだね……。じゃあお邪魔しようかな」
そう言うと栞は少しはにかんだ。




