深夜水溶液5
翌月。私は上京した。京都から東京。京都的には下りな気もするけれど一応は上京だ。
東京に着くと地下鉄を乗り継いで下北沢のマンスリーマンションへ向かった。おそらく今日の予定は部屋の確認と生活用品の買い足しだけで潰れると思う。明日はバンドメンバーとミーティングなのでどうにか今日中に済ませておきたい……。と思ったけれどその必要はなかった。やはり西浦さんは細かい人だ。素直にそう思う。
私の予想に反して部屋の洗剤やトイレットペーパーは一月分以上ストックされていた。おまけに冷蔵庫には生鮮食品からお酒に至るまで満タンに詰め込まれている。
考えてみれば西浦有栖はこういう人間なのだ。何をするにしても妥協をしない。たとえそれが自分の抱えるアーティストの生活用品だとしても完璧にしようとする。
よく言えば彼女はかなり優秀なのだ。優秀なんて言葉で片付けるにはいささかイカれてる。それぐらいには優秀だと思う。まぁ……。その反面、彼女の完璧主義に辟易させられることもあるのだけれど。
ともあれ西浦さんのお陰で上京初日にやるべきことはなくなってしまった。まだ時計の針は午後二時。一日は始まったばかり。そんな昼下がり。
とりあえず暇になった。だからどこか行こう。でもどこに行こうか? そんなとりとめの無い思考だけがグルグル回った。見知らぬ土地でひとりぼっちだとやることもほとんどない。
そうやって時間を無駄に浪費していると私の携帯に電話が掛かってきた。画面には『栞』と表示されている。
「もしもし。栞お疲れ」
『もしもーし、あ、月子ちゃんお疲れ様』
聞き慣れた声が電話口から聞こえる。直木賞内定作家。川村栞先生。
「ちょうど良かったわ。上京して暇しとったんよ」
『もうこっち来たんだね! 長旅大変だったでしょ?』
「大丈夫やで。荷物抱えて三軒茶屋から歩いたのは少し疲れたけど……まぁ、そんだけや」
『へー。三茶なんだね』
三茶という言葉をさらりと話す栞に少しだけ違和感を覚える。まぁ東京都内在住なら当然なのだろうけれど。
「いや、住所的には下北沢やで? 最寄り駅が三軒茶屋」
『ハハハ、近いからね……。ねぇもし良かったらお茶でもしない? 今実家に居るからすぐ行けるよ』
「実家? ああ、確か栞の実家ここの近くやったね」
単身赴任の準備に追われてすっかり忘れていた。下北沢は栞の実家から近いのだ。たしか彼女実家は二子玉川だったと思う。
『うん! 三〇分ぐらいで行けると思うよ。どうする?』
「ええで。ウチもぼっちで退屈しとるし」
『やったぁ。じゃあすぐ行くね』
「ああ、待っとる」
それだけ話して電話を切る。中学時代とあまり変わらない。変わったことがあるとすれば家電から携帯に変わったことぐらいだろう。
今から栞に会える。それだけで気持ちが軽くなった。やはり彼女は私にとって大切な親友なのだ――。




