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深夜水溶液4

「けったいな店やな……」

 店に着くなり健次がぼやいた。気持ちは分かる。私だって西浦さんに連れてこられたときは驚かされた。

「せやろ。こんな店あるん知らんかったやろ?」

「ああ、知らんかった」

 健次のリアクションは至極真っ当だと思う。この店は外観からしておかしいのだ。

 まず条例違反かと思えるほどの電飾。多国籍で奇抜な装飾品。どこから持ってきたのか分からないようなマネキン。……そして「ちゃらんぽらん」という店名。どれをとってもツッコみどころしかない。

「なぁ月子? ここって何屋や?」

「一応……居酒屋みたいなもんかな? よう分からんけど」

「なんやそれ?」

「しゃーないやろ。ウチだって一回しか来とらんし」

「なんやそれ!?」

 連続で同じツッコみを受ける。まるで夫婦漫才みたいだ。

「まぁええやろ。それにケンちゃんどこでもええってゆーたやん?」

 私がそう言うと健次は「そらそうやけど……」と押し黙った。金は私が出すのだ。文句を言われる筋合いはない。

 「ちゃらんぽらん」の店内は……。よく言えば華やか。悪く言えば趣味が悪かった。おそらく多くの人が嫌悪感を持つと思う。そんな内装だ。

「いらっしゃい。あら? この前、有栖ちゃんと来た子よね?」

「はい。この間はどうも……」

 店に入ると女将さん(この店で女将さんという言い方が正しいかは分からない)が出迎えてくれた。瞬きのたびに落ちそうなマスカラ。派手な紫のアイシャドウ。控えめに言ってかなりの厚化粧だと思う。

 でも……。その化粧とは裏腹に彼女の顔立ちは整っていた。おそらくすっぴんはそこそこ美人だと思う。少しエラが張っているけれど目鼻立ちが良い。そんな顔。

「こちらこそありがとうございましたぁ。ちょうど個室空いてるけどそこでいいかな?」

 彼女はそう言うと愛嬌たっぷりの笑みを浮かべた。この人は見た目の割にかなりフランクなのだ。言葉遣いも京都のソレとは違う。おそらくは関東の出身だろう。まぁ少なくともそれは西浦さんとの絡みから予想出来たけれど。

 それから私たちは奥にある個室に案内して貰った。予想通り……。のエキセントリックな部屋だ。

「……。してもすごい店やな」

 座るなり健次がそう呟いた。

「ほんまにな。で、何頼む?」

「せやなぁ。……。メニューは普通なんやな」

 普通のメニュー。刺身や揚げ物、その他お酒に至るまで全部普通だった。店や店主がアレなだけに返っておかしく感じる。

「じゃあ俺は揚げ物盛り合わせとビールで……」

「したらウチは焼き鳥と水割りでも……」

 と注文を通す。これといって特別感はない。日常の延長の酒と肴。それだけ。

「はぁ……。来月は忙しくなるなぁ」

 注文を終えると健次がため息交じりにそうぼやいた。

「それな。九月はずっとあっちやしなぁ。まぁ、関東でツアー回るんも悪くないで」

「……。まぁな。でもお前は大変やろ? 俺らはこっちから通いやからええけど……」

「それもしゃーないで。ラジオ出れんのはありがたいことやしなぁ。ま、頑張るわ」

 正直かなり忙しい。でも忙しいことが嬉しかった。生きていると実感できる。きっと私は先天的に多忙が好きなのだ。暇を持て余すよりも寝る暇がないぐらいのほうが良いのだ。移動時間にギリギリで作詞したり、深夜にヴォイストレーニングしたり。そんな切り刻まれた時間の間を埋めることが最高に気持ちよかった。

 健次も私の性格は分かっているはずだ。でも彼はいつも私を心配した。長い付き合いだから思うけれど健次はかなりの心配性なのだ。もし彼に子供……。特に女の子が生まれたら相当なの箱入り娘になると思う。

「にしてもアレやな。栞すごいなぁ」

 思い出したように健次はそう呟いた。私に対してというより遠くに居る栞に対して。その言い方にそんな響きが込められているように聞こえた。

「ほんまにな……。ま、ウチらも頑張ろうな」

 そんなありきたりな返答を返す……。やれやれ。どうやら私もまだ一四歳の傷を引きずっているらしい。


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