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文藝くらぶ14

 一〇時五〇分。店のドアが開く音が聞こえた。反射的に音の方に目を遣る。

「いらっしゃいませ」

 私より先に祖母が来客を出迎えた。二〇代後半くらいの男の人と眼鏡を掛けた大学生ぐらいの女の人……。女の人のほうの左手には白い杖が握られている。

「あの……。待ち合わせなんですが……」

 そう言うと男の人が口元を緩めた

「はいはい、もしかして……」

 と祖母が言いかけたところで私も立ち上がる。

「あの……。冬木さん……ですか?」

 どうにか絞り出した言葉は最高に歯切れが悪かった。気道が狭く感じ、まるで高山にでもいるかのように息苦しい。

「はい……。もしかして半井先生……ですか?」

 ナカライセンセイデスカ? その言葉を処理するのに二秒ほど掛かった。私は半井のべる、それを知っているこの人は冬木紫苑。そんな単純な方程式を頭で解いたような気分だ。

「はい! 半井です! 冬木先生、お会いできて嬉しいです!」

 目の前に冬木紫苑がいる。それだけで私は天にも昇る気持ちだった。私を小説の世界に沈めた人が目の前にいる。信じられない。いや、目の前にいるのだから信じざる得ないのだけれど。

「いやぁ、こんなに若い人だとは思わなかったです……。あ、ほら御苑。こちら半井先生だよ」

 男の人は隣に立っている女の人の手を優しく掴むと私の前に差し出した。

「初めまして半井さん。紫苑です」

 女の人は定まらない視線を私の方へ向けた。眼鏡のレンズ越しに見える彼女の瞳はとても綺麗で宝石のようだ。

「えーと……」

 私はまた言葉に詰まった。紫苑……。と名乗ったということは彼女が冬木紫苑……。なのだろうか?

「とりあえず座ったら? 今お茶入れるから」

 祖母に言われて我に返った。さすがに立ったまま応対するなんて失礼すぎるだろう。

「そ、そうだね。じゃあこちらどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 それから二人を席に案内した。紫苑さん(女)は目が不自由なのか紫苑さん(男)がずっと付き添っている。

「ごめんなさい。ちょっと目が悪くて」

 申し訳なさそうに紫苑さん(女)は苦笑いを浮かべた。

「いえいえ。こちらこそすいません。ニコタマまで来るの大変でしたよね?」

「それは大丈夫! 兄も介助してくれますし、駅員さんも手伝ってくれるので……」

 彼女の言葉一つ一つから状況を整理する。どうやらこの二人は兄妹のようだ。

「では……。改めまして。初めまして! 半井のべるです。いつも文くらではお世話になってます」

 こうやって作家としての自己紹介をするのは本当に久しぶりだ。川村文子として自己紹介することはあっても半井のべるとして名乗るのはそうそう無い。

「ご丁寧ありがとうございます。えーと……。なんて名乗ったらいいのかな?」

 紫苑さん(女)は横に座る紫苑さん(男)の顔を上目遣いに見上げた。

「そうだね……。じゃあ簡単に説明します」

 紫苑さん(男)は額を指先で掻くと冬木紫苑について教えてくれた――。

 彼曰く、冬木紫苑とは兄妹共同のペンネームのようだ。……といっても作品の大部分を書いているのは妹の方らしい。

 キャラクターの設定資料。ストーリー。プロット……。それらの全ては紫苑さん(女)が作っているとか。

「なので御苑が……。妹が冬木紫苑なんですよ。僕はこの子が書いた作品を校正したり、ネットに上げたりしているだけなんで」

 そこまで話を聞いてようやく意味を理解した。妹がクリエイティブな活動をし兄が実務的な処理を行う。まぁ当然だろう。目の前に座る彼女だけではどうあがいても執筆、投稿やメディアミックス展開が出来るとは思えない。

「ずっと冬木先生って男の人だとばかり思ってたのでビックリです」

 私は素直で飾りっ気がない感想を口にした。

「フフフ、けっこうみんなそうみたいですね。私を男性だと思ってる読者さん多いみたいです。あ! ちなみに私の本名は御苑です。それで兄は……」

 御苑さんに振られて彼は「冬樹です」と答えた。

「御苑さんと冬樹さん……。だからペンネーム冬木紫苑だったんですね」

「そう! 私たちの名字が紫村だからそうしました。安直だったかな?」

 御苑さんはそう言うと人なつっこい声で「フフッ」と笑った。

「ちょっと分かります……。私もペンネーム安易だったんで……。」

 私のペンネームもかなり安易なのだ。半井は父の旧姓だし、のべるに関してはNOVELだ。つまり半井の書いた小説。それだけの意味だ。(ちなみに父は婿養子なので私の姓は母方の川村なわけだけれど)

 そんな他愛のない話から始まり、私たちは色々な話をした。

 もっちーさんのこと。秋から始まる文くらのイベントについて。家族の話……。とりとめも無く話は続いていく。

 時間を忘れるとはよく言うけれど、本当に楽しい時間だった。冬樹さんも御苑さんもとても楽しい人たちで一緒にいるだけで素直に嬉しかった。

「御苑、そろそろ」

 冬樹さんは時計に目を遣った。どうやら楽しいお茶会も終わりらしい――。


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