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白い灯台3

 その音楽スタジオは控えめに言って見窄らしかった。看板がなければ零細企業の備品倉庫にみえるかもしれない。壁は元々の色が分からないくらい黒ずんでいた。

「ここで合ってますよね?」

 竹井くんはナビの地図と私の顔を見比べながら不安そうに呟いた。

「合ってるね……」

 としか私は返せなかった。確かにカーナビの地図はこの場所を示しているし、一応は看板も掛かっている。

「とりあえず行きましょうか……」

「だね」

 来てしまったものは仕方ない。不本意だけれど、一応私たちの雇用主だ。

 スタジオの横のコインパーキングに車を停めた。パーキングの左端に植えられた桜の木の葉がカサカサ揺れている。秋の桜。まだ春は当分先になりそうだ。

 近くで見るとそのスタジオの古さが一層際立って見えた。アンティークだとかレトロだとかそんな情緒的な古さではない。例えるならうち捨てられた納屋のような古さだ。私の実家の近くにはこんな感じの小汚い建物はたくさんあった。生活感がかろうじてある廃墟。そんな雰囲気が漂っている。

 意を決してスタジオのガラス戸を開いた。立て付けが悪いのか、ギチギチという嫌な金属音が響いた。

「こんにちはー」

 恐る恐る声を掛ける。

「やや、いらっしゃい。呼び出してすまないね。ささ、中に入って入って」

 社長だ。前に見たときと何ら変わらない老紳士。私たちは彼に会釈すると建物に足を踏み入れた。

 スタジオに入って私はそのギャップに驚かされた。外観があれほど残念だったのに内部は最新鋭で洗練された内装をしている。天井のスピーカーからはドヴォルザークの「新世界より」が流れていた。曲調からおそらく第四楽章だろう。

 各練習スタジオの扉も重厚で高級感があった。備え付けのソファーもテーブルも、その全てが完璧だ。貧乏人の私から見ても分かるくらいセンスの良いと思う。

「まぁ座りなさい。今お茶を煎れるよ」

 そう言うと社長は立ち上がった。

「私がやります!」

 反射的に私も立ち上がる。正直、気が気じゃないのだ。私だって社長にお茶出しさせられるほど図々しくはない。

「ハハハ、気にしないでいいよ。今日、君たちはお客さんだ」

 社長はそう言って私に座るように促した。本当に勘弁して貰いたい。自分の祖父母より年上の人間に接待されるのはあまり居心地のいいものではない。

 そんなやりとりをしていると社長はお茶とお茶菓子をお盆に乗せて戻ってきた。

「有栖ちゃんは良くしてくれるかね?」

 社長は穏やかな口調で言いながらお茶を私たちの前に並べた。反射的に会釈してお茶を受け取る。

「はい! すごく! もう世話になりっぱなしです」

「そうかい。なら良かったよ。ほら、あの人昔は血の気多かったから心配でね。竹井くんはよく知ってるだろうけど」

 今度は竹井くんに話が振られた。竹井くんは「まぁ、そうですね」と無難に答える。

「本当にそんなに固くならなくてもいいよ。ここは僕の隠れ家みたいなものだし、今回呼んだのは会社とは関係ないからね。まぁ……。なんだ。君たちと普通に話したかったんだ。企業的な利害は関係なくね」

 社長は言葉は丁寧で素直で正直な気持ちなのだろう。少なくともそれは理解できた。まぁ、理解できたところで警戒心がなくなるわけでもないけれど。

 気がつくとスピーカーから聞こえるメロディーはサティの「グノシエンヌ」に変わっていた。不安感が高まるメロディー。ピアノの鍵盤を鬱々しく叩く様子が目に浮かぶ。

 ふと、車に残してきたケーキのことを思い出した。モンブランタルトは無事だろうか? そんななんの意味も無い考えが浮かんだ。モンブランタルト強盗なんてのはいないとは思うけれど。

「せっかくだからスタジオ見てみるかい? ここはニンヒアでは一番古いスタジオだから面白いものもあると思うよ」


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