ワタリガラス11
自宅に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。明るいのは兄の部屋と祖父の隠居だけ。(祖父の家だけは別棟だ)
「ただいま」
私は返事のないことを確認するように部屋の奥に声を掛けた。うんともすんとも言わない。やはり家族は出払っているようだ。私の家では珍しくないのだ。親の帰りが午前様になることだってある。勤勉で国家公務員な両親なので仕方ない……。と思うようにしている。
玄関の戸締まり。うがい手洗い。部屋着に着替える。それだけを淡々と済ます。いつも通りだ。兄が二階から降りてこないのも想定の範囲内。
冷蔵庫を開けて中身を確認する。肉と生野菜と豆腐と卵。これだけあれば何とかなるだろう――。
簡単な夕食を済ませるとリビングのソファーに寝転がった。レザーの冷たい温度と革が擦れる感触が気持ち悪い。最悪な寝心地だ。
モデルハウスみたいな家だな。と私は思った。理想を詰め合わせて生活感を排除したような部屋。世間様から見たらきっと「羨ましいわぁ」とか言われそうだ。良くも悪くも理想的な住まいなのだと思う。
でも……。私はこの理想を追求し尽くしたような家が嫌いだった。午前だけ家政婦がやってきて部屋を保全する。そんな環境に辟易していた。この家には人の匂いが無いのだ。愚かでどうしようもなくて自分勝手なそんな人の匂いが感じられない。
きっと間違っているのは私の方なのだろう。両親や兄のほうが私なんかよりずっと優秀だし、お国の役にも立っている。客観的に見てそう思うのだ。
私だけが異質。私だけが宇宙人。そう感じざる得ない。
小さい頃は大人になれば変わると思っていた。大人になれば両親や兄のように『立派な人間』になるんだと信じていた。高校進学までにそれは叶わないと思うようになったけれど……。
おそらく私は両親から期待などされていないのだ。適当な家に嫁に出せればそれで良しとさえ思っているかもしれない。残念だけれどあの人たちはそういう人たちなのだ。世間体と資本主義の奴隷。奴隷でありながら勝者。そんな人たちなのだ。
ソファーに横になりながら天井を眺めた。シミひとつない綺麗な天井。やはり生活感の欠片もない。
そのまま瞳を閉じると不気味なほどの静寂が聞こえた。静かすぎて自身の呼吸と心音だけが聞こえるほどだ――。
そんな静寂を破るように玄関から声が聞こえた。聞き覚えのない声。私は目を開けるとゆっくり起き上がった。時計の針は既に午後九時半を回ろうとしている。




