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白い灯台2

 モンブランを買い終えるとすぐに竹井くんのもとへ戻った。

「おまたせ」

「いえいえ。じゃあ行きましょうか……」

 竹井くんは読んでいた本を閉じるとサイドブレーキを戻す。手慣れた所作だ。

「茶色いモンブランってあんまり食わないから楽しみだよ」

「そこのモンブラン有名なんですよ。下の部分がタルト生地でちょっと食べづらいですけどね」

 特別なモンブランタルト。というのがそのケーキの名前だった。かなりオシャレなケーキだと思う。店内も洗練された内装だったし、オーナーはこだわりまくっているのだと思う。

 それから私たちは皇居を回って目的地に向かった。今日の主目的はケーキを買うことではない。極めて実務的。そんなお仕事の用事。

「やっぱり緊張する?」

「うーん……。少し」

 竹井くんは全く緊張していない様子で返事した。この子はこういう子なのだ。

「なら良かったよ。とりあえずいつも通り叩けば良いと思う。あちらさんだって普段ののんちゃんの演奏に興味持ったんだろうから」

「ハハハ……。だといいんですが」

 竹井くんは照れ笑いを浮かべた。

 目的地は墨田区役所近くのスタジオだった。東京スカイツリーのお膝元にある小さなスタジオ。普段ならまず行かないような場所だ。

「浅草来るのは珍しいです」

「だよねー。先方からの指定だから仕方ないけど正直たるいよ」

 新宿か渋谷ならいいのに。それが正直な気持ちだ。寄りによって下町に呼び出すなんてどうかと思う。まぁ、相手が相手なだけに文句は言えないけれど。

 私たちを呼び出した相手……。それは私たちが所属しているレーベルの社長だった。私も社長とは二、三回しか会ったことがない。彼は高齢な男性……。簡単に言えばおじいちゃんで、ぱっと見は好好爺にしか見えない人だった。完全な白髪、額に深い皺、身長は高くて背筋がピンと伸びていた。

 業界で彼の名前を知らない人物はいない。それぐらいには名の知れた人物だったけれど、彼はあまり世間に顔を出さなかった。テレビ出演はもちろん、雑誌の取材も一切受けない。だから名だけが広まる一方、彼の人格や容姿を知る人はかなり少なかったと思う。

「しっかり……。おじいちゃん何の用事だろうね? 直接呼び出しされるとは思わなかったからびっくりだよ」

「本当謎ですよね……。一応、悪い話じゃないみたいですけど……」

「まぁねぇ……。でもいきなり『有栖ちゃんの大甥のドラム聴かせてほしい』って言われたんだよ? マジで勘弁して欲しいよ……」

 話は前後するけれど『有栖ちゃん』というのは竹井くんの大叔母さんのことだ。西浦有栖。私たちが所属するレーベルの音楽プロデューサーだ。直接的に私たちと行動するのは彼女だった。(竹井くんと西浦さんの詳しい話をすると六五〇〇〇字くらいの中編小説になりそうなのでここでは割愛するけれど)

 普段であれば社長からの伝達は西浦さん経由で行われていた。たとえば、公演計画なんかも西浦さんが窓口になって社長から決済を貰っている。だから直接社長と会うことはかなり希だったのだ。イベントの視察と忘年会ぐらいしか会ってない気がする。

「ま、気楽に行こう……」

 私は自分に言い聞かせるように独り言を呟いた――。

 国道六号線を走る。浅草の街もすっかり秋めいていた。隅田川越しにアサヒビールの奇妙なモニメントとスカイツリーが見える。台東区と墨田区の境目を通り過ぎ、首都高と併走した。落ち葉が舞い上がり、カサカサと枯れた音が聞こえる。

「ここですね……」

 竹井くんがゆっくりとブレーキを踏み込んだ。さて……。どうなるだろう……。


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