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ワタリガラス9

「アリスさぁ。もっと楽しそうにしたら?」

「別につまらなくないよ。もともとこういう顔なだけ」

 一九七〇年一〇月。私は幼なじみの憂子とある大学の学祭に来ていた。

「いい人見つかるかもしんないんだからさぁ」

 憂子は私の態度が気に入らないのか、むくれている。

「そういうのいいよ……。だいたい今日は単なる付き添いでしょ?」

「それはそうだけどさぁ……。はぁ、なんでアリスっていつもそうなんだろう?」

 ほっといてくれ。と素直に思った。私だって誘われなければこんなところには来ない。

 この大学に来たのにはつまらない理由があった。憂子の彼氏の紹介。それだけの理由だ。まぁ……。この場合、紹介というよりは自慢に近いと思う。

「で? 彼氏さんどこにいんの?」

「うーんとね……。美術室だと思う。ほら、彼美術サークルだからさ」

「ふーん……。じゃあ美術室行こうよ」

 憂子と話しながら「なぜ大学に美術室があるんだろう?」というささやかな疑問が浮かんだ。大学生も画用紙に向かい合って水彩風景画を描いたり西洋絵画鑑賞の所感をレポートにまとめたりするのだろうか? そして教授の主観満点に『優』だとか『不可』だとか付けられるのだろうか? そんなどうしようもない疑問が浮かんだ。

 まぁ、無理矢理理由を付けることはできる。世界の絵画やその歴史的背景を学ぶことは就職時のアピールになる……。おそらくはそんな理由だろう。実につまらない理由だ。モネだってレンブラントだってそんなことのために絵を描いたわけではないだろうに。

 私がそんなことを考えている横で憂子は楽しそうに笑っていた。美術室に向かう途中の出店でチョコバナナまで買っている。人工着色料の塊のようなチョコビーンズ。見ているだけで胃もたれしそうだ。

 美術室は学内でも奥まった場所にあった。赤煉瓦の二階建ての校舎。年期も入っている。ここだけ他の講堂と明らかに違うようだ。他の校舎はもっと近代的な建物だったし生徒たちもそちらをメインに使っているのだろう。

「えーとね。美術室は二階の奥だね」

「はいはい」

 憂子はそう言うとバッグから手鏡を取り出して髪を整えた。整える前と後で変化は特にない。

 それから私たちは二階の美術室へ向かった。どうやら一階部分は音楽室らしく、軽音楽器の音色が響いていた。ギターとベースとドラム。私にとって最も聞き慣れたサウンドだ。

「あ! 居た居た! おーい!」

 憂子は手を振ると美術室前の男子大学生の元へ走り寄っていった。どうやら彼が憂子の彼氏らしい。

 憂子の彼氏は良くも悪くも平凡そうな青年だった。『優しそうな人』を絵に描いたような男性でこれといって特徴はない。量産型男子大学生。そう言い換えられるかもしれない。

「初めまして。西浦です。憂子ちゃんにはいつも仲良くして貰ってます」

 私は『まともな人間』を装って憂子の彼氏に挨拶した。口元を少しだけ緩めて口角を上げる。これだけでだいたいの男は好感を持ってくれる。異性的な意味ではない。あくまで人間としての好感。

「こちらこそいつも憂子がお世話になってます……」

 憂子の彼氏は少し戸惑いながらも挨拶を返してくれた。やはり好青年だ。これといった欠点もない。もしかしたら貞操も固いかも。そんな下卑なことを思った。まぁ、私の童貞診断はほぼ当たるのでおそらく彼もそうだとは思う。

 それから私たちは美術室に展示してある絵画を見せて貰った。学生が描いた絵はどれもそれなりで、特別上手いとは思えなかった。あくまで趣味の延長線。そんな絵画が壁一面に並ぶ。

 絵を眺めながら適当に感想を言うと少し罪悪感を覚えた。『色使いが良い』とか『温かみがある』とかそんなどうしようもない感想を言うのは苦痛だし、何より彼らの絵を冒涜している気がする。

 『普通ですね。面白くないです。コレだったら上野の美術館でも行った方がいいですね』と返せたらどれほど楽だろう。人間性が疑われようがその方が芸術的には正しいのではないだろうか? そんなことを思った。当然口には出さなかったけれど――。

 一階からギターの音色が聞こえた。私のよく知っている曲だ。さて……。理由を付けてこの美術室から抜けだそう。私はそう思った。

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