忘れられない
セームルグは私が落ち着くまで、傍にいてくれた。
けど、伝染病ってなんだろう?回復魔法が効かないのは、リオは呪いかも知れないって言っていた。
ソファーにグッタリ寝転ぶような感じで、さっきあった事を思い浮かべる。
至るところにいた黒くなった人がいて……既に亡くなっている人もいたけれど、動く事が出来なくなって苦しそうに助けを求めている声も至るところから聞こえていた……
そばにいる人達も肌が黒くなっていってて、その人達の恐怖と絶望した感情が村中に溢れていた……
「リュカ、落ち着きましたか?」
「うん……少し……」
「もうあの場所へ行ってはいけませんよ。リュカがどうにか出来る事はありませんから。」
「伝染病って、なに?」
「移る病って事です。あの場にいたらリュカも……いえ……リュカは移りません、ね……耐性……?邪気を……払っていますね……だからリュカは問題はありませんが……」
「他の人には移っちゃうの?そうしたら、移った人は皆黒く固くなって動けなくなっちゃうの?」
「そう……ですね。」
「どうしたら止められるの?」
「それは……感染源を見付だし、封鎖、もしくは根絶させ、感染拡大を防ぐ為に、人の出入りを制限します。しかし、この事がどこまで知られているか、国がどこまで把握し、対応するかで変わってくるでしょうね。それに、どうやって拡大していくのかも分からなければなりません。」
「黒くなった人は……どうやったら助けられるの?」
「病気であれば回復魔法で治癒できた筈です。しかし効かないのであれば、呪い……かも知れません。呪いを解くのは、呪いをかけた者が解かなければいけません。もしくは、高度な呪術を操れる者であれば、他の呪いを解くことが出来る場合もあります。」
「じゃあどうすればいいの?移った人達は何も出来ずに、苦しんで生き絶えていくだけなの?」
「そう……ですね……」
「セームルグもなにも出来ないの?」
「呪いは……私には無理です。申し訳ありません。」
「ううん……私も何も出来なかったもの……私が言えることなんて何もないよ……」
「リュカ……これは貴女の手に負える事ではありません。仕方の無いことなんです。早く忘れなさい。」
「忘れるなんて……無理だよ……」
「そうかも知れませんが、どうしようもないんです。それとも、エリアスさんに相談してみますか?」
「勝手に他国へ行った事が分かれば、エリアスは凄く怒るよ。また赤くなっちゃったらイヤだもん……」
「あそこまでなったのには……いえ、そうですか。とにかく忘れなさい。そうすることが最善です。分かりましたね?」
セームルグはそう注意して、私の中へと消えていった。
まだ思い出すと涙が出ちゃう。
苦しそうにしてた。
体が黒く固くなっていってて、声を出すことも出来なくなっていって、それから息が出来なくなって……
至るところで泣き声と、助けを求める声が響いていた。
だけど私は何も出来ずに逃げ出してきた……
怖い……怖いよ……
何の呪いなの?
なんで村中の人が呪いにかかったの?
どうすれば助けられるの?
私はどうすれば良いの?
何も出来ないよ……
ただ見てるだけで、私は何も出来なかった……
「あ……そろそろ行かなくちゃ……」
帝城に行く時間なのに、行く気になれない。こんな状態でリオにも会いたくない。けど、行かなくちゃ皆が心配する。私が勝手に他国へ行った事が分かったら、きっと皆に
「もう絶対に行っちゃダメだからね!」
って言われる。
もちろんエリアスも凄く怒る。
ううん、怒るんじゃなくて心配してるからそう言うんだ。
だから帝城に行かなくちゃ……
とにかく行かなくちゃ……
空間移動でリオの部屋に行く。
いつものようにリオとミーシャとテオがいて、笑顔で
「おはよう!」
って言ってくれる。私も同じように
「おはよう」
って言う。
「リュカ?」
「どうしたの?リュカちゃん!」
「え……」
知らない間に涙が零れてた。
急いで涙を拭うけれど、全然止まらなくってどうしようもなくって……
ミーシャが抱きしめてくれて、思わずそこで泣きじゃくってしまった。
私が泣いてもどうしようもない。何もならない。ただ皆を困らせるだけ。
分かってる。分かってるけど、涙は止まってくれなかった。
「今日は勉強はやめておきましょうね」
ってミーシャが言って、ずっと私の傍にいてくれた。
リオも心配した感じでいてくれてたけれど、ミーシャに言われて一人先生と勉強する事になった。
何度かミーシャに
「どうしたの?何かあったの?」
って聞かれたけど、何も言えなくてただ首を横に振る事しか出来なかった。
お昼になって、みんなで食事を摂る事になっても食欲はなくて、何も食べる気にはなれなかった。
その時にはもう涙は止まっていたけれど、あの黒くなった人達を思い出すと、胸が締め付けられるように苦しくなる。
でも、せっかく用意してくれたんだから、ちゃんと食べないとって思って、無理に口に運んで飲み込んでいった。あまり心配させちゃいけないから、
「もう大丈夫だよ」
って笑顔で言って、頑張って食べていく。
「リュカ、無理しなくて良いんだよ?」
ってリオが優しく言ってくれる。その言葉が嬉しくて、でも何も言えなくて、言葉を何度も飲み込んで笑顔を作ろうとしたところで、込み上げてきたものがあって……
今食べたものを全部もどしてしまった……!
ミーシャもマドリーネもリオも駆けつけて、私の背中を擦ってくれたり、汚した物を処理してくれたりしていた。
何度も
「ごめんなさい」
って言うけれど、誰も私を責めなくて、
「謝らなくていいのよ!それより大丈夫なの?」
って心配してくれる。
優しい人達をこれ以上心配させちゃいけないのに……!
「リュカ?!大丈夫か?!」
「あ……エリアス……」
まだお昼過ぎなのに、エリアスが帰ってきた。どうやら私の調子が悪いみたいだって、誰かがゾランに伝えたみたい。
エリアスの顔を見たら、また涙がポロポロ零れてきた。私を抱き上げて、ずっと頭を撫でてくれる。
「帰ろうな?」
って言われて、ゆっくり頷くと、エリアスは皆に
「すまなかったな」
って言ってからその場を去った。
皆が私を心配して、凄く申し訳ない気持ちになる。エリアスにもそうだ。私の為に仕事を早く切り上げて帰ってきてくれたんだ。
「リュカ、どうした?何かあったのか?」
「ううん……何もないよ……」
「昨日の事……か?」
「違うよ?もう大丈夫だから。ごめんなさい、お仕事だったのに……」
「それは良いんだ。俺はリュカが一番大切だからな。リュカがこんな状態なのに仕事なんかしてらんねぇよ。」
「もう平気だよ。」
「無理しなくていい。今日はゆっくりしよう。な?」
「うん……」
ソファーに座るエリアスの膝に座って、その胸に顔を埋める。やっぱり一番安心できる。
守ってくれているこの腕が心地いい。怖かった思いと、罪悪感だらけのどうしようもなかった気持ちが少しずつ無くなっていく……
気づくとそのまま眠っていた。
早く忘れなさい
セームルグが言った言葉が頭に響く
そうできたら良いんだけど
きっと私は忘れる事なんか出来ないんだ
あの光景を忘れる事なんか出来ないんだ




