望むこと
朝陽が目に優しく届く。
目覚めると、そこにはいつものようにエリアスがいる。
まだ眠っているエリアスの鼻と口を手でギュッて塞いでその呼吸を止めてあげると、「うがぁぁっ!」って言ってすぐに起きる。いつものこの感じが凄く楽しい。こんなことをしても、エリアスは絶対に怒らない。いつも笑って許してくれる。
一緒に一階に下りて、二人で朝食の準備をする。昨日作ったスープの残りと、パン、それと今、エリアスが焼いてくれてる卵とベコンが今日のメニューだ。
私はスープを温めていて、それをスープボウルに入れていく。テーブルに持っていって、スプーンとフォークとナイフを用意したら、エリアスがベコンと卵にサラダを添えて持ってきてくれた。
「いただきます!」って手を合わせてから、テーブルを挟んで一緒に食べる。
「ねぇ、明日は私が卵とか焼きたい!」
「そうか?じゃあやってみるか?」
「うん!もう切るだけとか飽きちゃったし……」
「魔法で切るようにしてみたらどうだ?」
「あ、そうか!じゃあ今日はその練習をする!」
「ハハハ、そっか。リオと一緒にか?」
「うん!エリアスに魔力制御の仕方を教えてもらってから、もう随分と魔法も上手く使えるんだよ?!先生にもいつも誉められるもん!すぐにでもエリアスと一緒に仕事に行けるんだからね!」
「いや、それはダメだ。リュカが俺のしている仕事をする必要はねぇよ。ちゃんと勉強して、帝城で働くのが良いんじゃねぇか?」
「やだ!私は外の世界が知りたいの!色んな所へ行って、自分の目で見て知っていきたいの!」
「俺は出来れば帝城で大人しくしてて欲しいんだけどな。」
「帝城は空気が悪いもん。嫌な感情が多いから疲れちゃうだもん。」
「まぁ、そうだな。殆どの奴等の感情は見えてる状態とは違うから、リュカが疲れんのは仕方ねぇよな。」
「リオの部屋くらいだもん。安心できるの。それ以外は……あ、エリアスの部屋!」
「あぁ……そうだな。最近はあんま使ってねぇけどな。」
「私はたまに行くよ?だってあそこで暮らした思い出があるもん。あ、マドリーネとお喋りしたい時なんかも、あの部屋でお茶してるんだよ!」
「へぇー、そんな事してたのか。まぁ、自由に使えば良いよ。俺はここでのんびりするのが今はいちばん良いかな。」
「うん。それは私もだよ。このニレの木が側にあるこの家が、私が一番安心できる場所だよ。」
「そっか。」
嬉しそうにエリアスが微笑みながら私を見る。いいな、こういうのって。こういうのが幸せっていうのかな。きっとそうなんだろうな。
「じゃあ片付けるか……」
「あ、いいよ。私がするから。エリアスは先に仕事へ行って!」
「え、けど最近いつもそうしてるじゃねぇか。たまには俺が……」
「良いの!エリアスは仕事してるんだから、私がするの!」
「……分かった。じゃあ、あと頼むな?」
「うん!あ、今日はリオの誕生日だから、早くお仕事切り上げてね!」
「そうか。分かった。リュカも祝って貰うのか?」
「うん。そうしてくれるみたい。」
「そっか。良かったな。じゃあ早く帰れるようにするな?」
「うん!いってらしっしゃい!」
エリアスを見送って、朝食の後片付けをする。光魔法で浄化して食器の汚れを取ってから、風魔法で浮かせて食器棚に戻していく。
部屋中同じように浄化させて、綺麗な状態にしておく。
外に出ると小さな畑があって、そこで野菜を栽培している。でもここは魔素が多いから、普通の野菜には育たない。見た目は同じなんだけど、栄養素以外に何かが付与されたようにあって、それは野菜によってさまざまだ。芋には能力アップの効果があるし、ニンジーには魔力アップ、キャベチには体力アップの効果があって、他の野菜にも解毒効果、麻痺治し効果と色々ある。
この事はここに住むようになって、畑で野菜を作ってから気づいた事で、試しに色んな野菜を作ったりもした。
なぜそうできたか、と言うと、ここでは凄く早くに野菜が育つからだ。朝に種まきをしたら、夜にはもう野菜ができているのだ。だから色んな野菜の効果を試す事ができた。
同じような効果の野菜もある。けれど、特殊な効果を発揮する物もあって、それの取り扱いには注意が必要なんだって。
特殊な効果も色々あって、その一つが使える属性を一つ増やす事ができる、というものだ。
私とエリアスは全ての属性の魔法が使えるけれど、普通であればそうじゃないらしい。普通の人は、一つか、多くて二つの属性しか得られないんだって。だから、この属性を一つ付与させるというのは、凄く特殊で貴重な事なんだって。
ゾランに言ったら、「決して口外してはいけません!」って言われた。それから、「容易く外部に持ち出さないように!」とも言われた。そう言われたのもあったけど、外に持ち出す事なんて考えても無かったから、野菜は自分達で食べるようにしている。
エリアス曰く、私たちは元より能力が高めだし、属性も全てが使えるから、この野菜を食べてもあまり変わらないんじゃないか?との見解を示していたし、私もそう思う。
ここに引っ越してきて、エリアスと私は穏やかな時間を過ごせる事が多くなっていた。
この場所は普通の人には近寄る事さえ出来ない場所らしくて、それは魔物もそうで、こうやって普通に生活できる私たちが変わっているんだって、エリアスがそう言っていた。
だけど、私はこの場所が大好きだ。私たちの家は大きくはないけれど、2階建てでちゃんとお風呂もあるし、エリアスの部屋があって、それに私の部屋もあるんだよ!でも寝るのはいつも一緒に寝る。だって一人はもう嫌なんだもん。
目が覚めて一人だと、まだあの洞窟での生活を思い出しちゃう。だから、そばに誰かがいてくれているのが嬉しい。それがエリアスなのが一番嬉しい。うん、私は今、凄く幸せなんだ!
空を見上げると、凄くいいお天気だ。お陽様が暖かくて、雲は多くなくて、遠くから小鳥の囀りが聞こえる。生き物は近くに寄りつけないけど植物は育っていて、花もあちらこちらに咲いている。それに、耳を澄ませば色んな生き物の声が聞こえてくる。自然に囲まれているこの場所は、山で育った私には心地の良い場所なんだ。
今日も日課になっている事をするべく、目を閉じる。魔物の気配を感じるようにして、気を飛ばしていく。
ラミティノ国の南……森が生い茂っている場所で……魔物の赤ちゃんが生まれた……
あれはアクスビーク……鳥の魔物だ。
その場所まで空間移動で飛んでいく。
私が現れたから、親のアクスビークは驚いて警戒をする。控えるように言い、生まれたばかりの雛の頭を優しく撫でる。『お前も人間を襲ってはいけないよ』と告げて優しく微笑み、その場を去る。
次にアーテノワ国の東側へ行く。魔物を討伐に行く冒険者たちがいたので、翼を出して飛び上がり、見られないようにして魔物から襲われないように加護を付与する。そっと離れて着地する。
うん、大丈夫。
今日は特に他に何もなさそう。
それから空間移動でオルギアン帝国のエリアスの部屋までやって来た。
最近はいつもこんな感じで、エリアスが仕事に行ってから、魔物の気配を辿って動向を探り、事前に動きを封じる。
これはエリアスには内緒にしている。だってエリアスはこんなこと、絶対に許してくれないもん。私が仕事について行くのも嫌がるし、もう魔物とは関わって欲しくないって思っているんだと思う。けど、私のこの能力は他の人は誰も出来ない事だから、私がどうにかしないといけないと思う。
そしてこれは、私が魔物の巣窟から逃げ出した事で街が魔物に襲われ、その犠牲になって亡くなった人たちへの償いでもある。
こんなことで償えるとは思わないけど、そうしないと自分で自分が許せないんだ。
今日はリオの誕生日。私のお祝いもしてくれるみたい。本当は私は、もう少し後に生まれていると思う。生まれた日が寒かったのを覚えているから。けど、そんな事はどうでも良くて、こうやって生まれた事を祝って貰えるのが凄く嬉しい。生きてて良いんだって思える。
リオの部屋へ行くと、去年と同じようにリオの機嫌はすごく良かった。
私も嬉しくなって、思わず微笑んじゃう。
こうやって過ごしていけたら良いな。
いつまでもこのままだったら良いのにな。




