後処理
冷たくて濡れた感触に目が覚めた。
何が起こったのか最初はよく分かってなくて辺りを見渡すと、何かから水が噴き出していて、それが部屋中飛び散っている。
なんだ?何が起きた?!暗殺者でも来て俺を殺しに来たか?!
そう思って飛び起きて、そばに置いてあった剣に手をやってしっかりと気配をたどる。しかし、あったのはリュカの気配だけで、水を噴き出させているのはリュカだった。
驚いてリュカを見ると、リュカも自分のしている事に戸惑っていた。なんとか水は止められたみたいだけど、辺りは全てが水浸しになっていて、それにリュカは申し訳なさそうな顔で佇んでいた。
風魔法で水の処理をし、部屋を元通りにする。それからリュカの元へ行って何があったのかを聞く。
リュカの能力が覚醒した。
夢に出てきたセームルグとテネブレがそう言ったらしい。
リュカはただの夢かも知れないって言うけれど、そうじゃない。こんなに大量の水を出そうと思って出した訳じゃないって、それは覚醒した能力に歯止めが聞かなくなっているとしか考えられねぇ。
昨日俺の暴走を止めようとして、リュカはテネブレの力を借りた。それが引き金になったのかも知んねぇ。いや、多分そうだ。きっとそうだ。
ったく、何やってんだよ、俺は!
自分のしてしまった事に、今更ながら腹が立つ。反省するくらいなら、はじめからしなきゃいい。前にリュカはそう言っていた。全くその通りだ。それは最もだ。だけど俺はまた同じことを繰り返してしまった。
何度こうやって自分の不甲斐なさに落胆すれば気が済むのか。マジで俺はどうしようもねぇ。感情のままに行動した結果がこれだ。情けなさ過ぎて涙も出ねぇ。
リュカの能力が覚醒したのなら、リュカの命は一年ももたない。前にそうテネブレが言っていた。これは早くあの不死身の魔物、フレースヴェルグを倒さなければいけねぇな。
リュカを抱きしめながらそんな事を考えてると、急にリュカの力が抜けた様でダランと俺にもたれ掛かってきた。どうしたのか、と思ってリュカを抱き上げると、リュカは眠ったみたいだった。けれど、ただ眠くなってって感じじゃなくて、多分魔力を一気に使ってしまったから力が無くなってしまったんだろう。
リュカを抱き上げたまま、ベリナリス国のニレの木の元までやって来た。そこで暫くリュカを膝の上に乗せて抱きかかえ、木にもたれ掛かって朝陽が昇って行くのを眺めていた。
「ん……あれ?ここは……」
「起きたか?ここはニレの木の元だ。リュカに魔力を補ってた。大丈夫か?」
「あ、うん。私、寝ちゃってたの?」
「あぁ。いきなり魔力を使いすぎたからな。まだ慣れてねぇからかも知んねぇな。さ、帰って飯でも食うか。」
「うん!お腹すいた!」
帝城へ戻って部屋で朝食を摂る。いつもよりリュカはすっげぇ食ってた。そんな小さな体のどこに入るんだ?ってくらい、食べても食べても足りないような感じで食べまくっていた。これには給仕係も驚いていた。
多分魔力もそうだけど、知らずに体力も奪われていってるんだろう。それを無意識に食事で補おうとしてんだろうな。
食事が終わって、今日もリュカをミーシャに見て貰う事にする。送り届けてから、俺はすぐにゾランの仕事部屋へ向かった。
朝早い時間なのに、ゾランは既に山程の書類の前で仕事に没頭していた。
「ゾラン、それは昨日の後処理か?」
「え?あぁ、エリアスさん、おはようございます。まぁこれは……そうですね。色々と必要なんですよ。他国……シアレパス国での取引でしたからね。王族へ届ける調査書と報告書、カータレット侯爵の行為を糾弾する為の証拠を書面でも残さないといけませんし、クレメンツ公爵にも書面を、あとはゲルヴァイン王国へも書状が必要で……まぁやることは尽きないんですよ。」
「そうか……そうだな。俺がしてしまった事の後始末も必要だろうしな。」
「まぁそれは何とかしますよ。あ、それから捕らえられていた人の中に、クレメンツ公爵家の諜報員がいました。その者が証言してくれる事になっているので、すごく事が上手く運びそうです。」
「諜報員が捕らえられてたのか?」
「恐らくクレメンツ公爵が仕込んでくれていたのだと思います。流石ですね。」
「そうだな。ムスティス公爵にも頭が上がんねぇよな。」
「助け出した人達から記憶を消しますか?今回は組織の者達に酷いことはされていないようですが……」
「俺が近づく事の方が怖いんなら、姿を見せねぇ方がいいんじゃねぇか?」
「それは……」
「自分の撒いた種だ。仕方ねぇよ。あと、この件で俺がする事はないか?」
「後で兵達の元へ行って下さい。それと、ゲルヴァイン王国からの使者と、シアレパス国のギルド長と兵隊長の記憶から、エリアスさんの記憶を無くして貰えますか?」
「カータレット領の兵達は……大丈夫なのか?」
「ギルド長と兵隊長は現在、正気ではいられなくなっています。それはエリアスさんが幻術を施した時のような状態です。証言を取りたいので、何とか正気にさせて頂きたいのです。ゲルヴァイン王国の使者には、こちらが危害を加えたという事実を無くしたいのです。その他の兵達は……自業自得ですよ。まぁ、でも後で、エリアスさんの力を口外しないように言って貰えますか?」
「分かった……」
「僕からは以上です。」
「あ、俺からはまだ言いたい事がある。」
「なんですか?」
「リュカの能力が覚醒した。」
「え?」
「多分、昨日テネブレの力を使ったからだろうな……」
「そうなんですか?!」
「恐らくな。テネブレの力は強力だ。その力を使うのに、自分の能力を引き出さないといけなかったのかも知んねぇ……」
「確かに……僕、昨日初めて精霊の姿を視たんです。僕には精霊や霊を視る力は無かったんですが、僕がテネブレを呼び出してしまった事と、テネブレが強力な精霊だったという事で、恐らく視えたんだとは思いますが……凄いですよね……精霊って……」
「あぁ、アイツはすげぇからな。」
「威圧感が半端なかったです。それに、テネブレを宿したリュカも、何て言うか……その……」
「魅了にあてられたか?」
「……はい……」
「仕方ねぇ。あれに抗える奴はそうそういねぇよ。で、そんな力を使わしちまったから、リュカの能力が覚醒してな。朝、水魔法を暴走させちまってた。」
「え?!そうなんですか?!」
「まぁ、ちゃんと部屋は元通りにはしておいた。リュカはそれからすぐに倒れるように眠ってしまってな。朝食の前にベリナリス国のニレの木まで行って魔力を補ってたんだ。」
「そうなんですね……あ、じゃあテネブレのあの力が常にって事に?」
「いや、そうはなってねぇ。多分だけど、テネブレがその力を抑えてくれてんじゃねぇかな。リュカを守る為に。それでなくても、リュカはこのままだと一年も持たねぇ。」
「えっ?!それは本当ですか?!」
「あぁ。テネブレが前に言っててな。今は黒龍から奪った力があるけど、それが無くなると大量の魔力と体力を他から補い続ける必要があるんだ。今リュカの体内で、セームルグとテネブレがその命が尽きねぇようにはしてくれてるみたいだけどな。」
「そうだったんですね……」
「だから近々、俺はフレースヴェルグを倒しに行く。話はムスティス公爵に通している。あとは決行日と決行する場所をムスティス公爵と調整するって感じだな。」
「分かりました。こちらで力が必要であれば、何でも言って下さい。協力しますから。」
「ありがとな。あ、それから、リュカの食欲がやべぇ。」
「え?食欲?」
「あぁ。多分体力を補おうとしてるとは思う。無意識にな。だからいつもより多く食事の用意をしてやってくんねぇかな。」
「分かりました。」
「それと……ベリナリス国のニレの木の辺りに家を建てようと思ってる。あの場所は誰の土地なのか調べて貰えるか?」
「ニレの木……そこで常に魔力を補うんですね。ではお住まいはそちらに移されるおつもりで?」
「そうだな。ここは仮住まいのつもりだったし、孤児院はリュカには厳しいだろうしな。いずれ孤児院も誰かに引き継いでもらうつもりだ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。けど資金提供はするけどな。」
「分かりました。お調べ致します。分かり次第、報告致します。」
「頼む。それと……」
「まだ何かありますか?」
「昨日、ミーシャは大丈夫だったか?」
「あ、あぁ……はい、何とか。ハハ、ミーシャはすぐに勘違いしてしまうところがありますからね。キチンと話して分かって貰えましたよ。まぁ、僕を信じているって感じでしたけどね。」
「確かに、俺に男もイケるのかと言ってたくらいだしな。ゾランは言い寄られていたと思ったんだろうか。」
「みたいです。相手がエリアスさんだったから、どうしたらいいのか凄く困ったって言ってました。」
「俺がゾランとか……ありえねぇ!」
「僕もですよ!」
「なんだ?俺じゃ不足か?」
「僕が女性ならエリアスさんを好きになってたとは思いますけど!ですが……!」
「うぉ!マジか!」
「あ、いえ、こ、これは冗談ですから!」
「ハハハ、分かってるって。じゃあ、頼むな!」
部屋を出てから、またリュカの様子を見に行く。そっと覗くと、リュカはいつも通りにリオと勉強をしていた。ミーシャと昨日の事を話すと、「勘違いしてすみません!違ってて良かったです!」って笑っていた。
リュカの事は気になる。けど、今日はゾランに言われた事をしねぇとな。
ミーシャにくれぐれもリュカを頼むなって言って、その場を後にする。
また魔法が暴走しなけりゃ良いんだけどな……




