暴走
氷の矢が結界に阻まれて、その効力を失っていく。
良かった……間に合った……
と思った瞬間、溢れ出た矢がリュカの左肩を貫いた……!それを受けて、リュカの左腕は皮一枚で繋がってるみたいにダランと垂れ下がっていた。
「あ……」
「リュカっ!!」
よろめいて倒れそうになったリュカをすぐに抱き寄せて、回復魔法を施す。すると傷口は綺麗にふさがり、何もなかったように腕はちゃんとそこにあって、元通りの状態になった。
しっかり抱きしめてから、その体の全てが無事かどうかを確認する。
大丈夫だ。どこにも怪我はない。
しかし俺は許せなかった。
俺のリュカに何してくれんだよ……
こんな事して、許されるとか思うんじゃねぇぞ……?
「エリアス……」
「リュカ、何ともないか?」
「うん、大丈夫だけど……あ、その……ごめんなさい……」
リュカのその言葉に答える事なく側にいたオルギアン帝国の兵士にリュカを託し、俺は兵隊長の元へとゆっくり歩いて行く。
「エリアス……その眼……っ!」
リュカのそんな声も気にならない程に頭に血が上る。誰の声も届かねぇくらい、俺の怒りはピークに達していた。
「な、なんだ……おま、え……」
兵隊長は恐ろしい者でも見ているかの様に驚愕の表情を浮かべ、震える体でゆっくり一歩、二歩と後退る。その眼には、髪と瞳が真っ赤になった俺の姿が映し出されていた。
兵隊長が後退ったその分、俺も更に一歩二歩と歩み寄る。
「く、来るなっ!こっちに来るなぁっ!!う、うなれ!蠢け!極寒の矢っ!!」
兵隊長は叫ぶようにして氷の矢を俺に向けて放つ。さっきよりも大きく勢いのある矢が大量に俺に向かって飛んでくる。
けれど、その矢が俺の元へ届く事はなかった。俺の近くまで飛んで来たその矢は、一瞬にして全て水へ変わり、それからすぐに蒸発して気化していったのだ。
恐ろしいモノでも見るような目で俺を見た兵隊長は、その場で腰が砕けたようにして崩れ落ちた。それでも後退る事を止めずに、震える体でなんとか俺から離れようとする。
そんな兵隊長へ詰め寄り胸ぐらを掴むと、兵隊長は一気に燃え上がった。
俺は今、魔法も何も発動させていない。もちろん炎の精霊インフェルノも呼び出してはいない。けれど俺の体は炎に包まれたように熱くなっていて、まるで炎を体に纏っているような感じだ。それはインフェルノを呼び出した時よりも熱く、けれどその感覚がすげぇ心地よくて体に馴染んでいて全く違和感がねぇ。
炎に巻かれた兵隊長は悶え苦しみ、その炎から逃れようと蠢いている。
大丈夫だ。まだ殺さねぇから。
さっき覚えた水人形を何体も作り出す。水人形は兵隊長に水を浴びせ、身体中の炎を消していく。水人形を作り出す時に回復魔法を合わせておいたから、兵隊長は徐々に回復していった。その水人形は兵隊長に重なるようになって覆い尽くしていく。今度は息が出来なくて、空気を得ようと暴れ、もがき苦しむ。
その様子を見ていたギルド長も恐怖に顔を歪めながらも、土魔法を放ってきた。
俺の足元の土が吹き出した様に飛び上がり、それが無数の鋭い針の様になって全方向から俺を襲う。だからこんなんじゃ効かねぇんだよ。
手のひらを前につきだすと、その土の針はピタリと止まる。その一つ一つに炎が宿り、それをぐるりと大きく回転させて勢いを付け、ギルド長へと向かうようにしてやる。
炎の針と化した土の針は次々とギルド長の体に突き刺さり、そこから全身を焼き付くすように炎が広がっていく。
俺の眼を盗んで逃げ出そうとしているゲルヴァイン王国の使者の周りを炎で囲むようにしてやる。火の柱は燃え上がり、何十メートルもの高さまで上り詰めていく。コイツ等とお前達は同罪なんだよ。感電して気絶させるだけとか思うな。もう二度とこんな事をしたり考えたり出来ねぇようにしてやっからよ。
「エリアスっ!もうやめてっ!エリアスっ!!」
「エリアスさん!落ち着いてください!お願いします!」
遠くでそんな声が聞こえるけど、気にならねぇ。それよりも、コイツ等をどうにかしてやらねぇと、俺の気がすまねぇんだよ。
苦しむ兵隊長から水人形を離してやると、空気を求めるように何度もゼイゼイ言いながら大きく細やかに呼吸を繰り返す。
ギルド長は火だるまになって見悶えている。土の針を操って、全てギルド長から抜き出して俺の手元に戻す。ギルド長から炎を消してやって、死なないようにしてやる。俺って優しいよな。まぁ、色々聞き出して証言させねぇとダメだから殺せねぇんだけどな。
さぁ、次はどうしてやろうか。
もっと怯えて貰おうか?体を痛めつけて、今までの悪事を嫌と言う程後悔させてやろうか。それとも幻覚を見せて死んだ方がマシだと思うくらいの恐怖に晒してやろうか。
俺を敵に回すとどうなるかしっかり理解して貰わねぇとな。俺のリュカを傷付けたその代償、とくと思い知るがいい……!
「エリアス」
そう俺を呼んで目の前に現れたのは……
「アシュリー……」
それは黒い瞳と髪をした妖艶な雰囲気を放つ、闇の精霊を宿したアシュリーの姿だった。 その姿に何も言えずに、思わずその場に立ち尽くしてしまう……
「エリアス、落ち着いて周りをよく見て……」
「え……」
そう言われてやっと、俺は辺りを見渡した。
そこには、俺の放った炎が飛び火して燃え盛る駐屯所や転送陣のあった建物があって、盗品を積んだ馬車も全てが燃えていた。
捕らえられていた人々も支え合うようにして抱き合って震えていて、裏組織の連中も、オルギアン帝国の兵達でさえも恐怖に顔を歪めて俺を見詰めていた。
その様子を見て、やっと冷静になれた俺の頬を支えるようにして、アシュリーは俺の目をしっかり見て、それからニッコリ微笑む。
「あ……俺……」
「私が誰だか、分かる?」
「アシュリー……か?」
「テネブレ……」
そう言うと体からテネブレが抜け出して、俺の目の前にテネブレが姿を現す。それから黒い光の粒になって元の体の中へと消えていった。俺の頬を触れていたその手は離れていって……
崩れ落ちそうになるその体をすぐに支えると、それはアシュリーじゃなくてリュカだった。
「リュカ?!」
「エリアス……元に戻った……!早く、火がっ!」
「え……?」
駐屯所が燃え盛り、それが裏の木にも燃え移り、木々が炎にのまれていく。その炎を全て自分の元へと戻すように手のひらを付きだすと、炎は手に吸収されるように全て俺の元へと帰ってきた。
炎で明るくなっていた一帯は一気にその明るさを失って、静寂な闇へとその姿を変えていく。
その様子を、誰も何も言えずにただ見ていて、誰もがその場で動けない状態でいるしかなかった。
「エリアスさん……」
「え……あ、ゾラン、いつの間に……」
「兵達が、エリアスさんが暴走していると知らせに来たんです。僕はエリアスさんを止めに来ました。」
「……すまねぇ……」
「この事はまた後で話しましょう。まずは後始末を……」
「あぁ……」
俺はすぐにここら辺一帯に回復魔法を放ち、俺が怪我をさせた奴等を治癒させて、燃えて朽ちた建物も復元させていった。
そうすると、あっという間に辺りは元通りの状態へと戻っていった。けれど、俺を見る人々の目はさっきと変わらず、恐怖に満ちて怯えたままだった。
自分のしてしまった事に何も言えずに、ただその場で立ち尽くす。
そんな俺を見たリュカは、そっと俺と手を繋いできた。
リュカを見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。その手を取って優しく抱きしめて、それからリュカを抱き上げた。
「ごめんなさい……エリアス……ごめんなさい……」
「あぁ。俺の方こそ……すまなかった……」
それ以外に何も言えなくて、ただしばらくリュカを抱きしめながら、俺たちもその場で動けずにいたんだ……




