ルテフィエの街
リュカが空間を操る精霊と契約した。
って事は、何処にでも行けるようになったってことだ。
リュカはまだ幼い。なのに行動力が有りすぎる。何にでも興味を持つことは良いことだけど、それが強すぎると危険が付いて回る事になる。だからと言って何でも抑制するのは良くねぇし、けど放っておくといつ何処に行くか分かったもんじゃねぇ。これは心配の種がまた一つ増えたって事だ。
朝リュカと別れる時に、何度も「勝手に色んな場所に行かないように!」と念を押す。リュカは「分かってるよ!」ってニコニコ笑いながら言うけど、この笑顔をどこまで信じて良いのか……
能力が有りすぎんのも考えもんだな。
今日はシアレパス国のカータレット領にある街、ルテフィエで取引がある。この街は古くからフレースヴェルグを神聖化していて、埋葬方法がフレースヴェルグへの供物となっていた場所だ。
今でこそその風習は廃れつつあったが、未だに崇拝している者が多いのも事実だ。
そんな中、供物が無くなったとかでフレースヴェルグの姿を見ることになったとして「神がお怒りになった!」とか言い出す高齢者が後を絶たないらしい。信じこんでいる者程厄介なもんはねぇよな。
そこに朝から俺は潜入してこの街の冒険者になりすました。小さな街でここは田舎だから、知らない奴がいたらすぐに不審に思われる。けどそこは俺の魔眼でどうとでもできる。
会った人の目をしっかり見つめ、知っている人物だと脳に植え付ける。するとすぐに知り合いに会ったような態度に変わってくれる。これは幻術の一種だ。
そうやって朝から様子を見る為に俺は街に潜入し、住人と交流を図っていく。俺を昔からの住人だと思い込んだ人達から、最近起こっている事なんかも聞くことが出来た。
「よう!元気か?!」
「え?あ、えっと……アンタは……」
「何言ってんだよ?俺だよ、エリアスだ!」
「あ……あぁ、そうだ、エリアスだな!元気だぞ!」
「そりゃ良かった!最近どうよ?景気はよ?」
「それは分かるだろ?うちは葬儀屋だぜ?」
「あぁ、そうだな。埋葬方法が変わって大変なんじゃねぇのか?」
「そりゃそうさ。遺体は土葬になったんだぜ?土地も必要になるし、棺入れる穴を掘ったりも大変だしな。その割りに金になんねぇんだよ。」
「へぇ?そうなのか?」
「供物とするって事は、神に捧げるって事だろ?そういう事には金に厭目はつけないもんなんだよ。けどな、土葬ってなったら必要経費だけで色を付けてくれねぇんだ。土葬の方が人手がいるし体力使うし、土地も必要だしで大変なんだよ。」
「やっぱそうだよなぁー。」
「だからな、あ、これは言うなよ?土葬が嫌だって言う高齢者の遺体を秘密裏に請け負ってるんだ。遺言を聞いておいてな。供物にされたいってことを事前に聞いて回ってるのさ。念書を貰っておくと、家族も納得してくれる。そうなりゃこっちのもんだぜ?」
「この街は高齢者が多いからな。丁度良いじゃねぇか。」
「だろ?でな。この街以外でもそうしておくと、結構金になんだよ。」
「他の街や村でもか?」
「まぁな。」
「でもそうなると、依頼があれば誰でも供物になれるって事にならねぇか?」
「まぁ、それはそうだな。」
「例えば、事件性のある遺体の場合もあるんじゃないのか?」
「おい!滅多な事は口に出すなよ!それはこの業界じゃ暗黙の了解だろ?これは領主様も黙認して下さってるんだ!」
「そう、だけど……」
「そんなに金にはならねぇよ?けどそれを請け負う事で税金が免除されるし、目を掛けて貰えるからな。俺がしなくても他の誰かがするんだよ。誰かがやらなきゃならねぇ事なんだ。分かるだろ?」
「そうだな……」
「それでも供物にするのはメッキリ減ってきてるからな。死活問題だぜ。」
成る程な。こうやって住人を犯罪者にしていた訳か。それは昔からあったことなんだろう。だからそんなに悪い事だとも思ってねぇんだろうな。たちが悪ぃな。
しかし街を見て回ると、なんと奴隷の多いことか。ボロボロの服を着て痩せ細って、下を向いて歩いてるからすぐに分かる。奴隷紋があるから逃げ出す訳にもいかないんだろう。
奴隷紋は、奴隷にされる時に左肩に焼き印を押されるのだが、これは一種の呪いみてぇになっている。契約者の血を奴隷とされる者の左肩に塗りつけ、その上から焼き印を押すと、契約者には逆らえなくなる。そして、怪我をしても治りにくくなり、治っても暫くは古傷の疼きに夜中襲われる事になる。
俺も昔は奴隷だった時期がある。魔眼が使えるようになってから怖がられて捨てられたけど、奴隷紋は大人になってもずっと左肩にあった。それのお陰で、怪我をしたら夜は痛みに襲われてたな。今はその傷をディルクが取り去ってくれたから夜苦しむ事は無くなったけどな。
そうやって周りを見ていると、小さな女の子が買った物を大量に持たされていて、フラフラになりながら主人と思われるでっぷり太った中年男の後を必死でついて行ってた。あまりに重かったんだろう。震える足同士で躓いて転び、持っていた荷物を全て落としてしまった。
それを見て鬼のような形相になった男が、女の子に思いっきり蹴りを入れる……!女の子はぶっ飛んで転げていった。それでも震える体ですぐに立ち上がろうとするけれど、思うように立てずに泣きながら何度も「ごめんなさい」と訴える。
我慢できずに、また女の子を蹴ろうとしている男の前に立ちはだかる。
「なんだ?!お前はっ!」
「俺だ。エリアスだ。」
「え……あぁ、エリアス……か。何か用か?」
「その奴隷、前に俺に譲ってくれるって言ってたろ?だから貰い受けにきた。」
「そう、だった……か?」
「約束したよな?」
「そうだ、な……約束、したな。すまない、忘れてしまってたようだ。」
「じゃあコイツ、貰って行くから。あ、これは代金な。」
「あぁ!」
そう言って金貨を一枚男に渡すと、嬉しそうに男は落とした荷物を拾って去って行った。
まだ上手く立てない女の子の側に行くと、その子は恐怖に顔を歪めてガタガタ震え、何とか立ち上がろうとする。両脇を抱えて立たせてあげて、それから回復魔法で身体中にあったキズを治して「よく頑張ったな。もう大丈夫だからな。」って言って優しく抱きしめる。
そして、新しく手にした力で左肩にあった奴隷紋を奪う。すると女の子の左肩の奴隷紋が綺麗に無くなっていった。
女の子は驚いた顔をして、俺を見て涙をボロボロ流した。ニッコリ笑って頭を撫でて女の子の記憶を辿る。この子の両親は既にいなくて、身寄りがなくなったのを親戚が引き取ったが面倒になって売り払った。リュカよりも小さな女の子なのに、こんな目に合わせるとか考えらんねぇ……!
その子を抱き上げて一旦家に戻る。キッチンにいたルーナにその子を託して、またすぐにルテフィエに戻った。他にも同じように甚振られている子供をあちこちで見掛ける。一人助けたくらいじゃ追い付かねぇ。分かってるけど、さっきのは放っておけなかった。
ここにいる奴隷全員を助けてぇ。けど今はそうする訳にはいかねぇ。気持ちをグッと堪えて、また情報収集するのに住人と話しをしにいく。
何処で取引が行われるか、まずはそれを探らないといけねぇからな。
何人か聞き込みをしていくと、ギルド長が何やら知っていそうな感じだった。この街のギルド長は上層部と繋がりも強く顔も広い。何か問題があると、ギルド長に頼めば何とかしてくれるらしいのだ。まぁ、元々ギルドとはそういう場所でもあるんだが、そういう事からも様々な情報がギルドへ持ち込まれる。
早速ギルドへ向かう。受付の娘にギルド長がいるか確認するが、今客が来ていて対応しているらしい。暫くそこで待たせて貰うことにして、ギルド長が来るのを待つ。
ギルドがあるのは小さな建物の中で、そんなに広くない場所に受付と買取りカウンターが一つずつあって、待合室とかも狭かったし何処にでもあると思ってた酒場はそこにはなかった。小さな街だからそんなもんなのか……と辺りを見渡しながら暫く待ってるとギルド長らしき男が出てきた。
受付の娘と話しをして、俺の方を見る。俺は立ち上がってギルド長の元まで行き話しをしに行く。けど、聞き出さなくても分かる。コイツが裏で手を回している。悪しき感情が体から滲み出てるな。こんな奴がギルド長って……
なんだ?!この街は……!
犯罪を犯罪とも思ってねぇ。それが罷り通ってる街。
これがカータレット領ルテフィエの街か……




