感情を読む
陽の光が優しく顔を照らす。
眩しく感じて、思わず目をゆっくり開けると、そこにはエリアスの顔があった。
エリアスは私を抱き包むようにしていて、温かい腕の中で私は眠っていたんだ、と気づく。
眠っているエリアスの顔にそっと触れてみる。頬がスベスベしてる。サワサワって撫でて、それからつついたりつねったりしてみた。わぁ、皮が柔らかく伸びるー!
ふふ……なんだか面白いな……私の肌とはちょっと違う感じだ。鼻もツンツンしてから、ギュッて摘まんでみる。あ、「ふがっ!」って言った!
「こら……何してんだ……?」
「うふ……うにーってなった」
「ハハ……面白かったのか?」
「うん」
「……おはよ……リュカ……」
「おはよう、エリアス」
エリアスが微笑んで、私の頭を撫でてくれる。いいな、こうやって目覚めるの。凄く心地よく感じるし、嬉しい気持ちがいっぱいになる。思わずエリアスの胸に頭を埋めてグリグリしてしまう。エリアスは「何やってんだ?」って笑いながら言って、頭をワシャワシャする。ふふ……なんか楽しい……
ゆっくり起き上がって、ベッドに座った状態で窓の外を眺める。朝の光が射し込んできていて、部屋の中全体が明るい。真っ暗じゃないって、すごく安心する。
エリアスも起き上がって、私の頬をぷにーってつねった。「ハハ、柔らけぇ!」って笑ってる。つられて私も笑う。エリアスのそばは良いな……安心するし、嬉しい気持ちが溢れてくる。
けど、私は昨日、いつの間に寝ちゃったんだろう?あまりよく覚えてないや……
「エリアス、きのうわたし、なんでねた?」
「え……あ、うん……疲れてたみたいでな。気づいたら寝てたぞ?」
「エリアス……?」
エリアスの言葉と感情が違う感じだ。なんでだろう?
「それよりさ、昨日リュカは皆で風呂に入ったろ?どうだった?皆よくしてくれたか?」
「みんな、やさしい」
「そっか!それは良かった!」
「リュカは、おじょうさま?」
「え?」
「おじょうさまは、ダメ?」
「なんだ?なんでそんなふうに言ってんだ?」
「ふく、きれい、ロレーナにきせてもらった」
「ロレーナ?」
「ロレーナはめいど」
「あ……そうか……!昨日のヴィオッティ邸にいたメイドの名前がロレーナか!そういや、昨日着ていた服は……あそこで着せて貰った服だったな!ってか、俺も気が回らねぇな!」
「エリアス?」
「昨日着ていた服が綺麗だったから、リュカはお嬢様だって思われたんだな?で、服を着せてくれたロレーナはメイドだって言ったんだな?」
「うん」
「マジかー……いや、リュカは悪くねぇよ?!ってか、誰も悪くねぇからな!」
「うん……でも、アーネが……」
「アーネがどうした?」
「アーネ、やさしい、でも、とうぞく、おそわれたって」
「……アーネが盗賊に襲われた……?いや、アーネの両親が盗賊に襲われて……アーネは元々商人の娘だからな。裕福に暮らしていたのが一変して……え?それがどうしたんだ?」
「リュカ、じじょうあるから、きいちゃダメって、アーネいった、みんなアーネとけんか?した?」
「そっか……色々聞いてきたのをアーネが庇ってくれたのか?それで、逆にアーネが……」
「リュカ、わるい?リュカ、おじょうさま?」
「いや、リュカは何も悪くないからな!もちろんアーネも悪くないし、皆が悪い訳じゃない。それと、リュカはお嬢様とかじゃねぇ。リュカは……俺の子供だからな。」
「エリアスの……」
「まだ受け入れられねぇかな……うん、それはゆっくりで良い。急に何でもは難しいからな。でも、そっか……昨日のあの時間だけでもそうなるのか……」
「アーネ、なみだ」
「泣いちゃったのか……やっぱりリュカを理解して貰うのは難しいかな……」
「むずかしい?」
「いや……なぁ、リュカ。昨日はここで待っててくれって言ったけど、やっぱり俺と一緒に来るか?」
「うん!いっしょ!いく!」
「そうだな。そうしよう。やるべき事も出来たしな。」
「やるべきこと?」
「ん?あぁ……俺の仕事の事だ。」
エリアスはニッコリ笑って言うけど、悲しい感情になってる。なんでだろう?
「エリアス、かなしい?」
「え?なに?なんで……」
「エリアスのきもち、かなしい、から」
「リュカ……?!もしかして……感情が読めるのか?!」
「わかる」
「マジか……ディルクの力でも受け継いだのか……すげぇな……」
「でぃるく?」
「あ、いや、ディルクはアシュリーのお兄さんでな、リュカの伯父さんなんだ。ディルクは人の感情が読めたんだ。」
「リュカ、れんしゅう、した」
「練習して出来るようになったのか?!」
「フェンリル、おしえて、くれた」
「えっ!?どうやるんだ?!教えてくれ!」
「んーと、ま、まりょく?を、かんじる」
「相手の魔力を感じるんだな?」
「うん、それと、おなじにする」
「魔力を感じて同じに?同じ……同期させるとか、同調させるって感じか?!」
「んー、そう?かな?」
「分かった。やってみる!」
「え?」
エリアスは何やら難しそうな顔をして、手をグーにしたりパーにしたりして、それから目を閉じたり力を入れてるような感じにしたりして、そんな事を暫くしてから、私の顔をじっと見て手をそっと握った。
どうしたのかな?大丈夫かな?練習してるのかな?
「どうしたのか……大丈夫……あぁ、うん、練習してたんだ。」
「エリアス?!」
「今リュカが思ってた事と合ってたか?」
「うん!すごい!エリアス、すごい!」
「いや、まだまだ練習が必要だけどな。触らねぇと読めなかったし。けど、これでリュカの気持ちが分かってやれるな。」
「わかる?」
「あぁ。俺、どうやら鈍感みたいでな。ハハ……これで少しでも人の気持ちが分かってやれるかな。」
凄い!エリアスは凄い!私も練習して出来るようになったけど、こんなにすぐに出来るようになるなんて!
私がビックリした顔をしてしていると、エリアスはニッコリ笑って頭をナデナデしてくれた。それから、ギュッって抱きしめてくれる。
けど、昨日はここに残るように言われたのに、なんで一緒に行くことにしたんだろう?私はその方が嬉しいから良いんだけど……
エリアスが食事に行こうって言ったから、うん!って答えて一緒に一階に下りていく。まだ皆いなくて、ルーナだけがバタバタと忙しく動いていた。
「あ、エリアス、おはよう!リュカもおはよう!」
「ルーナ、おはよう」
「今日も朝から忙しいんだな、ルーナは。」
「うん!あ、でももう食べられるよ?それとも皆が来るの、待っとく?」
「先に貰おうかな。自分でするから、ルーナは用意しててくれ。」
「あ、うん、分かった。」
エリアスは私に、「ここに座ってろな?」って言って席に座らせてからキッチンに入って行って、二人分の朝食を乗せたトレーを持ってきてくれた。
今日のも美味しそうで嬉しくなってくる!
「「いただきます!」」
エリアスと手を合わせて言ってから、パンを口にすると、甘いのが口の中いっぱいに広がる……!ビックリして見てみると、赤いのがパンの中に入ってた。凄く甘くて美味しい!なにこれ!
「どうした?そんなビックリした顔して?」
「これ!おいしい!あかいの!」
「え?あぁ、それはジャムだな。ベリーイチゴって言ってな?甘酸っぱい味の果物なんだ。それを甘く煮て作るんだ。」
「べりいちご、じゃむ、おいしい!」
「え?リュカって、ジャム食べるの初めてなの?」
「あ、そう、なんだ……ろうな。」
「へぇー?お嬢様はジャムとか、庶民的なのは食べないもんなんだねー?」
「え?しょみん……てき?」
「ルーナ……何を聞いたか知んねぇけど、リュカはそうじゃないんだ。だからそんな風に言わないでやってくれねぇか?」
「え、でも……」
「なんか誤解されちまってるみてぇだけど、リュカは普通の子なんだ。お嬢様とか、そんなんじゃねぇからさ。」
「うん……分かった……」
「リュカ、おじょうさま、ちがう」
「分かったって……」
「あ、ほら、リュカ、また口のとこにパンくずつけてる。ったく、こんなところはアシュリーと一緒だな。」
「エリアスも、くち、じゃむ、ついてる」
「え?」
背伸びしてエリアスの口についてるジャムを指で拭って、指についたのをペロリと舐めた。エリアスは私の口のとこについてたパンくずを取って食べた。二人で顔を見合わせて、ふふって笑う。なんか、楽しいな。
そうしていると、ゾワッてした感じがきて、背筋がゾクゾクした。ビックリして見ると、ルーナがこっちを見てた。なんか……ルーナの表情は普通だけど、心は怒ってる……私とエリアスが仲良くしてるの、嫌なんだ……
私がビックリした顔をしてるのと同じくらい、エリアスもビックリした顔をしていた。もしかして、エリアスにも分かったのかな……
「え、なに?二人してあたしを見て……なんか顔についてる?」
「あ、いや、なんでもねぇ……」
「なら良いんだけど……」
そう言うとルーナは出来上がったおかずを向こうへ置きに行った。私とエリアスは二人、顔を見合わせて……
「リュカ……今の、感じたのか……?」
「……うん……」
「そうか……リュカはずっと……?」
「……うん……」
「分かってやれなくて……悪かった……」
「ううん?だいじょうぶ」
「今になってディルクの気持ちが分かるなんてな……あ、いや、リュカの伯父さんのディルクもな?小さな頃からそうだったから、時々頭がいっぱいになって倒れてたって言ってんだ。もっと詳しくリアルに感じてたんだとは思うけど……そうか……俺、全然分かってなかった……」
「エリアス、すごい、さわってない、わかった」
「あぁ……分かりやすい感情だったからなのかな……けど、そうだったのか……」
ルーナの気持ちが分かったのか、エリアスはちょっと困ってる感じだった。けど、エリアスからの感情が分からなくなった。なんでかな?まぁ、エリアスは嘘を言ったりは多分しないと思うから、大丈夫だとは思うけど……
私を見て、困ったように笑うエリアス。
エリアスに感情を読むの、教えない方が良かったのかも知れない……




