小さな社会
リュカがアーネに連れられて風呂へと向かった。俺はそこでエールを飲みながらゆっくりおかずをつまんでいると、不意にカイルが俺の横に腰掛けてきた。
「なぁ、エリアス。リュカは今までどこにいたんだ?なんで一緒に暮らせなかったんだ?」
「え?あぁ……リュカはちょっと病弱でな、ずっと他の所で治療してたんだ。」
「エリアスは回復魔法が使えるのに?それでも治らなかったのか?」
「まぁ、不治の病的な……あ、でも、もう大丈夫なんだ!だから一緒に暮らせるようになったんだ!」
「そうなのか……けど、アシュリーが妊娠したとか俺知らねぇし、いつ産んだんだ?」
「いや、まぁ、アシュリーはあれで着痩せするタイプだからな!ハハハハ!」
「……本当にアシュリーとエリアスの子供なのか?」
「え?」
「いや、似てる子を連れて来たのかと思ってさ。」
「んな事するわけねぇだろ?!リュカは俺とアシュリーの子なんだよ!それは間違いねぇんだよ!」
「エリアスっ!そんな大きい声でっ!」
「え?!あ、ルーナ……すまねぇ……」
「まぁ、エリアスがそう言うなら信じるよ。けどさ、俺はもうすぐ成人する年齢だから全然何とも思わないけどさ。他の子供達はそうじゃない。だから気をつけた方が良いと思うぜ?」
「何に気を付けるんだ?」
「ったく……エリアスは本当に鈍感だよなー。とにかく!必要以上にリュカに手をかけるなって事!なるべく皆と一緒に扱えって言ってんの!」
「それは……難しいかも知んねぇ……」
「あのさぁ、エリアス……アンタはここでは、皆の父親みたいなもんなんだよ。皆がエリアスを慕ってるの、分かるだろ?そんな中で一人だけ贔屓にしてみろよ。他の子供達はどう感じるか、分かるだろ?」
「いや、けど……!」
「エリアスが皆を大切にしてくれてんのは分かるよ。けど、理屈じゃないからな。放っときゃ子供達とリュカは多分仲良くできるだろうさ。俺がそうするように言うし、エリアスがいない間ちゃんと見とくしな。」
「だったら……」
「だから理屈じゃねぇって。さっきもさ、リュカを紹介した時な。ユウカはエリアスに抱き上げて欲しかったんだよ。アイツはまだ4歳で幼いからな。いつもエリアスは会えばそうしてただろ?それをして貰えなかったから、ユウカあの後泣いちゃってさ。」
「え……」
「ここにいる皆は愛情に飢えてるって分かってんだろ?少しでも自分に向けられた愛情が無くなるのが怖くて仕方がないんだよ。それを分かってやって欲しいんだ。」
「そう、か……」
「俺、リュカには酷い事を言ってると思う。けどこれは、リュカを守る為でもあるからな。」
「それはどういう事だ?」
「ハァー……本当に人が良すぎるよ、エリアスは。贔屓された子に、他の子達が優しくできる訳ないだろ?そういう子は孤立していくもんなんだよ。」
「そうなのか?!」
「これだけ子供がいるんだ。ここは既に一つの社会になってんだよ。それは、良い子だからそんな事にはならないとか、そういう話じゃないんだよ。」
「そうなのか……」
「リュカがイヤだとか嫌いとかじゃねぇよ?それは分かってくれな?とにかく、よく考えてくれよな。」
「あぁ……」
そう言ってカイルは席を立った。そう言われてから、カイルに言われた事を考えてみる。
俺も孤児院で8歳頃まで育った。そこは、まぁ酷ぇ所だったから、親とかそんなふうに感じるヤツはいなったな。
強制労働で朝から晩まで鉱山で働かされて、それから帰ったらストレス解消の道具としてボコボコに殴られて……
そこを逃げ出して、なんとか逃げ切ったって思ったら盗賊に捕まって売られて奴隷にされて……
11歳位の頃、魔眼が使えるようになって、それからは気味悪がられて捨てられて、それからは一人で生きてきた。
だから親からの愛情とか、正直分からねぇ……けど、誰かに愛されたいとか、自分の事を思ってくれる人が欲しいとか、必要とされたいとか、そういうのは分かる。
でも、そうか……俺は簡単に考えてたのかも知んねぇ……
そう言や昼、部屋に帰ってからすぐに、俺はゾランとピンクの石を握って話しをした。ラパスの街での事を報告し、後日ラミティノの国王と面談する事を取り次いで貰うように頼んだ。
その後リュカと俺の家で暮らす事を言うと、ゾランが「それはどうなんでしょうか……」って、ちょっと考えながら、言いにくそうにしているのが感じられた。
それからルーナが来たから、すぐに会話を終わらせたんだけど、ゾランもカイルと同じような事を言いたかったのかも知れないな……
ったく……俺は本当に人の気持ちに鈍感だなぁ……だから皆そう言うのか……
分かりやすい態度をとったり言ったりしてくれりゃ良いのにって、いつも思っちまう。けど、俺みてぇになんでも思ったことを言うヤツって、実は少ないのかも知んねぇな……
じゃあどうするか……
オルギアン帝国の帝城にある俺の部屋で過ごすか……そうなるとゾランの許可がいるな。まぁ、ゾランが嫌がる事はねぇだろうけど、ネックになるのはアシュリーだ。
アシュリーはあの国じゃあディルクの奥方となっている。赤子の頃に別れて、二人はそうと知らずに出会い恋に落ちた。双子の兄妹って事が分かって、それでも求めてしまう自分に困惑しながらも、アシュリーは俺を選んでくれた。
ディルクは、俺と旅をするアシュリーを守るために、王妃という称号を与えたかったんだ。だからアシュリーはオルギアン帝国ではアシュリー王妃と呼ばれている。
そのアシュリーにソックリな子供がいる。となると、それはアシュリーの子供じゃないか、との噂は何処からともなく出るのは容易に考えられる。そうじゃない、と言ったところでそれは効力はねぇだろうな……
とにかくゾランに相談するか……そういや、ミーシャも家族の事は分かってなかったな。ミーシャにも家族と呼べる人はいなかったようだから、俺の家に連れていくと言った時に賛成してくれたんだろう。
俺の家にいて、俺がリュカを他の皆と同じに扱うってのは、難しいだろうな。
だって、まだ言葉もちゃんと分かってねぇし、人として生活する事自体慣れてねぇんだ。それを他のヤツに分かれって言えねぇし、俺がフォローしてやらなきゃどうすんだって話だろ?!
リュカは俺の子供だ。それと同時にアシュリーの忘れ形見だ。容姿もソックリで、俺はリュカを見てるとアシュリーと一緒にいるみてぇに嬉しくて、リュカを愛しく思えて仕方がなくなるんだ。
他の子が可愛くない訳じゃねぇし、今までと同じ愛情を持って接する事はできる。
けど、やっぱり今まで何もしてやれずに、龍として生きてきて、その後もフェンリルと魔物のいる場所で過ごしていたリュカに、これからは良い思いをして欲しいって思うのは当然の事だろ?
けど孤児院の子供達の事を考えると、カイルの言ってることも分かる……って、どうすりゃ良いんだよ!
ホント、こういうのって大変だな……魔物倒してる方が、俺には性に合ってるな。
とにかく、明日はリュカに言ったように、ここで待ってて貰うことにするか……もしかしたら、そんな事は気にせずにみんなと仲良く出来るかも知んねぇし、リュカに友達をつくってやりてぇしな。
そんな事を考えていると、リュカが風呂から戻ってきた。なんか困ったような表情をしていて、俺を見て何か訴えたい感じでいる。仲良く出来なかったのか?後でそれとなく聞いてみるか。
ひとまず部屋に戻って、リュカと二人で過ごす事にする。こんな事も、他の子供達からしたら嫉妬の対象とかになっちまうのかな……そんなふうに考えてるといきなりリュカが光りだして、呼んでもないのにセームルグが現れた。それにはリュカも驚いた感じだったが、俺も驚いた!
こんな事は今まで無かった事だから変に構えちまうな。
なんだ?なにがある?なにか言いたい事があんのか?
頼むから悪い事は言わないでくれよ……!




