父親は
俺の腕の中にリュカがいる。
やっとだ……
やっとこの手で抱きしめられた……
リュカの顔をマジマジと見る。その顔はアシュリーそのものって感じで、すっげぇ可愛くて、けど瞳と髪は俺と一緒で黒くって、もうすっげぇ可愛く感じて、ずっと見ていられるって思って、何度も頬を撫でて頭を撫でて、その存在を確認する。
「エリアス?なみだ?」
「泣いてねぇ……すまねぇ、リュカが可愛くてな。ずっと見てしまってた。どこか痛い所とかないか?」
「だいじょうぶ」
「そっか。良かった。リュカが無事で。」
「ほかのにんげん……」
「……そう、だな……」
辺りを見渡すと、あちこちで泣き叫ぶ声が聞こえてくる。建物も壊されて、街中がボロボロな状態だった。
「魔物がまだ人を襲ってるかも知んねぇ。俺、ちょっと行ってくるけど……」
「だいじょうぶ」
「え?」
「もうだいじょうぶ」
「もう大丈夫って……魔物がか?」
「もう、なにもしない」
「リュカ……それは本当か?」
「ほんとう」
「マジか……」
「まじ、だ」
さっきリュカは広範囲に威圧を放っていた。それが街中に広がって、魔物共に届いたって言うのか……?!
それが本当ならすげぇ事だ。
これが黒龍の力……か?
魔物が人に危害を加えねぇなら、今は討伐よりも先にすることがあるな。
身体中の魔力を集めて、それから大気中にある魔素をかき集める。周りに漂う魔素を、これでもかってくらい集めて、その魔素を魔力に変換して、回復魔法を広範囲に施していく。
回復魔法は俺から波紋を広げていくようにして広がっていく。
傷を負って倒れた人々に、崩壊した建物に、その緑の淡い光は徐々に行き届いてゆき、魔物に襲われる前の街の状態へと戻っていった。
けれど、回復魔法じゃ亡くなった人を蘇らせる事はできない。
ハッと気づいてリュカを見る。リュカは俺の回復魔法を見て、驚いて街の様子をキョロキョロ見ていた。
「リュカ、リュカに精霊が宿っているの、分かるか?」
「せいれい?」
「やっぱ分かってなかったか……セームルグ!」
俺が名前を呼ぶと、リュカの体の中から光が出てくる感じで、生命を司る精霊セームルグが姿を現した。
リュカは自分から何かが出てきたって感じで、すげぇビックリしていた。
「エリアスさん、お久しぶりですね。」
「俺の事を覚えてくれてたのか?」
「当然です。私はリュカに宿る精霊です。貴方を忘れる訳はありません。」
「ずっとリュカを守ってくれてたんだな。」
「とてつもない力をその身に宿してしまいましたからね。私がいなければ、とうに体は耐えきれなくなっていましたよ。」
「……感謝する……!」
「いえ。それが私の役割ですから。」
「……頼みてぇ事がある。魔物に襲われた人達を生き返らせる事は出来ねぇか?」
「……出来なくはありません。ただ……魔物によってその体を失った者には無理です。帰る体が無い状態ですからね……」
「そうか……いや、それでも頼めねぇかな?」
「リュカ、それは貴女も望む事ですか?」
「いき、かえら、せる?」
「そうだ。魔物に襲われて死んじゃった人を、また生きるようにするんだ。」
「いきかえら、せる、したい」
「分かりました。ではリュカの体を使いましょう。」
言うなり、セームルグはリュカの体に重なった。それから両手を広げて、俺が広範囲に魔力を行き渡らせたみたいに、その波動を広げていく。
あちこちから人形の白い影のようなのがさ迷いだして、倒れている体にスゥーっと入っていく。
そうすると、絶命したと思われた人達が、ゆっくりと起き上がってくる。
それは何とも不思議な光景だった。
自分の体に魂が帰っていったって感じではあったけれど、その体が既に無い人もいる。自分の体に帰りたくても帰れない、そんな魂がそこら辺に多く漂っていた。
「体のある者には命を返す事ができました。けれど、帰れない者達が今ここに多くいます。エリアスさん、お願いします。」
「あぁ、分かってる。ありがとな、セームルグ。」
セームルグは微笑んで、リュカの中へと入って消えた。リュカはまた不思議そうな顔をして、自分の体を確かめるように触っていた。
魔道具に貯めておいた魔力を補って、自分の体に魔力を補充し、また広範囲に光魔法、魂の浄化を行き渡らせる。
そうすると、体に帰れずに漂った魂が浄化されて、皆が天へと還っていける。こうしておかないと、中途半端な体に無理に戻ろうとしたり、思いだけが強く残ったりして、不死者になっちまうからな。
リュカはまた驚いた顔をして、その様子を見ていた。
「エリアス、すごい……」
「そうか?俺にはリュカの方が凄いって思うぞ?」
「リュカ、すごい?」
「あぁ。魔物を操られるなんてな。すげぇとしか言いようがねぇ。」
「まもの……」
「どうした?」
リュカは辺りをぐるりと見渡し、俺が倒した魔物の元へ駆けて行った。急いで俺もリュカの後を追いかけて行く。
狼の魔物が横たわっている所に来て、リュカは足を止めた。ゆっくり屈んで、その魔物をそっと撫でる。
「……リュカの知ってる魔物だったのか?」
「こども、うんだ、たすけた」
「そっか……」
リュカは静かに泣いていた。俺と離れ離れになってから、リュカはどんなふうに生きてきたのか……
もしかしたら、魔物と共に、あのフェンリルと共にいたのかも知んねぇ。
魔物を操れるリュカ……それは、黒龍の代わりになったって事なのか?
「リュカ……帰ろう。俺の家に……一緒に帰ろう。」
「リュカ……いっしょ、いいの?」
「当たり前だろ?リュカは……俺の子なんだ。俺がリュカの父親なんだ。」
「エリアス……ちちおや?」
「あぁ。俺がリュカのおとうさんだ。」
「おとうさん……ちがう、おとうさん、りゅう」
「リュカ……」
「リュカはりゅう……リュカは……まもの……」
「違う!リュカは魔物じゃねぇ!リュカは人間だ!俺の……俺とアシュリーの子なんだよ!」
「リュカ……おとうさん……やっつけた……」
「リュカ……それは……!」
「おとうさん、おかあさん、うばった、リュカ、うばう、ぜんぶ、うばう……みんな……リュカが……」
「リュカのせいじゃ……!」
「まもの、ほかのにんげん、やっつけた、リュカがきた、から……」
「……っ!」
リュカはボロボロ涙を流した。
全部知ってたんだ……
全部分かってたんだ……
前は知らなかった筈だ。お父さんは魔物がやっつけたって言ってたからな。けど、今は自分が命を奪ったと言っている。その事実を、この小さなリュカが受け止めようとしている……
それにリュカがここに来たから、この街が魔物に襲われたって思ってる。それはあながち間違ってねぇかも知んねぇ……
けどこんな辛い事、こんな小さなリュカに背負わせんの、ひでぇだろ?!
知らなかったんだ……そうしようとして奪った訳じゃねぇんだよ……俺が命を奪ったから、その命を守るためにリュカは……!
俺が悪い!リュカは何も悪くねぇ……!
それに、魔物だらけの場所から逃げ出して来て、そのせいでこの街が襲われたって……誰だってそんな状況に身をおかれたら、逃げ出したいって思うに決まってるじゃねぇか!
俺が見つけられなかったから!この結果になったのは、俺の力が足りなかったからなんだ!
ボロボロに泣き続けるリュカをしっかり抱きしめて、何度も何度も「ごめん!リュカ、ごめん!」って謝り続ける。
あのフェンリルにそう言われたか……それで黒龍の父親の代わりに、魔物を操れとでも言われたか……!
なんでこんな小さな女の子一人に、そんな事をさせなきゃなんねぇんだよ?!
リュカが可哀想すぎんだろ?!
俺の事を父親だと思わなくていい……俺はリュカに何もしてやれてねぇからな。けど、俺はリュカの為ならなんでもする!ずっと一人で寂しい思いをしていたリュカに、人間としてのあり方を、楽しみを、全部ちゃんと教えてやる!
涙が止まらないリュカを抱きしめて、これからは俺がしっかりリュカを守るって、そう心に誓ったんだ。




