会いたくて
リュカが俺の前からいなくなって一年と半年。
未だ行方は分からねぇ。
俺は相変わらず魔物を討伐しながら、リュカを探し続ける日々だ。
精霊の石の微弱な光も見つけられず、ストラスからも何も報告もない。
ここ最近は、高ランクの魔物が出たという報告もなく、なんだったら魔物の被害が少なくなってる状況で、じゃあ何処を探せばいいのか?!と、またどん詰まりになっているところだ。
今日も同じような一日が始まるのか……と思いながらも、いや、今日こそ何か手掛かりが見つかるかも知れない、と自分を奮い立たせて起き上がる。
着替えを済ませて、一階へ降りて食事をして皆に声を掛けてから、いつものようにオルギアン帝国へ行く。俺の部屋には、既にゾランがいた。ゾランは俺の顔を見るなり、明るい笑顔で飛び付くようにして駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、エリアスさん!朗報です!」
「何?!何があった?!」
「ラミティノ国から、身元を調べている人物がいると報告を受けまして、その人物の名前がリュカって言うんです!」
「マジか!?」
「はい!年齢は8~9歳位で、特徴として黒髪黒目の女の子との事です!」
「それ、完全にリュカじゃねぇか!!」
「はい!もちろんすぐに返事しました!こちらで探している人物に違いないと!」
「ありがとうっ!ありがとう、ゾランっ!!」
「良かったです!場所はアーテノワ国とラミティノ国の国境近くにある、ラパスという街です!そこで保護しておいて貰うように、朝イチで伝えております!」
「ラミティノ国のラパス……行った事はねぇ場所だ!すぐに向かう!」
「はい!転送陣で申請して経由して行くよりは、ご自身で行かれた方が早いと思います!ヴィオッティ伯爵の邸にいるとの事です!」
「分かった!ありがとな!ゾラン!!」
「はい、いってらっしゃいませ!」
すぐに空間移動でラミティノ王国のパルヴィエの街まで飛んでいく。ここはラパスの街とは少し離れているが、俺が今行ける場所で一番近い所がここだった。
ここら辺の地図は全て頭に入ってる。ここからラパスの街までは風魔法を足に纏って高速で走って3、4時間程か……
すぐにラパスまで走って行く。じっとしてなんかいられねぇ!ストラスを呼び出して、風魔法を纏いながらも、更に速くに走れるように、ストラスの風にのせて貰うようにして一緒に走って行く。
疲れなんか全然感じねぇ!足は軽やかに、高速に流れていく景色を感じながら、風と共に颯爽と走って行く。
やっとリュカに会える……!
そう思うだけで、心が踊って、速く、もっと速くって、休むことなく、楽しそうに微笑むストラスと共に走って行く。
パルヴィエの街を出て2時間と少し。ラパスの街の近くまで来て異変に気づく。地面には踏み荒らされた跡があって、大量の大きな足跡が見てとれる。
「なんだ……?門が開いてるし……砂埃が至る所から見える……まさか!」
嫌な予感がする……!
ストラスに先に行かせて様子を見てきて貰う。もちろん、俺も急いでラパスの街へと走って行く
ストラスが俺の元へ戻ってきた。
「エリアス!大変だよ!大量の魔物が街を……人を襲ってる!」
「なんだって?!なんでそんな事……!」
言ってる暇はねぇ!
リュカ……
リュカ!
あの街にはリュカがいるんだよ!やっと会えるんだ!なのになんでこんな事になってんだよ!?
急いで門を潜って、街の中へ走って行く。
そこには至る所に魔物に襲われた人々の亡骸があった。
襲われて食われて踏み荒らされて……大人も子供も関係なく、あちこちに体の一部と思われるモノも散乱していた。
「ひでぇ……!」
なんでこんな事になってんだ?!最近じゃ魔物は鳴りを潜めてたろ?!なんでいきなりこんな事を……!
「ストラス!街にいる人達を守ってくれ!」
「分かった!」
「ヴェパル!」
水の精霊、ヴェパルを呼び出す。この精霊は戦闘好きで強力な力を持っている。滅多な事では呼び出せねぇ程の精霊だけど、今はそんな事を言ってる場合じゃねぇ!
どこからともなく水が湧き出し、その中から深い青の濡れた髪が艶かしい、体に鱗を纏った妖艶な姿の精霊が姿を現した。
「ヴェパル!魔物共を倒してくれ!街の人達を助けてあげて欲しいんだ!」
俺がそう言うと、ゆっくり頷いてフワリと飛んで行った。
俺も急いで街の中を駆けていく。耳を澄ますと、叫び声が聞こえてくる。その声のする方へ行くと、魔物共が人を襲っている所だった。
雷魔法で瞬時に心臓を感電させる。魔物共はすぐにその場に崩れ落ちた。
いきなり魔物が倒れたから、襲われそうになっていた人々は驚きで動けなくなっていた。
「大丈夫か?!」
「えっ?!あ、はい!あ、ありがとうございます!」
「無事なら良い。そこにいる魔物はもう死んでるから安心してくれ。他にどの辺りに魔物がいるか分かるか?」
「あ、あちらの方です!」
「……もしかしてその方向には……ヴィオッティ伯爵の邸があんのか?」
「そうです……!領主様のお邸が……!」
「くそ……なんでだよっ!」
急いで言われた方向へと駆けていく。マジで洒落になんねぇぞ?!やっと会えるのに……!なんでこんな事になっちまうんだよ!!
進むにつれて、魔物の姿が増えてくる。見かけたらすぐに雷魔法で感電させて、その動きを封じる。それから念のために首を切り落としていく。
怪我人には即座に回復魔法で回復させてから、すぐにまた走り出す。
頼む、無事でいてくれ……!
頼むっ!!
次々に魔物を倒していって、怪我人は治癒させていって、それでも絶命していた人達も至る所にいて、血生臭さが其処らじゅうに漂っている。
あちこちで泣き声が聞こえて、愛する人の名を呼び続ける声が木霊する……
まだ……立ち止まれねぇ……!
倒して倒して、ひときわ多くの魔物が屯している場所はヴィオッティ伯爵の邸だった。
邸には強力な結界が張ってあり、簡単には中に入り込めねぇようにはなっていた。
けど!
「くそっ!なんでこの場所にこんなに集まってんだよっ!リュカっ!!」
雷魔法で心臓の動きを止める。何体もの魔物が、それでバタバタと倒れていく。それでも倒れない魔物もいた。そんな奴等には、闇魔法で体の中を腐食させていく。そうされて倒れていく魔物もいるが、まだ倒れない魔物もいた。
「フェンリル……!」
リュカを連れ去ったフェンリルが、俺の前に立ちはだかる……!そうか、お前がリュカを取り戻しにきたのか……!
苛立って、思わずギリッと歯を鳴らす……!
「この先にリュカがいんだな……?なんでリュカを連れて行こうとすんだよ?!」
ギロリと俺を睨み付けるフェンリル。その威圧に、身体中がビリビリと痺れるような感覚に陥っていく。
すげぇな……半端な攻撃じゃアイツは倒せねぇ……
魔力を身体中に巡らせて、血液や体液なんかも魔力に乗っける感じにして、魔力の濃度と威力を最大限上げる。外気にある魔素も体に取り込んで、体の中から魔力が爆発しそうな位まで溜め込んでいく。
溜め込んで溜め込んで、手のひらに魔力を集めていって、それをフェンリルに向かって放とうとした時……
「エリアスっ!」
俺を呼ぶ声が聞こえた……!
思わず声が聞こえた方向へと顔を向ける。三階辺りの窓から、女の子が身を乗り出すようにして、俺を見て叫んでいた。
「リュカっ!!」
黒髪で黒い瞳の、アシュリーを幼くしたその容貌は、紛れもなくリュカだった。
リュカが俺を呼んでいる……!
リュカに気を取られて、ハッと気づいたらフェンリルが俺のそばまでやって来ていて、大きく開けた口で襲いかかってきているところだった……!
即座に交わすようにしたけれど、間に合わなくて肩にフェンリルの牙が食い込む……!
ギリギリと、食いちぎろうとせんばかりに、俺の肩に深く牙を食い込ませてくる!
手のひらに集めた魔力を高火力の炎にして、俺もフェンリルの腹に食らわす!
そうされて、フェンリルはやっと口の力を弱め、弾かれるように後ろへ飛ぶように退いた。
「ぐっ……ま、だ……か……?」
よろけながらも、退いたフェンリルの姿を確認する……
まだだ……アイツはまだ倒れてねぇ……!
まだリュカを狙ってる……!
「インフェルノ……」
炎の精霊、インフェルノを呼び出す。俺の体の中から這い出すように現れたインフェルノは、俺と一つになるようにして炎をその身に這わせていく。
熱く燃え出すような感じになって、炎を身体中に纏って、俺の体は炎にまみれた状態になる。今は痛みも何も感じねぇ……
ゆっくりとフェンリルに歩み寄って行き、フェンリルに向かって手のひらを向けて、一気に炎を放つ。
その炎はフェンリルを覆うようにして包みこんだ。その炎に焼かれて、フェンリルは苦しそうに身悶える……!
「エリアスっ!」
後ろから声がした。振り返って見ると、リュカがそこにいた。
「リュカ……リュカっ!」
インフェルノが俺の体の中へと戻っていく。そうなってすぐに、俺の体は力が抜けたような状態になって、思わずその場で膝をついてしまった……
リュカが泣きながら俺の元へ走ってくる。倒れないように、何とか片膝を立てて踏みとどまって、走ってくるリュカに手を伸ばす……!
指と指が触れて、その手を掴んでぐいって引き寄せて、リュカを胸に抱く……
「エリアス!エリアス!あいたい!」
「リュカ!あぁ、そうだな、俺も会いたかった……!」
「あい、た、かった!」
「そうだ、リュカ、会いたかった!」
「うん!ずっと……ずっと!」
リュカを抱き寄せて、もう離さないように、小さな体を壊さないように、優しく、けれどもうどこにも行かないように、ギュッて抱きしめる。
その時、後ろから気配がした……
バッと勢いよく振り返ると、炎に包まれたフェンリルが、俺に向かって攻撃しようと飛び上がってきていたところだった……!
思わずリュカを庇うようにして、光魔法で結界を張る。けれどその結界を前足で引き裂くように壊していく。と同時に、爪で俺の背中を引き裂いた……
背中に激痛を感じて、急いで距離を取るようにリュカを片手で抱き上げてその場を離れる……!
フェンリルは俺を見て睨んでくる……やっぱアイツは簡単に勝てる相手じゃねぇ……!
『控えよ……』
いきなりリュカが何か言葉のような事を発した。
驚いてリュカを見る。
リュカはフェンリルを睨み付け、それから広く威圧を放つようにしていった。
それはアシュリーが集めた魔素を魔力に変換して、広範囲に魔法を放った時のような感じで、広く威圧の波動は広がって行った。
すると、フェンリルはゆっくりと後退り、その場にひれ伏した。
驚いてその状態を見て、それからリュカを見る。
リュカはフェンリルを見つめたままで、まだその威圧はおさまる気配がなかった。
ひれ伏したフェンリルは燃え盛っていき、その姿は黒い塊へと変わっていった。
その様子を、リュカは何も言わずにただ見つめ、それから涙を一滴溢した。
俺はそんなリュカを見ていて、段々頭がクラクラしてきて……
やべぇ……ちょっと血を多く流し過ぎたか……
自身に回復魔法を使おうとしていたら、リュカが俺の肩に手を当てて、手のひらから淡い緑の光を出した。
「リュカ……回復魔法が使えんのか?」
「エリアス、いたい、かなしい」
「……ありがとな。リュカは優しいな。」
「せなか」
リュカは俺の背中に手を回そうとして、それが全然届かなくて、そんな感じが可愛くて思わず笑ってしまった。
「おりる」って言うから抱き上げていたリュカを下ろした。
リュカは俺の後ろに回り込んで、背中に回復魔法を施してくれた。
まだ少しは痛むけど、何よりリュカがそうしてくれたことが嬉しくて、思わずまた抱きしめてしまう。
離さねぇ……
俺はもう絶対にリュカを離さねぇからな……!




