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黒龍の娘  作者: レクフル


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焦がれた世界


 陽が昇る。


 そして陽が落ちる。


 何度これを繰り返しただろうか。


 私がここに来てからもそれは変わることはなく、陽が昇って朝が訪れ、陽が落ちて暗闇がやってくる。


 温かく感じるのはその陽の光だけで、あとは冷たくて暗い闇の中。その中に、魔物の目だけがギラギラ光っている。



「違う……今日は月が大きくて……とても明るい……」



 優しく包み込むように、その冷たさの中に仄かな明かりが照らされていて、その月を見上げながら一歩、また一歩と足を進めていく。


 私の傍らには、ひれ伏したフェンリルがいる。


 私が歩くと、魔物達は頭を垂れてひれ伏していく。


 胸を張って、何にも邪魔されずに、ひとり前を向いて歩いて行く。私の後ろからフェンリルがゆっくりとついてくる。



「ついて来なくても良い。」


「まだそういう訳にはいかぬ。」


「……未だお前を思い通りには出来ないのか……」



 自分の足らない力に苛立ちながらも歩を進める。しばらく歩いていくと、狼の魔物が数体寄り集まっているのが見えた。その群れに近づくと、一体を残して他の者はひれ伏す。


 動けない一体の魔物……それは出産間近のガルムだった。震える身体で、必死で私に答えようとする。



「そのままで良い。楽にせよ。」



 私がそう告げると、雌のガルムは安心したような表情になった。腹に手をやり、その痛みを取り払い、楽に出産できるように手助けをする。それから少しして、ガルムは三体の子を産んだ。



「元気な良い子達だ。お前達も人間を襲ってはいけないよ。共存できるように。共にあればそれで良い。」



 母親のガルムの頭を軽く撫でようとして、すぐにハッと気づいて手を戻す。出産後のグッタリしたガルムに回復魔法を施し、ゆっくりその場から立ち去った。



「出産の手伝い等、不要であろう?」


「あのままでは母体も子供も危なかった。」


「それも(ことわり)ぞ。よくある事だ。しかしガルムにはいつも甘……」



 言おうとするフェンリルの言葉を手で制する。



「言わずとも良い。お前の言うの事など全て分かっている。」


「ならば良い。」



 それから何も言わずにただ歩く。空には丸くて大きな月が辺りを照らしている。こんな日は魔物達がなぜかいきり立つ。


 遠くから微かに音が届いた。


 これは……剣を振るう音……?


 走ってその場所へと向かう。私の管理下で争う等ない筈。あるとすれば、それは人と魔物の争い……!


 こんな魔物の巣窟である場所に、なぜこんな夜更けに人間がこんな所に……?


 急いでその場所へと走って行く。段々と音がハッキリ聞こえるようになって、その姿も確認できるようになってきた。



「な、なんでこんなに魔物が多いんだっ!くそっ!」



 剣を片手に、目茶苦茶な振り方で魔物を牽制しているようだった。それを取り囲むようにして見ている魔物達。どうやら手は出していないみたいだ。良かった。


 私が近くまで進むと、魔物達はその人間から一斉に離れていく。その様子をみた人間は驚いて、それから私を見つけて、また驚いた。



「えっ!えっ?!なんでこんなところに子供が?!」


「なんでこんなところに……」


「ここは危ない!すぐに逃げなくちゃ!さあ、君も!」


「えっ?」



 人間は私の左手首を握ってきた。驚いてそれを私は弾く。



「えっ?!どうして?!なんで!」


「ひだりはうばう……」


「左手が嫌なの?!よく分からないけど、じゃあ!」



 人間は私の右手を取って、それから走り出した。どうしようとしているのか分からないけど、私も同じように走って行く。ふと後ろを見ると、フェンリルは離れてついて来ているみたいだった。


 しばらく走って、人間は辺りをキョロキョロ見て、それからその場にドスンって座った。私もその横にゆっくり座る。



「ハァー、ヤバかったぁー!焦ったー!怖かったー!」


「こわかった」


「そうだよねぇ!怖かったねぇ?良かった、もう大丈夫そうだよ。」


「だいじょうぶ」


「なんで君はあんな所に?あ、僕はさ、罰ゲームだったんだ。遊びに来ていた従兄弟と賭けをしてね。で、負けちゃってさ。最近魔物が襲ってくることがなくなってきたから、どこまで行けるか行ってこいって。まぁ、肝試しみたいなもんかな。」


「きもだめし?」


「あ、分からないか。まぁ、気持ちが強いかどうか確認する為に、魔物の巣窟だと言われている場所まで行けって言われたんだ。途中までは良かったんだけどね、いきなり凄い魔物に囲まれたからさ!ビックリしたよー!」


「びっくりした」


「ハハハ、そうだよね!けど、君みたいな幼い子供がなんであんな所に……もしかして……!」


「もしかして?」


「あ、いや……なんでもない……家はどこか分かるかな?」


「いえ……ない……」


「家がない?……やっぱりそうか……うん、大丈夫だよ、気にしなくて!僕がちゃんとしてやる!」


「ちゃんと?」


「とにかく行こう!」


「いこう」



 また右手で手を繋いで、二人で歩く。さっき疲れていそうだったから、人間には右手から体力を補ってあげた。私の左手は触れたものから奪うしかしない。それは体力だったり魔力だったり生命力だったり……奪いたいと願えば、触れたものから何だって奪ってしまう。光も心も能力さえも、そこに宿る全てのものを。


 右手でも奪える。けれど、意識するとそれを止める事ができる。そして、奪った力を右手から与えることもできる。


 奪うだけじゃなくて良かった……与えることができるのが、私にはせめてもの救いに思えた。


 人間の若者に右手を掴まれた状態で、足早に歩いて行く。しばらく歩いて、小屋のような場所にたどり着いた。



「ここに転送陣があるんだ。本当はちゃんと申請しないと使えないんだけど、ちょっとズルしちゃってさ。」


「ずる?」


「大丈夫だから。ここにいるよりは安全だからね。さぁ、君も一緒に行こう。」


「いっしょに……」



 気になってフェンリルの方を見て、それからすぐに頭を振った。


 ずっとここから離れたい、帰りたい、と思っていた。それがこんなに突然に、想定していた以外の方法で為されるなんて……


 本当にこんなに簡単に行けちゃうの?私はここから離れて良いの?人間と共に、また人間のように過ごしても良いの?


 焦がれてやまなかったその事象に戸惑いつつ、それでもその手を振り払う事ができなくて、意を決してついていく事にした。


 鍵が厳重に掛けられていて、人間はそれに手を当てて解錠させていた。小屋に入ると、下には仄かに魔法陣が光っている。

 人間と一緒に転送陣の中央部分まで進んでいく。


 目の前が光に包まれて、眩しくて思わずギュッと目を閉じる。次に目を開けた時はそこは初めて来る場所だった。何処かの部屋みたいな場所で、そこはさっきの場所より広々としていた。


 辺りをキョロキョロ見ていると、「こっちだよ」と言って連れられる。扉をまた手を当てて解錠して出る。廊下に出て、横を見ると幾つかの扉が見えた。扉の前には守るようにして人が立っていて、出た所にも人がいた。



「帰ってきたよ。悪かったね。」


「こんな事は今後ないように……」


「分かってるって!無事だったんだ!何も問題ないだろ?」


「は……ですが……」


「君の事は父には良く言っておくから。助かった。ありがとう。」



 深々と礼をした人の前を、二人手を繋いで通りすぎていく。ここはどこだろう?連れられて歩いて、外に出たらそこには建物がいっぱいあった。


 街……だ……


 ここにはきっと、人間がいっぱいいる。

 人の住む場所へ……帰って来られたんだ……


 見上げて大きな建物を懐かしそうに見る。私が人間と共に過ごした時間は少なくて、お父さんと過ごした日々やフェンリルや魔物達と共にいた事の方が長い時間を過ごしていたのに、けれど私は人を求めてしまう……


 それは私が人間だから?龍ではなかったから?


 その事は一人で幾度となく考えた。


 私が力を奪った黒龍のお母さんとお父さん。その命があったから、私はこうして今生きている。奪った力の代わりとなるべく、私は今までフェンリルに言われるがままに力をコントロールしてきた。


 その甲斐あってか、あの魔物の巣窟と呼ばれた場所にいる魔物達は従わせることはできた。大嫌いだった魔物達。だけど、お父さんの命を奪ったのは魔物ではなく私だった。おそらくレオンの命を奪ったのも、私に触れて眠ったと思っていた人間達も……


 私が魔物を恨むなんて、御門違いもいいところだ。全ての元凶は私だったんだから。


 だからフェンリルの言う事を聞いた。強くなろうと決めた。そして、自分の自由を自分の力で勝ち取ろうとした。


 けど、本当にこれで良かったの?


 魔物と接してきて、私は魔物が嫌いじゃなくなった。人間を襲うのは、単に食料としているからだ。それが人間とは何が違うって言うの?


 あの場所で過ごして、見知った魔物が増えてきて、私を敬うように、なつくように接するモノ達も多いあの場所は、私には決して馴染みたくない場所だったけれど、それでもそんな魔物達の中にいることが不快では無くなっていってた……


 けれどやっぱり、こうやって人の住む街にやって来れた事が嬉しくて、その感情にのまれてしまいそうで、涙が出そうになってしまう……



「どうしたの?」


「え?……だいじょうぶ」


「そう?あ、転送陣で来たからここが何処か分からないよな。ここはラミティノ国のラパスっていう街なんだ。分かるかな?えっと……南にはオルギアン帝国があって、東にはアーテノワ国があって、さっき僕達がいた場所は、ラミティノ国とアーテノワ国の国境沿いにある森だったんだ。」


「アーテノワこく……」


「君はアーテノワ国の子だったのかな?けど、だったらどうしてあんな場所に……いや、君に聞いても仕方ないよね。ここは国境近くの街なんだ。僕の父がここの領主をしていてね。それで転送陣を無理言って使わせて貰って……って、どうでもいいか、こんな事は。」



 若者は歩きながら色々話していた。久しぶりに聞く人間の言葉は心地よくて、聞いているだけで心が温かくなってくる。

 時々私を確認するように見て、その時に私が微笑むと、若者も嬉しそうに微笑んだ。


 どこに行くのか分からないけど、久しぶりのこの感じが嬉しくて楽しくて、他の事は何も考えないようにした。

 

 けれどそれは、いけない事だったのかも知れない……






 

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